あと1ヶ月で中学を卒業するというこの時期、呪術高専に入学することが決まっていて別段勉強に集中することもない。ならば五条さんに稽古をつけてもらおうと思ったら、五条さんは「マジ忙しい休みが無いクソ死ね上層部」と中指立てて呪力を込めない呪詛を吐き出し全国を飛び回っていた。たまにうちに来たと思ったら「はいお土産、じゃあね」と滞在時間1分未満。しかもよくわからない人形やらキーホルダーやらをお土産に置いていく。クソいらねえ。せめて処理できる食い物にしろよ。
そんなこんなで暇を持て余していた俺だが、

「あはは、まさかこーんな若い子に拾われるとは思ってもいなかったよ〜」

ゴミ捨て場で寝ていた女を拾っていた。なんでだよ、と俺は自分で自分にツッコミを入れる。
アパートの目の前のゴミ捨て場、早朝のこと。ここ一帯はルールを守らない馬鹿ばっかりで夜中のうちにゴミを出す人間が多くいる。むしろ朝ゴミを出す人間のほうが少ないんじゃないかと思うくらい。そんな中で俺は決められた時間帯にゴミを捨てに部屋を出て――まさか人間が捨てられているとは思うまい。なんか下着姿の女。後に「キャミだよ〜下着じゃないよ〜!」と言われたがキャミがなんなのかわからない。どっちにしても外に居たら痴女と通報されそうな格好。
明らかに関わったら面倒事が起こる。じゃあなんでそんな女を拾ったのか。呪霊、或いは呪詛師の残穢を感じたからだ。呪霊に襲われたにしては怪我などは一切なく、ならば呪詛師に目をつけられたか、或いはこの女自体が呪詛師か。…呪詛師は普通ゴミ捨て場に寝てないよな?とりあえず五条さんに「なんか怪しい女拾いました」とメールを入れておく。即レスが無かったのでまだ寝てるか仕事中なんだろう。気長に待つか。そんなこんなでゴミ捨て場で間抜けに「むにゃむにゃ…」と寝息を立てる女に適当に毛布を被せて家に連れ帰った。端から見ると俺もヤバい奴である。
とりあえずゴミ捨て場で寝ていて汚いので玄関前に転がしておく。時期に目を覚ますだろ。今日土曜だし、学校も休みだ。注意を払いながら暇つぶしに本を読み始めた。そうして数時間後、昼前。寝過ぎじゃないか?と思った時ごそっと音がした。

「う、んん?床…あれ?」
「起きたか」
「…どちらさま?」

こてん、と首をかしげる女に答えること無く「アンタなにもんだ」と言えば女は数秒固まって、

「えーっと、うーんと…家なき女?」
「……」
「いつもは優しい男の人のお家に泊めてもらうんだけど…あれぇ?少年あの人の息子さん?嫁も子供も居ないって聞いたんだけどなぁ…というか家なんか違う…?」
「アンタゴミ捨て場に捨てられてたぞ」
「…えぇ…?なんでぇ?」
「俺が知るか。つーか俺が聞きたいのはアンタに付いてる残穢のことで」
「ざんえ」
「…アンタ、これ見えるか?」

手を構える。玉犬を呼び出すと女は目を丸くした。見えてる、一般人ではない。いや、ただ見えてるだけかもしれない。警戒は怠らない。だが俺の警戒を他所に女は「わ〜!わんちゃんだー!かーわーいーい!」とはしゃぐ。…なんか頭が痛くなってきたな。

「わんちゃんお手〜!しないー!あははは!」
「アンタ呪霊ってわかるか?」
「わかるよぉ、気持ち悪いやつでしょー?あ、昨日のこと思い出した。昨日のお兄さん、私を呪詛の材料?にしようって。見えるからいい餌になるね、なんて言って見るからにアヤシイ注射器出してきたから逃げたんだった」
「ッ!見える人間を集めてる…?」
「おねーさんが推察するに、結構手慣れてる感じだったよぉ。ご飯あげるしお金もあげるよ〜って声かけてきたからぁ」

それで引っかかるのは頭が緩いアンタくらいじゃないか?数分話しただけだが、この女かなり頭がアレだ。「それで逃げて疲れて、いい感じのクッションがあったから一休みで寝てたの〜」クッションじゃなくてゴミだそれは。逃げてきたって言ったが、その前に薬でも入れられたんじゃないか?ってくらい頭がヤバい。
スマホを出して五条さんからの返信を確認するが未だ無し。一応追加で情報入れとくか。なんてスマホを触っていたら「あ〜私のスマホ…ポッケに…ポケットが無いやぁ。全部おいてきちゃったかなぁ…」と女がぼやいた。

「ゴミ捨て場にはアンタとゴミしか無かったぞ」
「そっか〜持ってきた憶えもないし、仕方ないなぁ。うん、じゃあ少年!助けてくれてありがとね!お邪魔しましたぁ」
「えっ」
「うん?」
「アンタ行く場所あんのか?」
「んー…ないけど、多分また誰かが拾ってくれるから大丈夫ぅ」

それは大丈夫と言わない。面倒事ではあるが呪詛師捕縛に繋がるかもしれない人間だ。それに呪詛師がまたこの女を狙ってくる可能性だってある。良くて五体満足の死体に、悪くて呪霊の餌食に。…別に、良くないか?頭が緩いバカ女。多分、いや絶対身体をウリにしてる。社会適合できない、底辺の人間。居なくなった俺の父親と同じ。
でも、何故か「ここでこの女を行かせてはいけない」と思う自分が居て。気づいたら

「俺が拾ってやるから、ここに居ろ」

とんでもないことを言っていた。
「えっ」と声を上げる女の腕を掴んで風呂場に連れて行く。風呂場に押し込んで「とりあえず汚えから全身洗え。生ゴミ臭い」「えっ、ひど…あ、ほんとだやばい」「着替え…、は…」「下着はまぁ仕方ないからもっかい着るけど…上着は」「俺の服、体格的には着れるだろ。後で置いとくからそれ着ろ」「う、うん…うん?えっと」「とりあえず臭い」「アッはい、お風呂いただきますぅ…」風呂場のドアを閉めた。服…適当にスエットとかでいいか。自分の部屋へ向かう途中でブーブーっとスマホが震えた。五条さんから電話、画面をタップして耳に押し当てようとして

「女拾ったってどういうこと!?お母さんそんな子に育てた覚えありませんよッ!」
「誰が母親だ」

すげー音量だった。耳に当てる前で良かった、鼓膜が死ぬ。「つーか追記で送りましたけど」「読んだよ!?読んだけどさぁ!?」なんかかなり動揺してる、面白いな。「で、今の状況は?」「風呂に入れてます」「めぐ…おま…ちょ…」ぐぅうう、と唸る声が聞こえた。

「なに恵、その女食う気なの?」
「…は!?なに馬鹿言ってるんですか!」
「だって風呂って…お前風呂って」
「ゴミ捨て場汚ェんですよ。そこに寝てたら臭いが」
「あー!はいはい!わかってるよ!恵は別に女を食う気はない!でも食われないように注意しなよ!!話聞く限り、そういうことに慣れてる女なんだろ」
「華奢でしたし、俺をどうにかできるとは思いませんけどね」
「ただ、その女が呪詛師だって可能性もある。勿論呪詛師に狙われてる一般人って可能性だってある」
「はい」
「油断すんなよ。誰か恵のところに寄越したいけど…伊地知は僕と一緒にいるし、夜蛾センも今別件で動けないみたいだし…高専入学前で恵一人で他の呪術師に会わせたくないんだよね。僕の方は最低でもあと2日は掛かる。ま、その間運悪く呪詛師に殺されてもご愁傷さまってことで」
「あ、あの五条さん」
「なに?」
「俺んところに置くことにしました」
「…なにを?」
「渦中の女を」
「……は、はぁああああ!?なんでそうなるの!?いつもの恵だったらそんなの無視でさっさと追い出すでしょ!?」
「…な」
「な?」
「なんと…なく?」
「え、なにその女マジで恵好みだったわけ?」
「……違いますよ」
「間ァ!」

断じて違う、五条さんの心配は杞憂だ。そういう意味で拾ったわけではない。あんな見た目も頭も馬鹿な女が俺の好み?ふざけんな。
ただ、なんとなく

「既視感…みたいな」
「既視感〜?なに、父親の?」
「違いますよ。俺父親のことあんま覚えてないですし」
「じゃあなん…ちょ、あとちょっと待って」

奥の方で伊地知さんの「五条さん!もう移動しないと間に合わないですよ!?」という声が聞こえた。ここまでだろう「じゃあ、情報は逐一入れるんで。仕事頑張ってください」「ちょ、まっ」通話終了を押す。
…取り合えず服か、あの女が風呂から出る前に服を置いとかなきゃいけないんだよ。慌てて服を用意する。黒のスエットを手に風呂場のドアを開けばまだシャワーの音がした。そっとタオルの上に服を置いてまたドアを閉めた。
それから数十分後「お風呂上がりましたぁ!さっぱり!」とぶかぶかのスエットを着た女が出てくる。思ったより小せえな。タオルを頭に乗せた女にあっと気づき津美紀が使っていたドライヤーを渡す。

「わーありがとぉ。自然乾燥させようと思ってたよぉ」
「それだと痛むだろ」
「ん〜多少傷んでも気にしないかなぁ。ドライヤー持ってない男の人もいたし」

コンセントコンセント〜と探す女に指差しで場所を教えてやる。ブオーと最近では全く聞かなかった音が部屋に響く。数分して「乾いた〜!」すっかり小綺麗になった女。さっき髪もぐっしゃぐしゃだったもんな。ドライヤーを受け取り、あった場所に戻す。

「えーっとそれで…少年」
「伏黒恵。アンタは?」
「私は世理奈だよぉ。世理奈ちゃんって呼んでくれ給えよ」
「世理奈、な」
「呼び捨てかーい!んまあ、なんでも良いけどぉ。えーっとそれで、伏黒君?」
「ああ、今後の話だが」
「あ、うん。えーっと…えっちいこと、今からするぅ?」
「………あ"?」

数秒フリーズして、腹から声が出た。「ぴぇっ!いや、そういう雰囲気ではないな〜とは思ったんだけどねぇ…?」と女…世理奈は萎縮する。ああ、普通にそういうことする為に拾ったって、そりゃあそう思うか。クソ苛々する。ゴッと床に拳を叩きつけ、むしゃくしゃをぶつける。ハァ、と息を吐く。

「アンタの置かれている状況を説明する」
「ひゃいっ」
「今現在アンタは呪詛師…危ない人間、或いは組織に狙われている可能性がある」
「えーっと、昨日のおにーさん?」
「そうだ。余計な被害を出さないためにもアンタには、俺の保護者が用事を済まして帰ってくるまで大人しく此処に居てもらう」
「…うーん、もしかして私も怪しまれてるぅ?」
「馬鹿でもわかるか」
「しっつれーしちゃうなぁ。君より年上だよぉ!」
「アンタ幾つ」
「ふっふっふ、何歳だと思」
「幾つだ」
「…むぅ、22歳でーす」

22でこれか。いや、28歳で子供みたいな大人もいるからな。
ぶっちゃけ馬鹿っぽすぎてコイツが呪詛師である可能性は低いと思う。隙だらけだし、雰囲気も非術師そのものだ。だから警戒すべくはコイツを狙ってくるかもしれない呪詛師。生身の人間相手…俺はまだ呪霊しか相手にしたことがない。もし五条さんが戻ってくる前に呪詛師が現れたら…。
そう考えていたら、世理奈の気配が動く。俺の近くまで近寄り、なんだ?何をする気だと身構えようとしたら

「えい」

頬を指で突かれた。は、何?「よくわかんないけどぉ、難しいこと考えてるでしょー」むにむにと俺の頬を両手で揉む世理奈に「やめろ」と手を振り払う。

「だいじょーぶだよぉ、なんたって私一晩ゴミ捨て場で寝てたのに何もなかったんだからぁ」
「…確かに」
「でもまぁ、とりあえずは伏黒君の言う通りにここにいるよぉ。えーっと、お世話になります?でいいのかなぁ。ご迷惑をおかけします?」
「自分が厄介事だって自覚があって何よりだ」
「辛辣ぅ」

とりあえず借りっぱなしは悪いから服とか下着取ってこなきゃ〜!と立ち上がり勝手に家を出ようとする世理奈に「勝手に動くな!」と腕を引っ張る。というか家無いんじゃなかったのかよ。「ある程度の荷物は駅のロッカーに詰めてあるんだよぉ。キャッシュカードとかも。わるぅいお兄さんに捕まった時全財産なくなるの嫌だからぁ」頭がいいんだか悪いんだかわからないなコイツ。

「俺も行く。言ってるが一人で勝手に行動するな」
「はぁい。とりあえず最寄りの駅のロッカーに荷物ちょっとあるからそこに行ってー、あ、でもあそこには現金しか無かったかなぁ。やっぱり服と下着は適当に買ってぇ…」
「幾つかロッカー分けてんのか」
「うん。大きめの駅に荷物とかキャッシュカードとか置いて、後は点々と現金ロッカーに置いとくの。とりあえず降りて一晩居ようかなぁって思ったらロッカーに現金!身ぐるみ剥がされても大丈夫なようにねぇ。ロッカーの鍵は見つからないところに仕舞ってるの」
「慣れてんな」
「んふふー、もうずっとこんなことしてるからねぇ」

ずっと、とはいつからなんだろうか。そんな馬鹿みたいな生活。コイツの親は何をしてるんだろうか、と思って「あ」と声を上げる。「どうしたの?」と俺の顔を見る世理奈にいや、と首を振った。親が居ないのは俺も同じだ。しかし俺には姉が居て、後見人に五条さんが居て。じゃあコイツには?覚えた既視感の正体は。

「ふしぐろくーん?ふしっち?どうしたの〜?」
「変な呼び方やめろ」
「」.



でも、愛してあげたくなってしまったのだ。どうしようもない、この人を。

 
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