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 ――最終セット。

 泣いても笑ってもこれが最後。私が持てる情報と知識を生かして、目の前の試合を――皆に獲らせてあげたい。

「――でも」

 さっきからコートの音が、声が、距離が、遠く感じる。
 何時もなら嫌でも聞こえたり視えたりするものが、今はとても遠い。



「いーぞいーぞ青城!」
「押せ押せ青城!」

 セットカウントが同点になったので余裕がない青葉城西の応援が過熱する中、試合は04-03。どちらのチームも個人的なポテンシャルは高い為、これからは地力の差が出る戦いになる。

 1・2セット目の学習を生かせ。同じミスは繰り返さないように。
 3セット目までくれば相手の攻撃パターンにも慣れてくる。

 落ち着いて対応を。

「……」

 ああ、うん。大丈夫――ちゃんと戦えてる。

 その烏野と青葉城西の試合の噂は会場内に広まり、客席に座る学生が少しずつ増え始めていた。その中で日向のスパイクが金田一のブロックに捕まり、それに影山が僅かに眉を寄せる。

 第3セット、試合が進むごとにお互いの攻撃が一度で決まりにくくなってきていた。

「ナイスワンタッチ金田一!」
「チャンスボール!」

 その理由のひとつは、守備もブロックも平均値では青葉城西が上という状況下で西谷が跳びぬけて守備力が高いということ。

 それに当然気付いていた鶫だが少々渋い表情をして青葉城西のリベロである渡を注視していた。そんな中、東峰のスパイクを及川が上げたことで烏野側のチャンスとなるかと思われた。その時、及川が渡の名前を呼んだことで鶫ははっと目を丸くする。

「……いけない」
「舞雛?」

 思わず鶫が溢した声に烏養が反応した時、渡がアタックライン後方から跳んでトスを上げた。そのボールはレフトで声を張っていた岩泉にではなく、後方から助走をつけていた及川の元に飛んだ。

「大王様のバックアタック!?」
「っ!」

 完全にブロックがふられてしまった烏野は及川のスパイクでボールを沈められた。それにより10-08、二点差で青葉城西が優勢になると烏養は鶫が溢した言葉の意味をようやく理解して渋い表情をした。

「青城のDVD見てて此処までのプレーは無かったから、もしかしてくらいに思ってたんだが――」

 青城のリベロ、元々セッターだったのかもしれない。

「もしくはそれに近い練習を積んでるか……トスの技術が並みじゃない」

 それに気付いていたのかと烏養が鶫に顔を向ければ彼女はひとつ頷いて、セッターが役割を果たせない時でもハイレベルな攻撃が出来ることと攻撃力の高い及川をスパイクに用いることが出来るのは凄いことだと息を飲むと、少しだけ目を細めた。

「しかもそれを咄嗟に出来るなんて……」

 さすが、強豪校。

 二本目の及川のサーブ、澤村はそれを上げると影山は東峰にトスを上げた。その強烈なスパイクを花巻が拾ったが、ボールの勢いは殺し切れずネットから超える勢いで宙に上がった。それに及川は直ぐにボールの落下地点まで駆け出すと床を蹴り上げ、同時に押し込めると判断した日向がボールに触れる為に跳ぶ。

 しかし及川はいち早くボールに触れるとタッチネットのギリギリで手首を返してトスをレフト側に上げ、それを岩泉がスパイクで烏野側のコートに沈めた。

「あんなギリギリで……」

 下手したらタッチネット。及川先輩は後衛だからツーアタックも出来ないあの状況でトスを上げて、岩泉先輩も当然のようにそれを打つ。――さすが、阿吽の呼吸。

 そのプレーに日向がゾクリと寒気を覚えた時、烏野が一回目のタイムアウトを取った。

「よし、ちゃんと戦えてるぞ! 落ち着いてけよ!」
「オス!」

 烏養が指示を出しつつプレイヤーの士気を上げている中、鶫はマネージャーの仕事をしながら僅かに息を詰めた。プレイヤーの士気に障らないように表情や言葉には出さなかったものの、青葉城西の攻撃の穴のなさには少々焦りを覚えていた。

「……」

 誰が何処にいても、当然のように強烈な攻撃に繋いでくる。

 菅原先輩が入ってから烏野は立て直して、もう必要以上の気負いも緊張もない。プレイヤーの様子を見ても本来持っている力を出し切っている――だからこそ。

 じわじわと現れるのは、チームとしても実力の差。

「……私、また同じことを繰り返しているかもしれない」



 月島のフェイントプレーにより13-11と点差が縮まる中、客席から聞こえてきたのは何だかんだで青城の方が上かという声。それを偶々拾った武田がふっと表情を緩めると、きっと百パーセントの実力を出した時チームとして強いのは向こうなんでしょうねと溢した。それに烏養が目を丸くすると、武田は表情を緩めたまま烏養へ顔を向けた。

「それが七十パーセントに落ちたりはたまた百二十パーセントに跳ね上がったり、勝負ってそういうものじゃないですか?」

 そして烏野には、皆の攻撃力を百二十パーセントにする為の、最強の囮がいます。

「――っ!」

 すげえすげえ、青城すげえ。
 早く出たい早く出たい、早く出たい早く出たい。

「日向! あんまり出過ぎると注意されるぞ!」
「あっ、ごめん!」
「……」

 ……いいな。
 俺も早くウォームアップゾーンから出てみたい。

 山口が日向を見てそう考えていた時、菅原が日向に声をかけた。

「烏養さんがさっき言ったこと、覚えてるか?」
「コート幅めいっぱいの攻撃ですか?」

 それに菅原は頷くとそれに最適な攻撃を今回はまだほとんど使っていないはずだと話し、コートへ目を向けた。ちょうど田中が及川のブロックを弾き飛ばして得点したところで、西谷が前衛に上がってくる――つまり、それは日向がウォームアップゾーンから出るということ。

「うおおおおらっしゃあああああ!」
「田中ナイス!」
「……」

 ――ああ、嫌だ。

 青城のリードは変わらないし、チームも至って安定してる
 なのに

 あんなに小さくてへたっぴな彼がコートに入ってくることが不安で仕方ない。

「日向!」
「!」

 ウォームアップゾーンでフラストレーションを溜めた
 ――小さなケモノ

 

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