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――北川第一中学校、男子バレーボール部。
「及川さん!」
当時一年だった影山は当時三年だった及川に駆け寄ると、ボールを持ちながら自分よりも身長のある相手をじっと見上げた。
「サーブトスのコツを教えて下さい!」
「え、何? 俺の座右の銘を聞きたいって?」
「いえ、サーブトスのコツを教」
「“叩くなら折れるまで!”」
正直に言えば及川の言葉にイラッとした影山だったが、相手はどんなに性格が悪かろうと先輩。そう自分に言い聞かせて一度落ち着くと、引き攣りそうな口元を抑えた。
「……そうですか。サーブトスのコツを教」
「イヤだね! 何で後々脅威になる奴を自分の手で造えなきゃなんないのさ! イヤだねバーカバーカ!」
「及川、一年にカラむんじゃねえ!」
「と、飛雄くん……」
――“叩くなら、折れるまで”
得点は07-13。及川のサーブを拾いきれない田中の失点が続いていた。
「……」
サーブレシーブの連続ミスは相当な精神的プレッシャーになる。
まずは元気なボーズくんを静かにさせて――。次はエース。攻撃のレフト二人が折れれば、優秀な囮も意味を成さない。
及川が再びライン外で待機した時、主審がタイムアウトのホイッスルを鳴らした。流れが青葉城西に行っている以上、流れを切るにはこの方法が妥当といえる。ベンチに返ってきた田中の表情は思わしくなかったが、烏養は不安げな表情は見せなかった。
「上で良い! セッターに返らなくても上に上げさえすればどうとでもカバー出来る!」
「うす!」
「――ところで影山くんよ」
「!」
さっきのツーは、アレは何だね。
田中からゆっくりと影山へ顔を向けた烏養がそれを指摘すると、影山は素直に謝罪をして焦っていたことを話した。それには鶫もやや苦笑いをしていたが、烏養が続けて自覚があるならいいやと言った。
「ツーが駄目なんじゃない。攻撃のバリエーションが多いってことを相手に認識させておくのも有効だ。ただツーは読まれたらほぼ止められるからリスクが高い。使いどころは慎重に選べよ」
「うす」
「あと、何と戦ってんのか忘れんなよ」
“及川”じゃなく、“青葉城西”だ。
「そんで戦ってんのはお前だけじゃなく“烏野”だ」
「……うす」
影山の表情と声色を窺い、もう大丈夫だと判断した鶫はふっと表情を緩めると、タイムアウトが終了してコートへ戻っていく選手たちの背中を見送る。
「……あれ?」
ガンガンとメガホンが打ち付けられる音、天井から吊るされている沢山の光、コートを駆けるシューズの音、選手たちの息遣い。何時も嫌でも手に取るように分かる小さなことたちが、一瞬、ほんの少しだけ遠くなった気がした。
「……遠い?」
「何か言った?」
「あ、いえ……」
何時もより“感じるもの”が遠いような気がしたけれど……多分、気のせい。今は普通に聞こえているし、声をかけてくれた菅原先輩の声もしっかり聞こえている。
「……いえ、何でもありません」
「そう? それなら良いけど……あ、始まる。舞雛は座ってな」
「はい。ありがとうございます」
タイムアウト後の試合が始まり、及川のサーブが続く。一本目は何とか上がったものの金田一にダイレクトで叩かれ、二本目は日向がカバーしてライト側へボールを上げ田中がスパイクを打ったが相手ブロックに弾き落とされた。
それを見た烏養が慌てて武田に頼んでタイムアウトを取り、そんな二人の様子を見ていた鶫は少し考えるように眉を寄せるとベンチから腰を上げた。
「……」
繋ぎが命のバレーボール。肝心のサーブレシーブを連続でミスしている時の罪悪感と孤独感はかなり大きい。タイムアウト明けもきっと及川先輩は田中先輩を狙い続けるだろうし――何より及川先輩の集中力は物理的時間を作っても切れない。
これは田中自身にどうにかしてもらうしかないと鶫がベンチから田中へ歩み寄ろうとした時、後ろから日向が声をかけるより早く田中が大きく息を吸い込む様子が見えた。
「田中さ――」
「フンヌアアアアア!!」
「!?」
「スンマセンしたっ!」
「龍! しょうがないこともあんだろ! 今のトスはムズかったし三枚ブロックだったし、俺もフォロー」
「俺、今トス呼ばなかった!」
頭を下げながらそう謝罪した田中に西谷がフォローを入れたが田中はそれをかき消すように声を上げ、日向と西谷は目を丸くした。一瞬ビビったんだと更に続けた田中は勢い良く顔を上げた。
「後悔は試合終わってからクソ程する! 大して取り柄も無え俺がてめーのミスに勝手に凹んで足引っ張ってちゃどうしようもねえ!」
次は決めますと叫んで謝罪を締めた田中に烏養も驚いていたが、次の瞬間には大声で笑い、今それを言えることが十分取り柄だと言った。
「コートには六人もいるんだからよ! 腕だけで取ろうとすると弾かれるから足動かせよ。全然上がってない訳じゃないんだ。大きく弾きさえしなければ誰かがカバー出来る!」
「オス!」
烏養の指示を聞いて旭さんも龍みたいになれば良いと西谷は言って、それに出来たらやってるよと抗議する東峰。そんな二人を横で見ながら鶫は部員たちの間をすり抜けると、日向と喋っていた田中の方に足を向けた。
「田中先輩」
「鶫ちゃんか。どうした?」
「及川先輩のサーブ、“どんなことをしても”取りたいですか?」
「は?」
鶫の問いかけに田中は目を丸くして、日向は思わずどうしたのと声を漏らした。その二人の視線を受けながらも真っ直ぐ田中を見上げて鶫はもう一度、及川のサーブをどんなことをしても取りたいかと同じことを問いかける。その目と声に何かを感じ取った田中は浮かべていた笑顔を落とし、真っ直ぐに鶫を見下ろした。
「ああ、その方法があるならな」
「分かりました。とっておきの秘策、教えます」
「秘策?」
「時間がないので説明は一度だけ。一番大切なのは――」
何があっても怖がらないこと。
「田中先輩なら、絶対に出来ます」
「……おう!」
「では教えますね。日向くんと飛雄くん――あと澤村先輩と西谷先輩、少しお時間をください」
名前を呼んだ面々と一緒に手早く田中に“とっておきの秘策”を教えた鶫はタイムアウト終了ギリギリでそのアドバイスを終えてベンチに戻れば、さっきは何をしていたのかと菅原に訊ねられた。
「及川先輩のサーブ攻略法です」
「そんなのあるの!?」
「あるにはあります。ただ個人的な技術や筋力を考慮した上で、確実な作戦を出さないと不安ですけど……。でも田中先輩に教えた方法は、カバーが出来ればかなり有効だと思います」
田中先輩のように精神的強さがある人で、あのレベルの筋力があれば。
「どういうこと?」
「百聞は一見に如かずです。次、やってくれると思います」
――それに、タイムアウトが明けたとしても確実に及川先輩の集中力は切れない。それを見越した上での作戦だけど……田中先輩の筋力があれば今後のパフォーマンスを落とすことはないはず。それに運動能力が高い日向くんと、レシーブが上手い飛雄くんと澤村先輩、西谷先輩にカバーを頼んだからきっと大丈夫。
「すんません、先言っときます! カバー頼みます!」
「オオッ!」
「サッ、来オオオオオい!」
タイムアウトが明けても集中力を切らさなかった及川の強烈なサーブ。ややドライブをかけて打ち込まれたサーブに反応した田中はボールの正面に移動するとアンダーの腕をやや高めに持っていき、サーブを胸で受け止めた。勢いが殺されたボールは前へと転がったもののそれを寸でのところで日向が拾い上げ、ラストを影山が後方へ打ち上げて青葉城西側へとボールを返す。
「よし……!」
「まさか舞雛が言ってた攻略方って……」
確かにボールを受ける面が広ければボールを大きく弾いてしまう確率は減る。けど下手したら顔面で受けることになる。それが作戦だとしたらかなり無茶がある。
鶫の作戦を見た菅原が鶫へ顔を向けると、彼女は菅原が言いたいことを察した彼女は目尻をゆっくりと下げた。
「大丈夫です。顔に当たらないようにちゃんとアドバイスしておきましたから」
「……」
その“大丈夫”のたったひと言を、説得力と自信を持って口にした鶫。どこにボールが来るか分からないバレーボール競技で、難しいことを当たり前のように大丈夫だと言い切る彼女の目と言葉には無謀さは微塵も感じられなかった。
田中が受けたボールは青葉城西側へと返り、及川からリベロの渡へと繋がる。レフト側にいた花巻にトスが上がり澤村と日向のブロックをすり抜けたスパイクだが、西谷が拾い上げて影山がカバーへと走る。その瞬間、田中は大きく息を吸い込んで前を見据えた。
「レェェェフトォォォォォ!」
「田中さん!」
――普段からミスが少ない訳じゃない。すぐ挑発に乗っちまったりする。でも。
「大丈夫、きっと決まる」
東峰に次ぐチームナンバー2のパワーと、何より崖っぷちに追い込まれた時にパフォーマンスを落とさないメンタルの強さ――紛れもない、エースの資質。
田中は青葉城西の三枚ブロックを打ち抜き、相手コートにボールを沈めた。
「おーっ! 烏野のボーズ、自分で及川に持ってかれた流れ切った……!」