七人目の守護者
「ほら、席につけー」
朝の気怠いホームルームが始まった教室内で綱吉も教師の連絡事項に適当に耳を傾ける。近日中に漢字検定があることや風紀委員会の服装検査があることなどが告げられそのままホームルームが終わるかと思われたが、今日は更にもうひとつ話があるらしい。
「連絡事項は以上だ。あー、それから新しく机を運び込んだから気付いている奴もいると思うが、うちのクラスに転校生が一人来る」
「!」
教師が告げたその連絡に教室内は一気に騒がしくなり、綱吉は弾かれるようにして顔を上げた。
誰が来るのかどんな人物なのかと話が飛び交う中、ひとつだけ心当たりがあった綱吉は一人の少女を思い出す。
「……まさか」
教師がドアに向かって入ってこいと言うと静かにドアが開き、教室内に一人の少女が姿を見せた。
長い蜂蜜色の髪を揺らし丸い桜色の瞳をした彼女は整った容貌から外国人のようにも見えるが、顔立ちは日系人らしさをしっかり残している。その細い体躯にまとったブラウンの制服が揺らしながら教卓の横で足を止めたその少女は、今朝綱吉が偶然会った桜だった。
「黒板に名前書いて自己紹介してくれ」
「はい」
教師の指示通り黒板に“神薙桜”と名前を書いた彼女は正面に向き直るとクラスメイトの顔を逡巡し、その中に綱吉を見つけると一瞬だけ驚いた顔をしたが直ぐに人当たりの良さそうな微笑みを浮かべて軽く一礼した。
「はじめまして、神薙桜です。どうぞ宜しくお願いします」
「神薙は海外から来たばかりでこの辺りに詳しくないらしいから仲良くしてやってくれ。神薙、席は窓際の一番後ろだ」
「はい」
良くも悪くも変化がない並盛中に眉目秀麗の転校生。クラス内は彼女の登場に更に騒がしくなり、彼女はその間を縫うようにして指定された席に腰を下ろすと、隣にいた綱吉に顔を向けて微笑んだ。
「またお会いしましたね、ツナくん」
「驚いたよ!」
「私も驚いたわ。嬉しい偶然ね」
その二人の会話を前の席で聞いていた山本が振り返り、知り合いかと綱吉に訊ねてきた。綱吉は今朝偶然彼女に会い学校まで案内したことを話し、クラスが一緒だということは知らなかったことを合わせて話して聞かせた。
「へー、そりゃ偶然だな。俺は山本武。宜しくな神薙」
「宜しくね、山本くん。私のことは気軽に桜って呼んで」
「おう。じゃあ改めて宜しくな、桜」
「はい」
そうして挨拶を交わす桜と山本を綱吉は傍で見ていたが、自分と通路を挟んで隣の席にいる獄寺が妙に静かだったのでそちらへ顔を向けると彼は少々難しそうな顔をしていた。
視線は桜へと向けられていて、その目は彼女を見て何かを思い出そうとしているようなもしくは何か気になっているものがある様子だったが直ぐに答えが出ないらしく眉を寄せている。そんな獄寺の様子に綱吉は不思議そうに首を傾げたが、何時の間にか終わっていたホームルームと共にかけられた起立の号令を聞いて慌てて席から立ち上がった。
「すげーな、桜」
「……あんだけ美人なら直ぐに噂になるだろ」
「確かに!」
「それでもこれは凄いなあ……」
噂は噂を呼び、桜の周りには人だかりができていた。他のクラスからも彼女を見るためにこの教室へ来ている人がいて、桜は休み時間のたびに誰かに話しかけられ周囲の注目を浴びていた。
その人混みを傍で見ていた綱吉は唖然としていたが、彼女の容姿と人当たりの良さを考えればそれも当然なのかもしれないなとどこかで納得もしていた。
「うーん……」
「獄寺くん?」
「アイツの名前、どっかで聞いたような気がして……」
首を捻っている獄寺の視線の先には各々の昼食の誘いを断っている桜の姿があった。思えば獄寺は彼女を見てから――正確には彼女の名前を聞いてからずっと不思議そうにしているが、明確な答えは未だに出ていないらしい。綱吉が勘違いじゃないのかと聞いてみたが、獄寺はそんなはずないと思うんですけどと眉を寄せる。
三人がそうしていると何時の間にか人の輪から抜け出してきた桜がお弁当の包みを片手に彼らの前に歩み寄ってきて、こちらの様子を窺うように首を傾げた。
「あの、お昼ご飯一緒にしても良い?」
「え?」
「ツナくんとせっかくまた会えたし、山本くんと獄寺くんとも仲良くなりたくて」
「も、勿論!」
思いがけない昼食の誘いに綱吉は嬉しそうに笑い、山本も快く頷いた。獄寺は綱吉が良いと言うのならと頷き、此処は騒がしいから屋上へ行くことを提案した。桜もまだ屋上へは行ったことがないので皆が良いならとその提案に乗り、四人は肩を並べて屋上へと向かった。
「――上手くやってるじゃねえか」
屋上へ向かう彼らを外の木々に紛れて見ていた人物がニヤリと笑う。誰に言うでもなく呟いたその言葉は直ぐに風に掻き消えたが、ほんの僅かに桜色の目がこちらに向けられたのを見て面白そうにふっと笑う。その人物の胸元には、大きな黄色のおしゃぶりが輝いていた。
「桜ちゃんってイタリアから来たの?」
「うん」
食事を終えた桜は、自分がイタリアに住んでいたことを話してくれた。今まで両親の仕事の都合でイタリアに住んでいたらしいが、今度は日本で仕事があるらしくこちらに越してきたのだという。
獄寺もまたイタリアに住んでいたので意外な共通点に驚いていたが、また何かに悩むようにほんの少しだけその眉が寄ったことに綱吉だけが気付いていた。
「桜ちゃんってハーフ?」
「両親は日本人よ」
「へー、日本人でその髪と目の色なのか」
「うん、よく言われる」
整った容姿で外人のようにも思えたが、どうやら彼女は純日本人らしい。珍しい髪色と目の色によくそう聞かれるのと彼女は気を悪くした様子もなく頷いた。
そして不意に揺らいだ人の気配に桜が僅かに顔を上げた瞬間、屋上の貯水槽から誰かが落ちてきて綱吉の脇に着地した。その人物はスーツ姿で胸元に黄色いおしゃぶりを下げた赤ん坊――綱吉の家庭教師のリボーンだった。
「ちゃおっす」
「リボーン!? なんで此処にいるんだよ!?」
「煩せえぞツナ。お前に用事はねえ」
「じゃあ何しに来たんだよ……」
せっかく桜と楽しく話をしていたところなのにと言いたげな綱吉を無視したリボーンの顔は桜の方へ向けられ、きょとんと目を丸くしている彼女を見上げてニヤリと笑った。
「お前に用がある」
「はあ!?」
「ええと、私?」
どういうことだと言うように声を上げた綱吉に対して桜は先程と変わらぬ様子のまま首を傾げ、どんな用事なのかとリボーンに訊ねた。すると彼はニヤリと笑ったまま被っている帽子の鍔を少し上げ、その丸い目を僅かに細めた。
「お前、ツナの部下になれ」
「はあ!?」
突然の登場と勧誘。それに真っ先に驚いたのは当本人の桜ではなく周囲にいた綱吉たちだった。リボーンが口にした“部下”という意味をよく知る彼ら――というよりもごっこ遊びではないことを知る綱吉と獄寺はそれぞれに反対の言葉を口にし、山本はごっこ遊びの仲間が増えるなら良いんじゃねーかと笑っている。
「危ないことに桜ちゃんを巻き込むなよ!」
「そうですよリボーンさん、コイツ一般人ですよ」
「ごちゃごちゃ煩せえぞ」
それにコイツは一般人じゃねえ。
「は?」
「見せた方が早いと思って既に手配しておいたぞ」
「何を!?」
「手合わせの相手だ」
「はあ!?」
勝手にそういうことするなよと綱吉は頭を抱えたものの一体誰を呼んだのかとリボーンに訊ねると、彼は至極面白そうにニヤリと笑って両手を腰に当てた。
「並盛最凶の風紀委員長だ」
「そ、それって――」
綱吉がその人物の名前を言うより早く屋上のドアが開き、風に黒の学ランを遊ばせる一人の男子が姿を現した。
彼は並盛中を拠点として並盛町を牛耳っている不良のトップ。彼の名前を知らぬ者はこの並盛町には存在しないと言われるほどに狂暴かつ横暴だが、その見目は切れ長の目をした整った容姿をしている。綱吉たちに気まぐれに絡んでは気まぐれに戦いを楽しむ戦闘狂の彼の名は――雲雀恭弥。