1.
「あ、悟くんやん。良いところに」
「あァ?…って、直哉じゃん。高専に何の用?」
伏黒恵が東京都立呪術高等専門学校に入学(強制)もとい拉致されて数週間が経った頃。
高専にひょっこりと姿を見せたのは禪院直哉だった。その姿を見て五条は顔を顰めた。禪院の人間が顔を出すだなんて絶対に碌な事じゃない。確かにウチにも禪院の名を持つ子が居るが、生まれながらにして天から呪縛を与えられた子だ。禪院家はそんな子供見向きもしない。ならば、要件は一つ。チッ、五条が隠しもせず舌打ちをする。
「相伝持ちの恵をわざわざ見に来たってわけ?どーせ恵を禪院家に連れてこいとか号令掛けてんだろ?誰がさせるかっつーのバァカ。あ、お前のことだから上手い具合に手玉に取って取り込むか、言うこと聞かないようだったら殺すかとか考えてる?次期当主のお前に恵は目の上のたんこぶだもんな。ハァーこれだから禪院家は」
「で、恵くんどこにおるん?」
「人の話聞かねぇクソ」
五条も大概人の話を聞かないクソではあるのだが、そんな自分は棚に上げる。煽り耐性がある直哉は、そんな五条はお構いなしにきょろきょろと周囲を見渡す。かすかに恵くんの呪力あるな。高専預かりってマジな話だったんやね。
ぶっちゃけこの話を聞いて半信半疑だった直哉。だって恵くんが高専所属?あの呪術師嫌いな恵くんが?「組合員の呪詛師として呪術界に関わるんならまだしも、クソみたいな呪術師になるのだけは御免ですね」って言ってた恵くんが?呪術師に捕まったなら捕まったで「くっ殺」って言いそうなモンやけど。
さて、恵の内状はどうであれ、この話を聞いて一番にごたつくのは禪院家である。
随分前に家を出た呪力無しの男が非術師の女と子供をもうけた、というところまでは把握していたのだ。だが所詮天与呪縛の猿と非術師の猿との間の子供だ。碌なものではないと禪院家は捨て置いた。その子供がまさか十種影法術を持つとは思うまい。それが今になって公に曝されたのだ。しかも、詳細一切不明である呪詛師集団である『組合』の人間として捕縛されたのだから、もう天地がひっくり返るくらいの大騒ぎである。
喉から手が出るほどに十種影法術は欲しい。…が『呪詛師である伏黒恵』を家に取り込むのは外聞が悪すぎる。「禪院家は術式の為ならば卑しい呪詛師ですら引き入れる」なんて言われたら…というか絶対言われる。総監部からの目が冷たいものになるだろう。それは避けたい禪院家。
『組合』なぞ、蓋を開ければ悪人を血祭りに上げぶち殺し、弱き者を守る善良な…善良…?な呪術師の集団である。だがしかし、そんな呪術師の集まりを目障りとし『呪詛師』の烙印を捺したのは紛れもない御三家及び総監部である。今更組合は呪詛師の集団ではないとか言えない。
そんな危ない橋を堂々と渡るのが我らが(自称)最強、五条悟である。「組合?呪詛師?しらねーなぁ!むしろそんな恵と甚爾を堂々と引き込むの面白くね?」五条家の外聞なぞ知ったこっちゃねえ。やりたいようにやるのが五条悟。呪術界の常識、非常識男である。五条家も胃が痛い。
こうなってくると禪院家も「やっぱ伏黒恵スカウトするか」と節操が無くなる。十種影法術を五条に掻っ攫われるのは癪だ。随分と禪院家現当主禪院直毘人の頭を悩ませたが、最終的にはゴーサインを出した。
「直哉、伏黒恵を懐柔しろ」
そう直毘人が直哉に命令を下す―――前に直哉は今現在、呪術高専に来ていた。なんでかって?勿論可愛い弟分に会うためだけである。もし恵に会いに行く前に直毘人と会って、そんな命令を下されていたら直哉はその場で直毘人の頭をかち割ってただろう。というか直哉個人と恵との間に縛りがあるため、どうしたって無理。
「縛りなぁ、あれなかったことにしたいんやけど、今はまだ良いかなァ。クソの掃き溜めみたいな禪院家に恵くんお迎えするわけにもいかんやろ?ゴミをぜぇんぶ片付けてからやないとなァ?」と思っている直哉。「やっちまえ!」と応援する直哉の可愛い妹分の真希真衣。うんうん、次期当主として兄ちゃん頑張るで。
ちなみに恵は一言も「禪院家に行きたい」とは言っていない。
さて、高専に現れた直哉。それを警戒する五条の行動は尤もである。凝り固まったクソ思想を持つ禪院家の次期当主が相伝持ちの恵に会いに来た。怪しさ満点である。だがしかし、直哉はずっと昔から恵や甚爾、組合の人間と関わり合いがあった。しかも結構良好な仲である。更に五条は「禪院家と真希真衣姉妹の関係は最悪である」と思っていた。概ね合っている。禪院家は「猿」に人間扱いはしない。例外として直哉と真希真衣姉妹の仲が良い事を知らなかった。真希だって態々五条に言わなかった。
さて、どういう状況になるかというと
「あん?直哉じゃねぇか」
「真希ちゃんやん。久しぶり。元気しとった?」
「おう。真衣の方はどうだ?あいつちょくちょく家に帰ってんだろ?」
「真衣ちゃんも元気やで。あ、これお土産。真希ちゃんが好きやったお菓子。みんなで分けてな」
「サンキュー」
いや、なんでそんなフレンドリー?あれ、そいつ禪院直哉だよね?は?と五条の目が点になった。仲睦まじく近況を話し合う二人。ぶっちゃけ俺より仲良さそうじゃない?え?思わず真希の肩を掴んだ五条に「なんだよ悟」と真希は首を傾げた。首を傾げたいのは五条の方である。
「真希って、直哉と仲良いの?」
「まぁ良いんじゃねえの。妹だって言って昔から私達に構ってくれてたしな」
「妹ぉ?あの女をめっちゃくちゃ蔑む禪院家のお坊ちゃんが妹だって可愛がるぅ?はァ?」
「悟くん喧嘩売っとるん?」
「悟の気持ちもわからなくもないが、直哉、悟ぶっ飛ばして良いぞ。私も正直イラッとする」.
【禪院真希の追憶】
生まれた時からゴミのような扱いを受けていた。ただでさえ禪院家に女として生まれ蔑まれ、双子は凶兆だと忌み嫌われ、更には術式どころか呪力すら持たない天与呪縛持ち。
――過去、自分と同じく呪力を一切持たない天与呪縛の男がこの家に居たらしい。その人物が何をしたかは知らないが、それも相俟って自分への風当たりは特に厳しいものだった。
父親は他の家の連中と同じく、私達をゴミ扱い…いや、無いものとして扱う。母親は見て見ぬ振り。まぁ母親も禪院家では底辺の扱いだ、私達に構う余裕もないだろう。
呪いを祓うことを生業としている家のクセして、家は呪いの掃き溜めのような場所だった。使用人のような扱いならまだいい方だ。時偶ストレスの捌け口として暴力を振るわれる。「訓練に付きやってやってるんだからありがたく思え」とかふざけたことをぬかす。柱の影で妹が震えた。あ、私が守らなきゃ。そうやってわざとそいつらに食いかかった。ボコボコにされて、全身痛くて、でも妹は、真衣は無事だった。私の怪我を見て大泣きしたけど、怪我一つ無い真衣を見て安心した。
私が守らなきゃ。私達に味方なんて居ないんだから。
そう、思ってたのに。
「はぁ、そんな小さな女の子虐めて楽しいんか?雑魚の趣味はわからんなぁ」
とある日、私達だけの世界に一人の男が入り込んできた。禪院直哉という男。現当主と同じ術式を持つ次期当主候補。そんな男が、なんで私なんかを。
直哉は私を痛めつけた男の腹に一発拳を入れ昏倒させた。周りで笑っていた奴らを一睨みするとそいつらは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。床に無様に転がった私を無表情の直哉がじっと見下ろす。…きっと気まぐれで助けたんだろう。もしかしたら助けたとすら思ってないかもしれない。廊下で屯する馬鹿どもが邪魔だったから。だって、家の中で私達を気にする人間なんて、
「大丈夫、じゃないなぁ。痛かったやろ?」
居ない、はずだった。
お姉ちゃん!と柱の影から真衣が飛び出す。そのまま滑るように膝を着き私の身体を抱きしめた。わんわんと泣く真衣に、その男は手を伸ばした。――真衣が、殴られる。そう思った。でも全身痛くて動けなくて、「真衣、逃げろ」と言おうとしたところで、男の手が、真衣の頭にそっと触れた。
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