七人目の守護者



「やあ、赤ん坊」
「待ってたぞ」

 カツカツと音を立ててこちらに歩み寄ってくる雲雀にリボーンは気さくに声をかけているが、彼にそう声をかけられる人物は数えるほどしかいない。群れることを嫌い弱い者を嫌う彼に関わろうとする者の方が稀ということもあるが、声をかけて無事で済む保証がないので声をかけないという理由の者がほとんどだった。

 並盛に来たばかりの桜は彼が誰なのかを知らないようで不思議そうに雲雀を見つめているが、綱吉たちは雲雀をこの場に呼んだリボーンの真意が分からないので気が気ではない。

「赤ん坊が強い奴がいるって言っていたから来てみたけど――」

 それらしい奴は誰もいなさそうだな。

「何だと……?」
「獄寺くん抑えて!」
「そう焦るな。俺は嘘はつかねーぞ」

 あからさまに挑発してくる雲雀の態度と言動に獄寺が眉を寄せたが綱吉が寸でのところで抑え、その間にもリボーンは傍にいた桜を指し示してコイツがそうだと話を進めてしまう。リボーンの指し示す先にいた桜を見た雲雀はああ君かとあまり興味がなさそうに呟いて彼女をじっと見つめてみるものの、彼の興味をそそる“強い奴”には見えなかったらしく気怠げに目を細める。

「入学書類は見たけど、君、結構噂になってるみたいだね。まあ……赤ん坊がそう言うなら、暇つぶし程度に遊んであげても良いよ」

 何についての噂なのかと桜が首を傾げる中、雲雀は袖から仕込みトンファーを滑り落して両手で握るとウォームアップというようにそれを軽く振り回す。重く風を切る音に綱吉はヒッと小さく悲鳴を上げたが、当の本人である桜は雲雀の様子を見たままその場から動かない。

 綱吉は恐怖で足が竦んでしまっているのではと危惧したが、不思議と彼女の顔色は先程から変わっていなかった。

「……桜ちゃん?」
「お前らちょっと離れてろ。巻き添え食らうぞ」
「いやいや! ちょっと待って!」
「黙ってろ」

 リボーンのひと言で言いかけていた言葉を思わず飲み込んだ綱吉が桜の方へ顔を向けると、彼女はやはり先程と変わった様子はなくゆっくりとその場から立ち上がった。恐れられる雲雀を前にして平常通りでいられる彼女の精神は余程強靭なのか逆に鈍感なのか、目の前でトンファーを振るう雲雀を静かに見つめている。

 どこをどう見ても普通の少女。綱吉の目にはそう見えていて、獄寺と山本も同様に桜が変わった強さを持っているようには思えなかった。しかし三人はそう思うと同時に、リボーンが手合わせの相手に雲雀を選出したのは何か理由があることも何となく察していた。

「中々綺麗な顔してるけど、直ぐにグチャグチャにしてあげる」
「……」

 ――“報告”で聞いた以上に話を聞かない人。

 殺気や闘争心を隠そうともしない、好戦的な態度。余程腕に自信があるのかそれとも相手が私だから油断しているのか、それともその両方なのかは分からない。でもそれを含めて考えても、“私と釣り合う力量”があるとは思えない。

「……君、怯えないんだね」
「……怖くないので」

 桜が自分に対して恐怖心を抱いていないことに気付いた雲雀がそう問いかければ桜は特に気にした様子もなくそう答え、自分たちの一番傍で様子を見ているリボーンへ目を向けた。

「……これは素直に受け取って良いの?」
「え?」

 その問いかけにリボーンよりも早く綱吉の驚愕と唖然が混じり合った声が出て、問いかけられたリボーンはニヤリと笑って好きにしろとだけ言った。

「……そう」
「話は終わり?」

 じゃあ、始めようか。

 そのひと言と共に床を蹴った雲雀が予告通り桜の顔目がけてトンファーを振る。ほんの一瞬のことに綱吉たちが二人の間に入ろうとしたが、どう見ても間に合わない。綱吉の脳裏に桜が殴られ床に倒れる光景が過ったが――それは杞憂で終わることとなる。

「――ワオ」
「振りが甘い」

 雲雀の振るったトンファーは重い金属音を立てて桜の顔の横でその動きを止めた。

 彼の一撃を防いだのはリボーンの拳銃でもなく綱吉たちの武器でもない、桜が左手で握っている大振りのダガーだった。そのダガーは刀身が二十センチほどの両刃タイプで、黒の塗料で艶消しを施されている。細腕と小さな手には不釣り合いで狂暴なダガーが突然現れたことに雲雀と綱吉たちは驚いたが、桜は先程と変わらない様子で静かに雲雀を見つめた。

「どこで会得したのかは知らないけど、“それなり”ね」
「言うね」

 彼に見せろと言われてしまったのだから、隠す必要はない。もしかしたら最初から見せるつもりでいたのかもしれないけど、それも今になってはどうでも良いこと。

 取り敢えず、軽く相手になってあければ良いだけの話。

「へえ、良い意味で予想外だ」
「それはどうも」

 バックステップで桜と距離を取った雲雀は彼女の思いがけない一面に好奇心と闘争心をそそられたのか、手応えがありそうで嬉しいよと楽しげに笑う。しかしそんな彼を見ても桜は特に怯んだり煽られたりした様子はなく、ただ静かに目の前の獲物である彼を見つめていた。

 襲い掛かってきた雲雀の動きを見極めて上手く躱し、時には左手のダガーでトンファーを受け流していく。あきらかに一般人の域を超えた戦闘能力と妙に手慣れている様子に綱吉たちが唖然とする中、リボーンがツナと綱吉を呼び彼を見上げた。

「な、何だよ?」
「桜と会った時どう思った?」
「え? ど、どうって……」

 第一印象は大人しそうで、でも人当たりの良い綺麗な子。

 桜と会った時のことを思い返しながら綱吉は思ったことをそのまま答えるとリボーンはやっぱりダメダメだなと肩を竦め、雲雀の相手をしている桜へ顔を向ける。

「桜は雲雀と渡り合ってる実力者だぞ」
「え、あ、うん……。そういう風には見えなかったからびっくりしてるけど……」
「そんな相手を見抜けないようじゃ」

 何時か本当に誰かに殺されるぞ。

「!」
「お前が十代目になりたいとかなりたくないとか以前に、“十代目としての権利”はお前にある。何時そんな時が来たっておかしくねーんだ。覚えておけよ」
「……それって、桜ちゃんが俺を殺しにきてるってこと?」
「アイツは違う。そういうこともあるっていう例え話だ」
「例え話か……」
「その例え話が現実にならないとは言えねえけどな」

 そう言うリボーンの視線の先には雲雀の攻撃を易々と相手にしている桜の姿がある。リング争奪戦を経て随分成長した綱吉たちの目から見ても桜の動きは手練れだと直ぐに分かり、守護者のなかでも一二を争う雲雀の攻撃を物ともしていないところを見ると相当な実力者のようだった。

「……でもとても静かだ」

 雲雀が動であれば、桜は静。

 対照的な二人のラッシュは何度か続き、桜はしばらくすると少し息を吐いてその間から潜り抜けダガーを構え直す。当然それに気付いた雲雀は新しい手が来るのかと口角を上げてアッパーを繰り出すように縦にトンファーを振ったが、トンファーは持ち手の部分から素早く切り落とされ金属音を立てて床へと転がった。

 頑丈なトンファーを一瞬で切り落とすダガーの切れ味と腕前に驚く間も与えることなく桜はその切っ先を雲雀の喉元に立て、静かに微笑んだ。

「――“まあまあ”、ね」
「……」

 五分足らずで勝負は決まり、あの雲雀が自分よりも小柄で華奢な少女に黒星をつけられた。

 雲雀が不服そうに静かにもう片方のトンファーを下ろしたのを見た桜もダガーを袖へしまい、足元に転がったトンファーのパーツを拾い上げて彼へ差し出した。

「ごめんなさい。綺麗に落としたから直しやすいとは思うけど」
「……」
「?」

 一方的に売られた喧嘩に付き合った上に相手を気遣う言葉をかけた桜。その彼女の行動には流石の雲雀も驚いたようで少し目を丸くして彼女を見ていたが、しばらくすると差し出されたトンファーのパーツを受け取り――そして面白いものを見たと言いたげな様子で口角を静かにあげた。

「……良いね、気に入った」
「え?」
「次も相手してもらうよ。覚悟しておいて」
「……次?」

 言うだけ言ってその場から背中を向けた雲雀を見ながら次があるのかと首を傾げる桜だが、問題はそこじゃないだろうと綱吉は内心でツッコミを入れる。そして次も相手にしなくちゃいけないのかとやや気乗りしていない様子の桜の元へ綱吉たちが駆け寄れば、彼女は先程と変わらぬ様子で微笑んだ。

「騒がせてごめんね」
「あの雲雀さんに勝っちゃうなんて凄いよ」
「そう?」
「十分スゲエ。これならリボーンさんが十代目の部下に誘ったのも納得だ。俺は反対しねえ」
「一緒にマフィアごっこしようぜ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないから!」

 暢気な獄寺と山本に綱吉がツッコミを入れた時、桜の目の前に白い光が突然弾け散った。

 その光は近くにいた綱吉たちの視界にも飛び込んできて、所々粒子のように輝く光は桜の目の前で風船のように膨張するとパチンという音を立てて四散する。光が四散したところにはひとつの指輪が宙に浮いていた。

「……これ」
「ええ!?」

 楕円形の白い石が嵌め込まれた細身の指輪は桜が両手を差し出すとその手の中に納まり、浮遊する力を失くしたようにコロンと手の平の上で転がる。

 その指輪には“Vongola”という文字とアサリ貝を模した紋章が刻まれていた。

「ボンゴレリング!?」
「……ボンゴレリング」
「ええと、その……」
「イタリアを拠点にしているボンゴレファミリーのボスと幹部だけが持つことを許されたリングだ」
「リボーン!?」
「お前に代わって説明してるんだ。黙ってろ」

 あっさりとマフィアの話をしてしまったリボーンに綱吉が抗議をしたが直ぐにそれは却下され、彼は桜の手の中で輝くボンゴレリングを見つめながらそっと目を細めた。

「ボンゴレリングは七つしかないと言われていたが、実際の所は八つあった。幻の存在、七人目の守護者――」

 その名は、月の守護者。

「リボーンさんそんな話聞いたことないっスよ」
「沈黙の掟」
「!」
「沈黙の掟扱いだったんだ。そう言えば分かるだろ」
「まあ、そうなれば話は別ですけど……」

 マフィアの沈黙の掟となれば今まで情報が開示されていなかったことに説明がつく。知らなくても当然かと獄寺が頬を掻くと綱吉もまた自分たちが知らなかった理由に納得した。

「記録によれば、そのリングは“守護者を選ぶ”そうだ」
「どういうこと?」
「リング自身が持ち主を選ぶってことだろうな。前例がほぼゼロだから何とも言えねえが」
「前例がないってどういうことっスか?」
「今までそのリングを扱った人間は一人だけだ」

 つまり桜が二代目の月の守護者になる。

「それは“お前”を選んだんだ」
「……私を、選んだ」

 今まで“動き”がなかったから、当然私にも関係のない話だと思っていた。

 でもこのタイミングで姿を現したということは、きっと意味がある。

「……」

 私が行く道を決めて約束を果たそうとしたから?

 でも理由が分かったところで、選ばれてしまったのならもう後戻りはできない。

「……私が受け取っても良いの?」
「ああ、当然だ」
「……分かった。それじゃあ謹んで受け取らせていただきます」
「じゃ、じゃあ……」
「桜は正式に、ボンゴレ十代目ファミリーの幹部入りだ」

 めでたいなと何でもないことのようにリボーンは言ったが、八人目の守護者の登場と加入に綱吉たちは呆然としている。そんな彼らのなかで桜は落ち着いた様子でそのボンゴレリングを大切そうに両手で包み込むように握り込んだ。

「月の守護者は、“静かに佇み万物を照らし続ける悠久の月光”と言われている」

 常に仲間に寄り添い続けながらもその姿は満ち欠けをするように変化し、光にも影にも転じる。
 だがその本質はファミリーを支え続ける静寂の脅威。

 仲間を癒し敵を薙ぎ払う、月夜に君臨する砦。

 

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