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 ――中学に上がったら凄げえ選手がいた

 鶫と離れたチームでバレーを始めた中学、其処って凄げえトコなんだなって思った
 でも、そういう訳じゃなかった。“その人”が凄かったんだ

「――この人を超えれば」

 まずは県で一番のセッターだ



「うおっしゃあああああ!」
「田中ナイス!」
「皆ナイスフォローあざーす!」

 得点は08-15。田中が決めた一点はかなり大きく、烏野側のコートはかなり盛り上がっていた。田中はコート内の面々に声をかけると次には鶫に向かって大きく手を振り、それに気付いた鶫は嬉しそうに小さく手を振り返した。

「あと三、四点は獲るつもりだったんだけどなー」

 ――流石、鶫ちゃん。君の采配は見事だね。一人一人をちゃんと見て、俺のことまでしっかり考えた上での作戦。あの目で見て考えられていると思うと、楽しくなるよ。

「うおお! 今までで一番ブロック見えた……!」
「?」

 田中が嬉しそうにそう言うと日向がどういうことだと首を傾げ、それに田中はたまーに空中でスローモーションみたく相手のブロックが見えることがあんだよと言い、手でコートの向こうを指し示す。

「こう、“スッ”と光が通ったみたいに。毎回じゃないんだけどな」
「おお……田中さんかっけえ……!」

 それを聞いて感動した日向がそう言えば先輩だからなと田中は笑い、彼はもう何時もの調子を取り戻していた。そんな二人の様子を見ていた影山は流れが切れたと一度肩の力を抜くが、これ以上離されないようにしないとと集中をし直す。

「……」

 攻撃力なら、烏野だって負けない……!


「……オイ、ゴラ。またトスは敵わないなんて言うんじゃねーだろうな」
「飛雄に?」

 日向と影山の変人速攻をブロックし損ねた岩泉が影山をじっと見つめていた及川にそう問いかけると、及川は敵わないよあんなピンポイントに上げらんないしと笑う。その返答に岩泉があからさまに眉を寄せると、及川はその顔に怒らないでと声を上げたが、直ぐにふっと表情を緩めた。

「才能では敵わなくても、皆が一番打ちやすいトスを上げられる自信はあるよ」

 セッターとしては負けない。

 渡のレシーブから及川がセットアップをして金田一へトスを上げる。日向が触れられるかどうかという高い打点から打ち込まれるスパイクに影山は驚いていたが、鶫は静かにその様子をコートの外から眺めていることしかできない。そして及川が今なにを考えているのかも、何となく分かっていた。

 得点は09‐16で青葉城西側の優勢。七点差という大きな差を何とか詰めなくてはと影山は内心焦っていた。そしてライト側から澤村に呼ばれたトスに応えてトスを上げ、相手ブロックを一枚翻弄する。それを見た武田はいつもよりキレがある感じだなあと表情を明るくしていたが、試合が進むごとに鶫の顔が少しずつ渋くなっていく。

「……嫌な空気」
「……」

 ――高校二年の時、優秀だった中学の後輩の異名を聞いた。

 “コート上の王様”――なんて誉れ高い異名だと思った。

 でも、試合を見て“意味が違う”と分かった。
 力がある、才能がある、勝利に対して貪欲――他人よりも圧倒的に。それが飛雄を強くし――そして唯一の弱点になる。

「でもその癖に、たった一人だけ」

 お前を見限らずお前を見放さず、ずっと傍に居続けた子がいた。

 空を泳ぐ魚のように海を飛ぶ鳥のように、滑らかな動きをする小柄な女の子。

 ボールと思いを繋ぎ相手を攻略する頭脳を持つ天性の才能があった“静淑無比の軍師”は、けしてアイツから離れようとしなかった。どんなに自分の声が聞き届けられなくとも思っていることが伝わらなくとも、傍に居た。

 聞き届けられない声、想い。どれだけ辛い思いをしたんだろう。

 自分の思いを押し殺して作ったチームとチームメイトにどれだけ申し訳なく思っていたんだろう。

あの子は責任感が強くて、でもとても優しい子だから――弱音を吐くどころか泣くことさえ我慢していたはずだ。

「……」

 ……今だって相当無理をしている。新しい環境で自分の弱さを隠す為に神経を尖らせながら、バレー部にも神経を張り巡らせて先を見て考えて。苦しい思いをしているのに自分で気付けていない。

 俺たちとやった練習試合が始まって直ぐに体調を崩したっていうのに、気丈にもそれを一人で何とかしようとしていた。岩ちゃんも金田一も国見も、彼女が顔色を変えて体育館を出て行くことに気付いていたと言っていたというのに――長く彼女の傍にいたお前は気付かなかった。

「……鶫ちゃん」

 そんなあの子を知らないまま、あの子に支えられてばかりのお前が、あの子を大きな体育館に連れて行くと、あの子の夢を一緒に叶えるんだと言うことが許せない。

 ――だから俺は、此処でお前に勝つ。

「……お前は昔から一人で何とかしようとし過ぎなんだよ、飛雄」

 だから鶫ちゃんの声も想いも聞こうとしなかった。
 ほんのひと月足らずじゃ、その癖は簡単に直らないよ。

 日向が西谷と代わってベンチに戻ってきて菅原から新しいサインを伝えられてから直ぐ、鶫は烏野側のプレーが加速しつつあることに気付いて眉を寄せた。烏養が焦んなよと声をかける中、鶫はペンを握る右手を少しだけ震わせる。

「……嫌な加速」

 スピードの呪縛。ブロックから逃れたい一心で、打ち易さよりも速さを優先してしまうトス。無意識に、でも少しずつ――それは大きなズレになっていく。そのことに飛雄くんは気付けていない。

「……このままだと駄目」

 放っておけることじゃないと鶫は一度深く息を吐き、烏養と菅原に声をかけた。声をかけられた菅原は首を傾げていたが烏養は彼女が声をかけてきた意味を自分でも考えていたのか、そうだよなと息を吐いて二人を自分の傍に呼び寄せる。

「……」

 ――飛雄、お前は天才だ。

 あのチビちゃんであんな攻撃を使えるのはお前しかいない。

 でも他はどうだ?

 3番の彼はもう少しゆったり上げてあげればちゃんとブロックと勝負出来る力量があるんじゃないのか?

 眼鏡くんはお前のトスを信頼して本気で打ってるのか?

「……」

 個性の違うスパイカーたち。それぞれ百パーセントの力を引き出してこその――セッターだ

 及川が上げたトスは花巻のスパイクによって沈められ、得点は11-18。烏野の嫌な加速に反して青葉城西はペースを崩さず伸びやかにプレーをしているように見える。

「落ちる! 前! 前!」
「ふんっ」
「田中ナイス!」
「押し込め影山!」

 国見の軟打のサーブを田中が拾い上げた後、澤村の声と共に影山がネットの方へと飛ぶと及川と押し合いになった。ネット越しの押し合いは影山の勢いを上手くいなして押し返した及川が勝ち、着地に失敗した影山がコートに尻餅をつく。

 何時もの影山じゃないみたいだと溢した山口の傍にいた日向が自分のことのように悔しげな顔をしていることに菅原は心配そうに一度視線を向けたが、烏養と鶫の会話に再度耳を傾ける。

「……っ!」

 負けてたまるか……負けてたまるか!
 勝って、コートに残るんだ!

「大地!」
「ナイスレシーブ!」

「!」

 影山の焦りは月島とのコンビミスという形で表れ、零れたボールはコートに落ちるかと思われたが東峰が上手く青葉城西側へ打ち込む。上手くフォローした東峰のボールの軌道を見た及川はボールの落下地点へ素早く回り込み、同時にこちら側の周囲のスパイカーを把握する。

「戻ってくる!」
「チャンスボール!」
「岩泉!」

 ――及川はセンスもある、努力も惜しまない
 ただ二つ年下の影山という才能の塊と比べた時、及川は優等であるが、天才ではない

 それでも断言できる。

 今の段階でセッターとして優れているのは及川であると。

 及川がレフト側へ上げたトスは松川の囮と花巻のスパイクによって烏野側へボールを沈めた。得点がひとつ動いたその瞬間、審判のホイッスルが鳴ってすっと番号札が上がる。それを持っているのは菅原、書かれていた番号は9。

 それを見た影山が菅原から番号札を受け取ると、菅原はすれ違いざまに影山の肩をグッと掴んだ。

「凹むなよ。一回リズム変えるだけだ」
「――スンマセン」
「……」

 菅原と交代した影山もそうだが菅原は日向のことも懸念していた。自分のなかの最強のライバルが今ここで誰かに負けそうになっている姿を見るのは相当キツイことではないのかと。

「……」

 ――この二人が、今、同時に折れたら

「お前を倒すのは絶対おれって言った!」

 十年後でも二十年後でも、絶対!

「……!」
「それまで誰にも負けんじゃねえよ!」

 戻ってきた影山に言いたいことを叫び終えた日向が息を荒げて返事を待っていると、それをじっと見ていた影山は口を曲げてふっと息を抜いた。

「――試合終わってねえんだから、まだ負けてねえし」

 そのひと言を聞いた菅原は心配いらないかなとほっと胸を撫で下ろしてコートへと向かい、鶫もまた内心で胸を撫で下ろし影山にタオルとドリンクボトルを手渡した。

「……はい、飛雄くん」
「サンキュ」
「影山、外からちゃんと見とけよ。そんで一回落ち着け」

 先輩のプレー、見てな。

 

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