35



 得点は26-25。烏野のマッチポイント。

「……」

 ……あの状況のサーブは確かにミスをしやすいけれど、今までの及川先輩から考えればほとんどあり得ない。及川先輩を主軸としている青葉城西にとってかなり痛い失点……このままなら、青葉城西はチームとして崩れる。

 鶫の考察は正しく、日向のサーブで始まった青葉城西のラリーはやや重い空気に包まれていた。この調子で失点をしてくれればと鶫は見ていたがそう簡単に事が運こぶことはなく、岩泉の重いスパイクが烏野側のコートに沈んだ。

「これでチャラな。どっちだって同じ一点だ」
「!」
「岩ちゃんに負けた気分……!」
「お前は今までのいつ俺に勝ったんだ」

 岩泉の問いかけに全体的に何時も俺が勝ってると言った及川を岩泉は殴り飛ばし、青葉城西の重い空気が払拭された。

 そう簡単に崩れてはくれないわよねと鶫は息を吐き、青葉城西が気合いを入れ直している中心にいる岩泉に目を向ける。

「……流石、岩泉先輩」

 ――ブレイクかサイドアウトかで、一点の重みは変わってくる。でもそれより重要なのは、岩泉先輩の一点と鼓舞で青葉城西のチームが崩れるのを免れてしまったということ。

 体力的な消耗は一緒でも、それでも精神的に辛いのは圧倒的に青葉城西。ここで逃げ切ることが出来れば、烏野は次の試合に繋げられる。

 しかし試合は一進一退。点を獲って獲り返されの繰り返しがしばらく続き、得点は31-31まで伸びた。

 どちらも辛いこの状況、烏野はギリギリ繋いでいる為に攻撃も単調になり始めていたが、精神的に辛いのは青葉城西の方。長く感じられるローテーションが一周し、また及川にサーブ権が回ってきた。

「……このぎりぎりの状況で一周前のサーブミス。及川先輩がどう出るかですね」
「そうだな」

 鶫が烏養にそう話しかけていると、及川の背中越しに岩泉が彼の名前を呼んで引き止めた。

「お前、試合中にウシワカの顔チラついてんならブットバスからな」
「!」

 確かに先程のサーブの前に牛島の顔が過っていた及川が気まずそうに岩泉の方に振り返ると、彼は真っ直ぐに及川を見つめていた。

「目の前の相手さえ見えてない奴が、その先にいる相手を倒せるもんかよ」
「――……」

「……ふ、ふふ」

 金田一から投げられたボールを受け取った及川は小さく笑うとすっと目を細め、吹っ切れた笑顔を浮かべた。

「そうだね」
「っ! 一本で切る!」
「っス!」

「……」

『これでノータッチエース! このセット三本目!』
「うほおおおおお!」
『いやあ、いいサーブですね』
『ノリにノッていると言った感じです!』

 子どもの頃にテレビで見たサービスエースのワンシーン。

 それに憧れてバレーボールを夢中で追いかけた。初めは当然上手くいかなかった、岩ちゃんに何度も笑われた、何時の間にか岩ちゃんは虫取り網を手放して俺と同じようにバレーボールを追いかけていた。

 バレーボールを追いかけるうちに色々な技や戦略を覚えて、何度も連取試合や公式試合に出場した。――そんななかで、テレビで見た時と同じくらい興奮したサービスエースを今でも俺ははっきりと覚えている。


「――あり得ない」
「……あれは確かにバケモンだな」

 中学二年。体育館の二階席から見た練習試合。

 小学部でジャンプサーブをモノにしている女の子がいた。コントロールはまだ甘いところがあったけど、威力や球速に文句はつけようがない。

 小六の女子で中学生男子を驚かせるジャンプサーブを打つ彼女は、岩ちゃんが言うようにバケモノと言って良い。でもバケモノと呼ぶにはあまりに綺麗かつ滑らかで、相手を叩き潰すつもりでいるくせに敬意を持ったプレーをしている。そんな不思議な彼女に、誰もが目を奪われていた。

「ナイッサー!」

 そんな彼女はサービスエースを連続で六本決め、チームメイトと共に嬉しそうに笑いあっていた。


「……」

 及川はふっと息を短く吐くとボールを宙に放り、今まで以上の威力とコントロールでジャンプサーブを打ち込んだ。

 ガガンと大きな音を立ててそれを正面で受けた澤村だったがその威力と回転は殺し切れず、ボールはそのまま青葉城西側へと返って行く。それに澤村がスマンと声を上げたが、あんなの上がるだけで有り難いっつーのと東峰が口元を引き攣らせる。

 ミスをしたばかりだというのに、それは今日一番のサーブだった。

「流石及川先輩……」

 鶫は改めて及川の実力の高さに舌を巻き、冷や汗が背中に伝う。

 囮に注意しつつ速攻かそれともエースかとブロックに跳ぶ面々が思考を巡らせていた時、及川がトスを上げたのはライト側――国見がまさに跳ぼうとしていた場所だった。

「また国見……?」

「国見!」
「!」

 とある試合中、影山が囮をサボった国見を怒鳴り付けると、国見は少しだけ息を吐きながら気怠そうに影山の方へ顔を向けた。

「けど今のレフトに上がるって相手にもバレバレだったじゃん。無駄に疲れる必要無い」
「……お前、上手いのに何で本気でやんないんだよ」

 影山のその言葉に国見はポジションに戻ろうとしていた足を止め、ゆっくりと影山の方へ振り返る。その目は何時もの彼より真っ直ぐで、意思がはっきりとしている目だった。

「常にガムシャラなことがイコール本気なのかよ」
「?」
「舞雛はその意味を分かってる。今のお前が聞いても分からないだろうけど」
「!」


 その国見のスパイクを影山は寸での所で受け、そのボールは再び青葉城西側へと返っていく。着地して直ぐに助走に入った国見、それ見た烏養はあることに気付いて僅かにベンチから前のめりになる。鶫は国見の一連の様子を見てやっぱりと目を細めた。

「あの13番、まだ余力があるのか……!?」
「……国見くん」

「国見ちゃん、今囮に入るのサボったね」
「!」

 部活中、及川にそう指摘された国見はギクリと肩を竦ませ、謝罪をしようと振り返るより早くもう少し上手にサボりなよと及川がそう言葉を続けたことに目を丸くした。

「効率良く、燃費良く、常に冷静が国見ちゃんの裏の武器なんだからさ」
「!」
「鶫ちゃんもよく言ってたよ。国見ちゃんのそういう所がとても良いって」
「舞雛が……」
「でもその分、皆が疲れた終盤にガッツリ働いてもらうからね?」


「……」

「六人で強い方が強いんだろうがボゲが!」

 味方の百パーセントを引き出してこそのセッター。
 どんな選手だろうとも――だよ。

 そして及川が上げたトスは国見の元へ。強打だと思われたそれは直ぐにフェイントへと変わり、東峰と日向のブロックの後方へとボールが落ちる。得点は31-32、青葉城西が再び逆転した。

「青城またマッチポイント!」
「いいぞいいぞアキラ! 押せ押せアキラ! もう一本!」

「――……」

 ――三年間、一緒のチームだった。
 けど試合中に普通に笑う国見を今日初めて見た。

 影山が見つめる先にはチームメイトと笑いあう国見の姿、そして及川の声に頷いて話を聞いているチームメイト。目の前のネット越しのはずが、やけに遠く感じられた距離。

 ――何なんだ、アンタ。
 アンタみたいな人に、どうやって太刀打ちすれば――。

「――ま」
「……」
「影山さん!」
「!?」

 呆然と及川と国見を見つめていた影山は耳に飛び込んできた声と慣れない呼び方にビクリと肩を揺らして声のした方へ顔を向けると、右側で彼の名前を呼び続けていた日向がニヤリと笑う。

「おいまさかビビッてんのかダッセー」
「……」
「ふがし!」

 その小馬鹿にした笑い方と言い方に苛ついた影山は反射的ともいえるスピードで日向の顔面をわし掴み、日向は奇妙な叫び声を上げながら直ぐにその手を払いのけた。

「だっ、大王様が王様より凄いなんて当然じゃんか! 名前的にも! 絶対お前より頭とか良さそうだし!」

 そんな日向の言葉に影山が再び日向をわし掴もうとしたが、日向は持ち前の運動神経でそれをしゃがんで避ける。それにイラッとした影山が両手で日向を威圧しようとした時、後衛から澤村の声がかかった。

「次、絶対お前のトコへボール返してみせる」

 そしたら後は何時も通り、お前がベストだと思う攻撃をすれば良い。

「影山ァー! 迷ってんじゃねえぞー!」
「!」

 澤村に続いてウォームアップゾーンから菅原の声が飛んできて、それに影山がそちらへ顔を向けると、うちの連中はと菅原は続けて声を張り上げた。その言葉の意味を理解した影山はそのままゆっくりとコート内へ顔を向け、頼もしく笑みを浮かべている面々を逡巡した。

「――ちゃんと皆強い」

 そして勝者と敗者が決まる。

 

×××    TOP   NEXT