34



「おう、嶋田。山口から聞いたぞ」
「おっ、そうか」

「ジャンプフローターサーブ、教えて貰えませんか」

「サーブ練時もやってるぞ。烏野には今んトコやる奴いなかったから期待してる。――にしても、自分から行くなんて感心じゃねーか」
「でもまあ始まったばっかだし、せいぜいまぐれ当たりだけどな」



「……」

 ――中学の時はとくにそんなこと考えたこと無かった
 でも今、俺は一年の中で一人だけ置いて行かれてるとわかる
 俺も試合に出たいって思ってた――でも

「――っ」

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ。

 震える手で番号札を握る山口は、目の前に駆け寄ってくる日向を真っ直ぐに見ることが出来なかった。その様子を客席で見ていた山口の師匠である嶋田がせいぜいまぐれ当たりだって言っただろうがと頭を抱えていたが、そのマグレ当たりでも欲しいんだろと滝ノ上が口にしたので嶋田は顔を上げる。

「青城は次で二十点。流れ持ってかれたまま行かせたら、いよいよ追いつけなくなる」

 無回転打てればラッキー、無回転じゃなくても未知のピンチサーバーが出てきたということだけで青葉城西側にはプレッシャーになると冷や汗を浮かべた。

「流れ変える可能性のあること、全部絞り出して行く以外無えよ」

 流れっつーのはどっからどう変わるか分かんねーもんなんだからさ。

 鶫と烏養の考えを読んだ滝ノ上の話通り、青葉城西側はピンチサーバーが出てきたことで僅かに空気を変えていた。サーブが得意なのかそれとも単純に流れを変える為なのか分からない彼らだが、このまま流れを持って行かれる訳にはいかないと意気込んでいる。

 冷や汗をかいている山口から番号札を受け取った日向が悔しげにナイッサーと声をかけていたが負けねーからなと言葉を続け、一瞬でも下げられるの嫌なんだなと察した山口がやや肩の力を抜く。それを見計らって烏養が流れ変えて来いと声をかけ、それに背中を押されるようにして山口はひとつ頷いた。

「――……」
「――烏養くん、不安そうな顔ダメです」
「!」

 山口の士気を上げられたか、プレッシャーをかけ過ぎていないかと考えていた烏養のそれを察した武田が静かに声をかけた先、コートのラインを前にした山口が息を飲んでいた。

「……」

 ――この線の向こうは、違う世界だ。

 そしてその線を踏み越えた時、違う温度と鋭い士気を肌で感じた山口は思わず息を飲む。そんな山口を見た烏野の面々は彼に歩み寄ってきた。

「オオウ大抜擢じゃねーか、山口!」
「はっひ!」
「一発行ったれ山口!」
「ナイッサ」
「ナッナイッサ、きっきらっ気楽に行けよっ」
「旭、気楽の意味分かってるか」

 田中を始め、澤村から影山、旭と続いた声掛け。その様子を遠巻きに見ていた月島だったが、その視線は直ぐに彼らから外れてコートの向こうへと向けられた。

 そんなコート内の様子を見ていた菅原が最近山口がジャンプフローターサーブをしていることを口にすれば、縁下が不安そうにただでさえ緊張する場面で先輩を差し置いて出るみたいなプレッシャーがあるのではないかと言うと確かにと菅原は頷いて、周囲の面々に何かを伝えてから大きく息を吸い込んだ。

「じゃあ……やまぐーち!」
「!?」
「一本ナイッサーブ!」
「!」

 控えの選手で山口に激励を送れば山口はそれにひとつ頷いて、受け取ったボールから一度手を離し手汗を拭いてからボールの感触を確かめ始めたものの緊張からか何度かボールを取り落とす。それを客席で見ていた滝ノ上がガチガチだなと思わず苦笑いをすると、嶋田はしょうがねえよと腕を組んだ。

「仲間に繋ぐことが全てのバレーでサーブは唯一独りの瞬間、全員が自分を見る。プレッシャーも一入だ」

 ――それでも

「……」

 怖い、でも――

「サーブポジションに立った瞬間は、誰だろうとその試合の主役だ」

 ――自分も戦えるって、証明しろ!

 その思いを乗せて山口はボールを宙に放ち、軽い音を立てて助走を始める。それを見た青葉城西の面々はピンチサーバーである山口がジャンプフローターを打つことにここで気付き慌てて体勢を立て直す。

 そして山口の手から放たれたサーブ、コート内と外にいた烏野の面々の誰もが入れと念じていた一瞬、ベンチに居た鶫はサーブの軌道をいち早く読んでそっと目を細める。

「!」

 ボールはネットの白線をギリギリ越えられず、月島の背後へゆっくりと落ちて行った。

 その一瞬、会場は静けさに包まれたが青葉城西側の客席がラッキーと声を上げたことでまた騒がしさが戻り、青葉城西は二十点台に乗る。コート内の岩泉はラッキーだと言葉を溢したが、僅かな不安はどうしても拭えない。それはまだ手持ちの武器が残されているのではないかという、不確定だが安心しきれない圧迫感。

「すっ、すみません……!」
「きっ気にすんな!」
「ドンマイ!」
「すみません……!」

 そして山口は日向と交代。すみませんと烏養と武田に頭を下げた山口に切り換えろと烏養が声をかけた時、コートの中から澤村の声が飛んだ。

「山口!」
「は……す、すみませ――」
「次、決めろよ」
「――……」

 ――次

「――ハイ!」

 その山口の返答で、烏野の空気が変わった。

 澤村の声かけに烏養はまだ全然敵わねえわと苦笑いをする中、鶫はバインダーを持つ手に少しだけ力を込めてふっと表情を緩めた。

「次、か」
「舞雛さん?」
「いえ、何でもありません」
「そう? それなら良いんだけど……」

「……こんなこと言うと薄情かもしんないスけど、今日一番の緊張から解放された気分です……」
「俺もだよ」

 田中と東峰の会話を客席で聞いていた滝ノ上は僅かに目を細め、山口が可哀想だと話していた女子高生たちに気付いた嶋田が彼女達に顔を向けないまま真っ直ぐに山口を見つめて口を開く。

「ピンチサーバーはそういう仕事なんだ。その一本に試合の流れと自分のプライド、全部乗っけてる」
「?」
「そんで忠は失敗した」

 でもアイツ個人にとって、今ここで悔しさと自分の無力さを知る。次のチャンスがあることが絶対にアイツを強くする。

 そんな中で田中は三枚ブロックの真ん中を打ち抜き、確実に烏野の空気は変わってきていた。それに菅原も当然気付いていたが、意図した形じゃないそれを山口に言うことは憚られた。

 その様子を見ていた鶫は再びコートへ目を向け、闘志を再燃させた彼らを見つめる。

「……」

 ――次を

「流れは」

 次も戦うチャンスを掴め!

「何処からどう変わるか分からない」

  

×××    TOP   NEXT