2年に上がる前に、伏黒君が死んだ。
敵なんて、もう居ないと思ってた。両面宿儺は祓われたし、禪院家も真希先輩がすべてを壊したし、五条先生の封印だって解いて、羂索も五条先生が倒して、それでもう終わりなはずだったのに。
それでも、あっさりと伏黒君は死んでしまった。

私は憶えている、伏黒君が血を吐いて倒れる瞬間を。
そのまま、冷たくなる様を。私はずっと憶えている。





1.

呪術界及び表舞台への未曾有の大災害から6年が経った。すっかり元通り、とまでは行かないけれど渋谷を始めとした東京都心は復興が進んでいる。呪術界も、五条悟が戻ったことにより随分と風通しがよくなった。亡くなった京都のメカ丸の子機があの日渋谷で起こったすべてを記録していた。それを上層部に提出すれば「捏造だ!」と声を荒げる。ただ、全員が全員そうは思わなかった。だってこれ以外の証拠も大量にあったのだ。
例えば、本来は京都にて厳重保管されていたはずの獄門疆が何故か海外で見つかっていたとか。
例えば、遡り1年前。テロを起こし、五条悟に殺された夏油傑の死体を回収し、解剖したという捏造書類が京都で発見されたとか。
例えば、交流会で襲撃してきた呪詛師や渋谷に現れた夏油一派ではない呪詛師達と上層部との関係性。スパイをしていた与幸吉も知る由もない情報が、呪詛師に流れていて、そりゃあもう至るところから情報漏洩の痕跡が見つかっただとか。
もうそんなのが五条悟が拠点とする東京ではなく、上層部お膝元京都にてゴロゴロと出てきた。上層部に裏切り者がいるのは確定だった。
冷静な判断を出来る上層部数名の人間は五条悟と結託。そりゃあ長いものに巻かれたほうがいいに決まっている。裏切り者の炙り出し、老害の一掃。それにより呪術界はのトップは名実ともに五条悟のものとなった。誰も下手なことは言えなくなった。
五条悟は独裁者ではない。
呪術師にとって、よりよい世界であるために。血筋だなんだと、くだらない縛りから解き放つ為に。その為に五条悟は奔走した。
随分、呪術師は働きやすくなった。寝る間も惜しんで呪霊を祓っていた昔と違い、今は普通に家に帰れるし休みだってもらえるようになった。嫌がらせのような等級詐欺の任務がほぼゼロになった。とか、まあ色々。

「五条先生も、休んだほうがいいですよ」
「んー…そうだね。でも、あともうちょっと」

なんて、五条先生はずっと無理をしていた。伏黒君の葬式を終えてから、もうずっとだった。
それから4年くらいが経って、もうすっかり呪術界も落ち着いたところで五条先生が失踪した。高専組に衝撃が走ったが「僕は頑張りました!というわけで長期休み貰うね!お土産期待しててよ!!」と伊地知さんが置き手紙を見つけ「なんだただの家出か」と全員が落ち着いた。それでいいのか。伊地知さんが暫くは無理難題押し付けられなくてすむと泣きながら喜んでいた。一番疲れていたのはこの人かもしれない。


「ぶっちゃけ五条先生、そのまま居なくなっちゃうかと思ったけどさぁ」

ぺらり、虎杖君がポストカードを裏返した。どこぞの国の観光地が写っている、そのド真ん中にすごいエンジョイしてます!って格好をした五条先生。「今度はアイツ何処行ってんの?」「ローマだって」数ヶ月に一度、こうやって生存報告がてらのポストカード(文字が書かれて送られてきたことはない)が1枚届くので、特に不安がることも無かった。

「アイツが人生に疲れて蒸発、なんてすると思うか?」
「流石の五条先生も、駄目じゃないかなって私は思ったけど」
「俺も。学長とかナナミンとか…伏黒も居なくなって、先生心折れちゃうんじゃないかって」
「私達が折れてないんだから、アイツが折れるわけないでしょ」

野薔薇ちゃんは眼帯で覆われた左目に手を当てた。渋谷で瀕死状態になった野薔薇ちゃんは一命を取り留めた。「アンタ達がヤバいときに、グースカ寝てた私ほんと雑魚」だなんて自分を罵った。
みんな喜んだ。生きてるだけで嬉しいのだ。どれだけ深い傷を負っても、生きていればそれだけでいい。それだけ、私達は多くのものを失いすぎた。
それでも、前を向いて生きている。

「つーか一人だけ旅行ってズルくない?天下の特級術師よ?もう1年は帰ってきてないのよ?アイツの分の仕事こっちに回ってきてんのに!」
「まーまー、呪霊も随分弱くなったし、五条先生の出る幕でもないっしょ。休ませたげなよ」
「アンタはいっつも五条の味方ね!なずな、今度二人でデートしましょ!」
「わーい!野薔薇ちゃんとデートだ!新都心行きたい!スイーツビュッフェ!」
「えー俺は!?」
「ふんッ知るか!」

みんな、まっすぐに前を向いて。
だから、結構油断してた。呪霊に対してではなく、心の持ちようとして。

あの最悪から6年、私は彼と巡り合う。






2.

「呪詛師が所持していた呪具により、2級レベルの呪霊が一般人の家に。…おそらく、中にいる人間の生存は」
「…わかりました」

『深山』と書かれた表札。じっと一軒家を見つめる。
呪詛師の捕縛と呪具の回収は済んでいる。呪具の能力は言ってしまえば簡易呪霊操術、匣に入れた呪霊を使役できる。死んだ夏油傑の術式を模したもの。多分彼を知った呪詛師が作ったのだろう。腕は良いけど胸糞悪い。五条先生が居たら多分ブチ切れてたと思う。
私の仕事は、呪具から飛び出した呪霊を祓うこと。まぁ2級くらいなら大丈夫かな。問題は、家の中。中の人間の生存は見込めないと言われた。でも、もしかしたら生きている人間が居るかも知れない。いてほしい。
もう、呪霊によって人が死ぬところは見たくない。

「――行きます」

脇差を握りしめる。伊地知さんが帳を下ろす。タンッと私は駆け出した。
ガシャン!と窓をぶち破って家に侵入すると、瞬間私に気づいた呪霊が此方に向かって来る。精々3級、2級につられて湧いてきたか。術式を使うほどのものでもない、呪力を込めて脇差を一閃。
ぎ、ぃア
短い断末魔とともに消滅する。集中して、2級が何処にいるかを探る。…2階にまだ雑魚がいるけど、目標は1階…奥の部屋に。侵入したリビングから廊下へ出ると、ぎくりと身体が固まった。内蔵が飛び出た男の死体がそこにはあった。う、ぐ。吐き気を抑える。

「ごめんなさい、あとで弔わせていただきます」

歩いて奥の部屋、ベッドがあった。寝室なのだろう。でも、床も天井も、クローゼットも血塗れだった。ひどい、光景だ。ベッドの上に、頭部のない人間の死体。そして、その人の頭であろう人間の頭を掴んだ呪霊が一体、私に気づいて、にやりと笑った。

「お、まえかァ!」

呪霊に向かって跳ぶ。呪霊は掴んでいた頭を私に向かって投げた。ごめんなさい、心のなかで呟き飛んでくる頭部を避ける。ぐちゃっと、背後で壁にぶつかる音が聞こえた。ぐるぐると、気持ち悪さが身体を駆け巡る。呪霊の腕が此方に伸びる。それを、脇差で切る。まるで柔らかいものを切るように、呪霊の腕が切れて地面に落ちた。

「この呪具はね、呪力あるものをなんでも切るんだよ…ッ」

とある村で「鈍の脇差」と呼ばれていた呪具。呪力あるもののみを切る。呪力のない物体、あるいは人間には一切の傷も与えられない。代わりに呪力の塊である呪霊にとって、これ以上無い武器。
一般人からしてみれば、なにも切れない脇差なんてそりゃあ鈍らに思うよね。

そして、私の術式。

「術式、影踏み」

その名の通り、相手の影を踏むことで動きを封じる術式だ。封じるだけではなく位のままに操ることも可能。等級に左右されず4級だろうが特級だろうが動きを封じられる。唯一無理だったのは五条先生だ。一瞬だけ足止めできたけど大人げない五条先生の領域展開で突破された。流石に領域展開は無理。
この術式、直接的なダメージを与えることが出来ないので中々に使い勝手が悪かった。偶々見つけた呪具のおかげで随分と戦いやすくなった。譲ってくれた村長さんには感謝しかない。

「もう、お前の影は踏んだ。動けないでしょ?」

そして、呪霊の首を斬り落とした。あっけなく終わり、その場が静寂に包まれ…

ガタン

物音が、した。クローゼットの中。呪力は感じられない、嫌な感じもしない。ゆっくりと、手をのばす。取っ手部分に手をかけ、ギィっとドアを開く。

「――、え…」

小さく声を漏らした。
クローゼットの中には小さな子供が居た。身を縮め震える男の子。黒髪の、ちょっと特徴的な髪質の。とても見覚えのある雰囲気。
子供は伏せていた顔を上げた。私と彼の視線が合う。
今度こそ私は息を呑んだ。

「ふ、しぐろ…くん?」

6年前に死んだ伏黒君の生き写しが、そこに居た。



◇ ◇ ◇



「深山夫妻は残念ながらお亡くなりになり、唯一生き残ったのが深山夫妻の一人息子…深山めぐみ君、です」
「…伊地知さん…」
「…はい」
「報告は任せましたッ!特に五条先生への報告を!」
「ちょ、私がですか!?」
「だって、こんな…こんなのどう報告すればいいんですか…」

私の隣に、ピッタリとくっついて伏黒君…ではなく深山めぐみ君が座っている。
クローゼットに縮こまっていた深山君を保護し、取り敢えず伊地知さんが運転する車の中で怪我の確認をした。かすり傷一つなくて、安心…は、出来なかった。だって、彼の目の前でご両親が呪霊に。怪我はなくとも、心の傷は相当深いものになるだろう。
彼は泣きもせず、ただひたすら私の手を握って耐えていた。とても強い子だ。
とりあえず、拠点でもある高専へと向かう。着くまでの間、なにをどう話したら良いものか…と頭を悩ませる。さっきの惨劇を思い出させるような話は駄目だ。私の話でもする?何話すの、こんな年の離れた子供相手に。私のプロフィール?興味無いでしょ。なんか興味惹かれる話題とか…子供に人気なものって何、このぐらいの年だとなんとかレンジャーとか?全然わかんない。そもそも子供との接し方がわかんないよ。こういうの虎杖君が得意そう、ヘルプ虎杖君!

「…あの」
「!な、なにかな?」

おずおずと、深山君が声をかける。彼から話しかけてくれるのなら万々歳だ。彼の目がじーっと私を見つめる。…うん、何かな?まるで伏黒君をそのまま幼くしたような子供に、じっと見つめられるのは心臓によろしくない。
だからほんと、突然の驚きは心臓に悪いんだって。次の深山君の言葉に、私は呆然とすることとなる。

「あなたの名前、観月なずなさんであってますか」
「、あ、え?フルネーム私教えた…?」
「観月なずな、高専1年で3級呪術師。術式は『影踏み』」

伊地知さんが路肩に車を停車させた。多分、運転なんてしてられないって思ったんだろう。
高専1年の頃、確かに私は3級だった。6年前の話だ。今は21歳、準一級の呪術師。

「俺の名前は深山めぐみ、6歳。一般家庭に生まれて、なんの不自由もなく育った。呪霊も、見えてなかった。術式も呪力もない、ただの非術師の子供だ」
「…きみ、は」
「でも夢を見る。いつもいつも、とある夢をみる。大きな俺が呪術師になっている夢だ」

生き写しだと思った。もしかして伏黒君の生まれ変わりなのかとも思った。でもそんなこと実際起こるはずもない。そんな奇跡のような、出来事。


「俺は、伏黒恵をしっている」




3.

「マジでチビ伏黒じゃない」

頭が爆発しそうになったので、取り敢えず野薔薇ちゃんと虎杖君に連絡を入れた。「マジ?伏黒の生まれ変わり?今から行くわ」と野薔薇ちゃん。「は!?え、ちょ俺も行きたい!なんで俺青森で任務なの!?写真だけでも送って!ふしぐ…ふ、伏黒ぉ!」と泣く虎杖君。虎杖君の声めっちゃ頭に響く。声がダダ漏れで、伏…じゃなくて深山君が「別にいいぞ」と言う。いいぞじゃないんだよー!
なんてやりとりをしながら、高専にたどり着く。偶々高専の近くに居たらしい野薔薇ちゃんが仁王立ちしていた。

「でも生まれ変わりって、そんな事ある?おいチビ、名前は?お前幾つだ」
「深山めぐみ、6歳。伏黒恵が死んだのも6年前、丁度だ」
「名前も年月もピッタリ合致しすぎだろ。私の事で知ってることは?」
「釘崎野薔薇、高専1年3級呪術師。術式は『芻霊呪法』。伏黒恵はしょっちゅう釘崎野薔薇の休みの日に買い物に付き合わされて荷物持ちさせられてた。虎杖悠仁も一緒に」
「あぁん?私の付き添いなんてご褒美だろ?」
「伏黒恵は休みの日はずっと部屋でのんびりしたいタイプの人間。でかけても本屋とか、静かな喫茶店で本読んだりとか」
「はーッ!つまんねー男ね、伏黒恵ってヤツは!」
「たまに伏黒恵に付き合う観月なずなのほうが好印象だった」
「は?なずな、私の知らないところで伏黒とデートしてたの?」

デートじゃないかな、男女のお付き合いではないし。私も本屋に行きたくて、偶々出くわした伏黒君と一緒に本屋行って、ゆっくり読書でもするかって伏黒君のおすすめの喫茶店に行って、ただそれだけの話だ。


「でもまぁ、そんなプライベートな事知ってるってことはアンタ本当に伏黒の生まれ変わりなのね」
「……」

深山君は一度口を開き、でも何も言葉を発せずに口を閉じた。少し眉間にシワが寄っている。「どうしたの?」と聞けば深山君は首を振り「なんでもない、です」と言った。


.





深山めぐみ
伏黒恵の生まれ変わり。6歳
夢で伏黒恵の記憶を見る。生まれ変わりの自覚はあるが深山めぐみ≠伏黒恵だと思っている。


観月なずな
準一級呪術師。21歳

 
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