七人目の守護者



「意外とそれらしくて良かった」

 手違いで制服が届くのが夕方になるとは思っていなかったけど……それも想定して転校生らしく適当な服を用意しておいて正解だった。こっちには制服の文化はないけれど、それらしい方が目立たなくて済むものね。

 少女は日本に到着した翌日に家や荷物の片付けを全て済ませ、その更に翌日の朝早くから身支度を整えていた。蜂蜜色の髪はハーフアップにしてバレッタで纏め、ブラウンの制服に空色のリボンを締めると姿見の前で一周をして身支度に抜けがないかを確認して手近に置いておいた鞄を手に取る。

「――行ってきます」

 誰もいない家にそう声をかけて玄関を出た少女はドアに鍵をかけると一歩道に足を踏み出して時計を確認し、そろそろ頃合いだとひとつ頷いてそのまま真っ直ぐに歩き出す。

「……今から行けば五分後には鉢合わせられるはず」

 善は急げ。しかし事を進めるには慎重かつ確実に。

 行き急ぎそうになる足を押し留めて並盛町を歩く足には何の変哲もないローファーを履き、使い古されたコンクリートの道路を迷いなく進む少女。見目が整っていること以外は特に変わったところはなさそうだが、実のところ彼女には至極物騒な秘密があった。

「……日本ってやっぱり平和ね」

 見られはしても声ひとつかけられない。イタリアではよく声をかけられたものだけど、やっぱりお国柄なのかしら。それを含んて考えてもとても穏やかで過ごしやすそう。

「逆に言えば、“ちょっと”騒いだだけで目立ちそうだけど」

 それはイタリアで名高いマフィアの重要人物であること。



 それとほぼ同時刻、何時もの通学路を一人で歩く少年――次期ボンゴレ十代目の沢田綱吉が眠そうに欠伸をしていた。何時も登下校を共にしている獄寺と山本は日直で早く学校に行っていて、珍しく綱吉と一緒にいない。何時も三人で登下校をしている彼は、その二人の後を追うように家を出ていた。

「ちょっと眠いけど……学校に行けば山本と獄寺くんがいるし」

 何時もより早い時間に起きたけど、余裕持って行けるのは良いかもしれない。……リング争奪戦が落ち着いてそんなに経ってないけど、一先ず全部元通りになって良かった。

「……あれからどうなったんだろ」

 連絡も報告もないからヴァリアーがどうなったのか分からない。どうせリボーンに聞いても教えてもらえないだろうし聞くだけ無駄かなー……。

 彼らにどんな処分が下り今どうしているのか気にしていた綱吉だったが、今の彼にはそれを知るための手段がない。事情を知っているであろうリボーンに聞いてもはぐらかされて終わりだと何となく察していた綱吉が仕方ないかと言うようにため息をついて目の前の角を曲がった時、正面に見慣れない人影があることに気が付いた。

「……う、わ」

 綺麗な女の子だ。キラキラの金髪に桃色の目。外人さんかな……この辺りじゃ見ない顔だけど。

「……」

 ぼんやりとそんなことを考えていた綱吉が少女をその場から見つめていると彼女がその視線に気が付いて綱吉の方へ顔を向け、少女がこちらを向いたことに彼は思わずビクリと体を震わせる。じっと見すぎて相手を不快にさせてしまったかとヒヤヒヤする綱吉の方へ少女は真っ直ぐに歩み寄ってくると、その丸い目で綱吉の姿をじっと見つめた。

「……あの、並盛中学校の方ですか?」
「え? う、うん。そうだけど……」
「私、道に迷っちゃって。もし学校に行くのなら一緒に行ってもらっても良いですか?」
「それは良いけど……」
「良かった。ありがとうございます」

 見慣れない風貌の少女はどうやら並盛中に用事があるらしい。綱吉自身に断る理由はなかったので少女の頼みを快く引き受ければ、彼女はほっとした様子で微笑んだ。

 しかしこの時間帯に自分と同じ年くらいの少女が並盛中に用事とはどういうことだろうと綱吉は首を捻り、相手が好意的だったこともあったので直接理由を聞いてみることにした。

「並中にどんな用事?」
「私、今日からそこに通う予定になっているんです」
「えっ!?」
「やっぱり驚きますよね。時期が時期ですし」
「う、うん……」

 それもあるけど、こんなに綺麗な子が並中に来るなんて思ってなかった。

 そう言いかけた綱吉だったが初対面の女子相手に言うことではないかと口を噤み、彼女が身に着けているブラウンの制服をじっと見つめる。それはこの辺りでは見ない制服で、彼女は恐らくこの近辺から転校してきたわけではないことが見て取れた。

「そういえば」
「?」
「自己紹介、まだでしたよね。私は神薙桜です。どうぞ宜しくお願いします」
「……神薙、桜さん?」

 聞いたことがあるようなないような、不思議な感じ。でも親戚とか知り合いにそんな名前の子いなかったし、それにこんな綺麗な子に会ったことがあれば忘れないはずだ。……多分オレの勘違いかな。

「オレは沢田綱吉。宜しくね神薙さん」
「ふふ、別に気を遣わないでください。桜で良いですよ。私は何と呼べば良いですか?」
「じゃ、じゃあ桜ちゃんで。オレは名前が綱吉だから、皆には“ツナ”って呼ばれてるよ」

 自分のあだ名を少し照れくさそうにだが嬉しそうに口にした綱吉に、桜と名乗った少女は目尻を下げてひとつ頷くとじゃあそう呼ばせてもらうねと微笑んだ。その微笑みは少し何かを懐かしむような微笑みにも見えたが綱吉は気のせいだろうと特に気に留めることはせず、そのまま二人は肩を並べて並盛中へと向かう。

 道中では気を利かせた綱吉が他愛のない話題を振り、そのひとつひとつに相槌を打つ桜はその合間に綱吉の様子を窺ったが特に取り留めて気にするような様子は見られない。

「……」
「ねえ、桜ちゃんは昔はこの辺りに住んでたの?」
「……ううん、住んでなかった」
「そうなんだ。もし何か困ったことがあれば何でも言ってね。オレずっとこの辺りに住んでるからさ」
「ありがとう、ツナくん」

 たとえ忘れてしまっていても、優しいところは変わっていない。
 今はそれだけで十分。……手に余るくらい、十分に幸せ。




「ここだよ。他の学校とそんなに変わりないとは思うけど……」
「素敵な学校ね」

 並盛中に案内してもらった桜はそのまま綱吉に職員室まで送り届けてもらい、重ね重ねありがとうと礼を言うとそのまま職員室へ入っていった。偶然に会ったとはいえ転校生をここまで送り届ける仕事をこなした綱吉は相手が無事に着いたことにほっと胸を撫で下ろし、そして同時に彼女がどこのクラスなのか聞くのを忘れたことを思い出して肩を落とした。同学年であれば会う機会は十分にある上に他学年だったとしても並盛中はそれほど規模が大きい学校ではないので会うことは難しくないだろうと気を取り直し、自分の教室へ足を向けた。

「おはようー」
「おはようございます、十代目!」
「よ、ツナ。今日は早いのな」
「ちょっと早く目が覚めたからさ」

 教室では獄寺と山本がひとつの机を使って日直の日誌を書いていて、喧嘩している様子は見られなかった。些細なことで山本に突っかかる獄寺のことを心配していたがどうやら杞憂に終わったようだと内心で胸を撫で下ろしながら自分の机に向かえば、昨日までなかった机がひとつ置かれていることに気が付いた。

 綱吉の席は最後方の窓際寄りで、その見慣れない机は綱吉の席と窓側に挟まれるようにして鎮座している。

「新しい机?」
「俺らが来た時にはもうありましたよ。どっかの古い机と交換するんじゃないっすか?」
「ああ、なるほど……」

 言われてみればそうかもしれないと特に何も考えなかった綱吉だが、ふと先程職員室まで送り届けた桜のことが思い浮かんだ。時期外れの転校生、そして自分の隣にある見覚えのない机。

「……いやいやまさか」

 そんな都合の良い話あるはずない。

 

   TOP   NEXT