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「“来い”と“くれ”?」
「最初はさ、“チビちゃんは何か叫びながら突っ込んで行くなー頭悪そうだなー”くらいに思ってたんだけど」

 “神業速攻”の時は「持って来い」とか「おれに来い」とか「来い」って単語が入ってるっぽい。

「――で、普通の速攻の時は、トスくれとかおれにくれとか」
「“くれ”って単語か」

 それから及川は神業速攻の時に日向はボールを見ないこと、先程くれと言いながら走った時にボールを目で追いながら跳んでいたことを確認して確信したと言った。それに部員たちがなるほどと頷いていると、及川は日向はあくまでも囮で彼にばかり目が行けばそれこそ思う壺だと話を続ける。

「だから簡単な決まりごとだけ作っちゃおう」

 「来い」の時は日向のマークは一人、「くれ」の時はトスが何処に上がるか見てから跳ぶ。

「オッケー?」
「オス!」

 つってもあの10番次サーブで後衛だけどなと苦笑いした花巻に及川は分かってるしと声を上げた脇で、岩泉がこんな序盤で何もないタイミングでタイムを取れば気付いたことに気付かれたのではないかと指摘した。それに及川はむしろ気付いてくれた方が良いと笑う。

「こっちがあの合図に気付いたことが分かればきっと、多少なりとも」

 飛雄は焦る。

 その言葉通り、内心で焦っている影山に気付いた田中と西谷が彼の背中に飛びついて、深刻な面してらしくねえなと笑った。

「いや、ノヤっさん。こいつは大体いつもこんな顔だ。牛乳か飲むヨーグルで迷ってる時も同じ顔だぞ!」
「そっ、ちっ、そんなことないですよ!」
「たとえ合図がバレたって日向の一番の武器は“囮”なんだし、お前のセットアップなら青城のブロックだってチョチョーイだぜ!」
「!」
「なあ日向よ!」
「! あっス!」

 田中に同意を求められた日向が迷うことなく返事をすると影山からふっと肩の力が抜け、声をかけるか迷っていた鶫はタイムアウト終了のホイッスルと共にそっとベンチへ戻った。

「――俺、中坊ん時あのサーブ取ったことあるわ。青城1番の」
「アレか。北川第一にいたっつー、スゲーサーブのやつか」
「おう」

 西谷がその問いかけに頷くと田中は中坊の時から凄いのかと悔しげに言うと、西谷は確かに“入れば”凄いサーブだったと言い、それに田中はどういうことだと顔を向ける。

「けっこうミスもしてたし、あんなコントロールもなかった」
「?」

 相当練習したんだろうな。

「――“一人サーブが凄い奴が居る”とか“セッターが万能”とか。それだけでずっと四強に居られるとは思えねえ」
「!」
「気い抜いたら持ってかれる。気張るぜ」
「おうよ」

 タイムアウト明けのラリーは日向のサーブから始まったが、青葉城西側から返ってきたボールを日向がレシーブミスをしたのでラリーが途切れる。サーブ権が青葉城西側へ移り、渡と松川が交代し金田一がサーブを打つ。

「金田一、狙うとこ分かってるよね?」
「ハイ!」

 金田一のサーブはそれほど威力はなかったが、問題はそのコース。二本続けてサーブのみで点を取られたところで鶫が僅かに眉を寄せると、こちらを見た影山に右手の指先で二、三度サインを送った。それに頷いた影山が東峰に声をかけているのを見て、寄せていた眉からふっと力を抜く。

「……これで次は取れると思うけれど」
「あんまり威力があるサーブには見せませんでしたけど……。舞雛さん、どういうことなんですか?」
「理屈は簡単なんです」

 セッターは後衛にいる時、サーブが打たれる瞬間は前衛の選手よりも前に出てはいけないルールがある。その為、相手がサーブを打つと同時にネット際まで素早く移動してトスを上げる準備する。

「そういう人が交錯する場所はレシーブに入る間が一瞬遅れたりしてミスをしやすいんです」
「なるほど……。それでさっきはどんな指示を?」
「サーブが来る場所は把握しているみたいだったので、駆け出してからの移動コースを少しだけずらして行くように指示出しをしました。先程の澤村先輩の時も同じ原理だったので、流石に二回目は対処しないと……」
「へえー……」
「来る場所さえ分かれば、取れないサーブじゃありません」

 その言葉通り三本目のサーブは指示出しもあってか東峰が綺麗に拾い上げ、澤村のスパイクでラリーを止めた。烏野の得点によりローテーションが変わり、前衛に及川が上がってきた。

「3番3ばーん!」
「ッサアー! 一本ー!」
「ナイッサァー!」

「……」

 ……くそ。すげえプレッシャーだ。

 四点差に加えて日向がいないこの状況。ローテーションを早く回したいという影山の焦りがプレーに表れてしまい、分かりやすくツーアタックを仕掛けて及川に弾き落とされた。それから試合は動いて五点差までつけられるが、田中のスパイクが決まりまた点差は戻される。

「ッシャアアアアアアイ!」
「ソイソイソーイ!」

 田中の声に西谷も乗っかり、烏野の空気は上々。そして西谷と交代して日向が前衛に上がってきた。

「あと四点軽くひっくり返すぜー!」
「ソーイ!」

「元気だなー」

 ……そんで、厄介だねー。

 及川の呟きを拾った鶫は思わず彼の方に顔を向け、彼の涼しげな目に宿るヒリヒリとした空気を肌で感じ取った。

「トスくれーっ!」
「!」

 コート内では日向の合図に反応した金田一がブロックに跳び、それに気付いた日向が慌てて機転を利かせてボールのコースを変えて得点を稼ぐ。サーブ権が移り、サーブは影山。武田がリラックスですよと声をかける中、次はハズさないと気合いを入れ直した影山がボールを宙に放る。

「!」

 僅かに前過ぎるサーブトス。影山はそれに渋い表情をしながらジャンプサーブから上手く切り替えてネット前へとボールを放り込む。ジャンプサーブに備えて前方がガラ空きだった青葉城西だったが花巻が上手く拾い上げ、岩泉がブレたボールの軌道を変える。

「乱したっ」
「怪我の功名!」
「チャンスボォール!」

「及川ラスト!」
「そう簡単にはっ」

 チャンスにしてやんないよ!

 及川はボールを直線的に烏野側に打ち込むと、ボールが打ち込まれた正面にいた影山がボールを上げる。影山がファーストタッチなので、烏野はセッターがトスが上げられない。澤村がカバーに入りレフト側の田中にトスを上げたものの三枚ブロックでボールは叩き落とされた。

「くっそおおおお!」
「ドンマイドンマイ!」
「も一本!」

「……やっぱり違う」

 一見地味なことも得点に繋ぎ、咄嗟にピンチをチャンスに変える。
 それが本番で出来るという強さ――試合への慣れ方が違う。

 得点は07-12。サーブ権が青葉城西へと移り、サーブは及川。先程西谷を狙い烏野のメンタルを揺らがせる戦略を取ってきたが、恐らくそれはもうないと考えて良い。そうなれば及川が次に狙うのは誰か、コート内外にいる烏野の面々は静かに息を飲む。

「何時も威勢の良いムードメーカーが大人しくなった時の空気の重さったらないよねえ」
「……もしかして」

 及川の呟きが聞こえた鶫の脳内に浮かんだひとつの可能性と共にホイッスルが鳴り、及川はボールを宙に放ってシューズのスキール音を立てながら助走をつける。重い音と共に打ち込まれたボールの先にいたのは、田中だった。


 
 

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