1.
中々開かない瞼をそのままに、腕を横へと伸ばした。ぱたぱたと布団を叩き、あるはずのぬくもりが無いことを気付いて、そこでようやく瞼を開いた。…甚爾が居ない。ゆっくりと身体を起こし当たりを見渡す。時計の針は6時と少しを指していた。ベッドの半分、いつも甚爾が寝ているはずの場所にその主は居ない。ぽすり、その場所に寝転がってみたが温度は無かった。随分と前に甚爾はベッドを出ていったようだ。ぼーっとしている頭を無理矢理動かして、そういえば呪霊討伐で九州の方へ行くと言っていた事を思い出した。
組合に居た頃や宮城に居た頃であれば遠出をする時はいつも自分も一緒になって甚爾に着いていったのだが、今現在恵は高専に半軟禁状態である。甚爾以外の人間、高専所属の術師と一緒でなければ外に出られない。高専所属の術師は虎杖や釘崎にも当てはまるので日常生活に支障は無いのだが…やっぱりこういう時は嫌である。
甚爾が高専の仕事をする義理は一切ないのだが「普通に給金がでる仕事」ということで気まぐれに仕事を受けることがある。仕事しなくとも暫くは普通に生活出来る金はあるだろうに「恵に貢ぐ金はいくらでもいるだろ」と阿呆言う甚爾に俺は苦い顔をした。貢がんでいいからずっと側にいろよ、と声を大にして言いたい。というか言った。そうしたら甚爾は眉間にシワを寄せて「お前らが可愛いのが悪い」なんて言った。お前『ら』…?首を傾げれば「無自覚バ可愛い」と抱きしめられた。わけがわからない。ちなみにちょうどその場に居た虎杖も俺と同じく首を傾げ、釘崎は何故か呆れた顔をしていた。そんでもって「貰えるもんは貰っとくわ」と言っていた。何、お前も甚爾に貢がれてるのか?ムッとして釘崎に視線を向ければ「バーカ!鈍感バーカ!」と貶された。なんでだよ。
まぁそんなわけで、こうやって居なくなる日があるわけだ。寝てても一言くらい声を掛けてから行って欲しいのだ。とベッドを降りようとして、カクンと足から力が抜けた。腰が、いたい。そして全裸だった。ここでようやく昨晩のことを思い出すのだ。あ、あー…つまるところ、俺が疲れ切って寝てたと。起こしても起きなかったやつか。案の定、テーブルには「起こしても起きなかった。仕事行ってくる」とメモが置いてあった。これは俺が悪い。腰を擦りながら項垂れた。
身体は甚爾の手によって綺麗にされていたがやっぱ風呂入りに行くか、と学生浴場へ向かう。朝風呂なんて入る人間居ないだ「あ、伏黒おはよ!」ここに居た。
「おはよ虎杖。日課のジョギングか」
「そーそー。朝イチで走らんと、元気出ないんだよね」
「朝イチで走る時点でお前元気だろ」
「気分的な問題!」
体力馬鹿の生体は理解できない。そのまま虎杖と浴場へ向かう。「今日甚爾さんは?」「仕事」「なるほどそれで」困ったような笑みを浮かべて俺の身体を見る虎杖。
「釘崎が顔歪ませるから、なるべく隠したほうが良いよ。ソレ」
「…甚爾に見えるところに痕付けるなって言うか、釘崎に慣れろって言うの、どっちが良いと思う?」
「釘崎が諦めて、なんも言わなくなるようになると思う」
「だよな」
「それが良いとは言ってないからな俺」
「甚爾が言うこと聞くと思うか?」
「痕付けられて喜んでる伏黒がいるから無理じゃね」
「じゃあこの話は終わりだ」
「釘崎に金槌で殴られても俺助けんからな」
振りかぶられたら全力で逃げる。釘崎のヤツ問答無用で頭狙ってくるから、あたったら流石に死ぬ。
辿り着いた浴場のドアをガラガラ、と開く。案の定誰もいない。「朝も入れるのありがたいよなぁ」虎杖の言葉に頷く。服を脱いで籠に入れ、風呂場へ向かう。溜められた湯船からもくもくと湯気が立ち上る。流石にシャワーだけでいいかと思っていたのだが「甚爾さん居ないんなら、ゆっくりしてこーぜ」と虎杖が言うので、一緒になって湯船に浸かった。
「あー…沁みるぅ」
「オッサンか。温泉じゃねえぞ」
「温泉じゃなくてもさぁー、銭湯とかって家の風呂と違ってすんげぇじんわり来ねえ?」
「わからんでもない」
「あーやべぇ、このまま寝たい」
「溺れるぞ」
ぐでっと溶ける虎杖。こいつこの調子で今日の授業起きてられるのか?そもそも普通の高校生活でコイツが真面目に授業を受けていた記憶が…大体寝てた気がするな。まぁ五条の授業なんて真面目に受けなくてもなんら問題は無い。むしろサボるか、と思ったところで
「よぉガキども、朝風呂とは余裕じゃ」
「玉犬、食い殺せ」
突然登場した五条悟にノータイムで玉犬を仕掛けたが「はいはいお前は俺に触れなーい」とあっさりと無下限に弾かれた。チッと舌打ちをし、すぐに印を結ぶ。
「満象ッ」
「伏黒それはやめよう⁉風呂場がぶっ壊れる!」
「ゆーじ、俺の心配じゃねーの?」
「五条先生はだいじょーぶでしょ!」
「まぁ最強だしな」
「ぶっ殺して自称(笑)最強の座引きずり落としてやるよ」
「やってみやがれクソガキ」
「布瑠部由良由良」
「だから風呂場が壊れるっつってんでしょーが!やめろ!」
バシャン!と虎杖の馬鹿力に頭を掴まれ、そのまま湯船に沈まされた。がぼ、突然で対応しきれず思い切り水が入った。殺す気か。湯船から這い上がると大爆笑している五条に「だーッ!もう!五条先生もいい加減にして!」と虎杖は五条を掴もうとするが、玉犬同様に虎杖の手は無下限に阻まれる。「俺には触れねえっつーの」と意地悪く笑う五条に、ぱちり、虎杖の[[rb:目の下の傷が開いた > ・・・・・・・・・]]。
「朝から喧しい。去ね」
虎杖のものではない呪力が一瞬で広がった。「え、は、宿儺?」と声を漏らす虎杖と「は?」と目を見開く五条。虎杖の手が五条の[[rb:腕を掴んでいた > ・・・・・・・]]。へぇ、両面宿儺って無下限すり抜けられるのか。滅多に表に出てこないから、名前だけ有名な雑魚だと思っていた。
余談として、『掴む』ことだけに呪力を込めた宿儺に、完全に油断というか舐めプしていた五条の呪力が押し負けるのは当然であり、結果無下限を貫通。
あとのことは簡単である。呪力を込めず、ただ虎杖の持つ腕力だけで五条を浮かせる――浮かせる?気づいたら五条がこちらに飛んできた。うわ危ねぇ、慌てて避ける。五条はそのまま頭から風呂に突っ込む。バシャン、ゴツン。鈍い音と共に水飛沫が飛ぶ。
「痛ッ…てぇー!風呂の底に思いっきり頭ぶつけた!」
「ざまぁ」
「あァ?」
「だから喧嘩やめろっちゅーに!あと宿儺、勝手に俺の身体使うな!」
「五条がしんぷるにうざい」
わかる、と宿儺に同意するように頷いた。「呪いの王に同意してんじゃねーよ!舐めてんのか!」と五条に頭を掴まれるがバチンと腕を振り払う。…今なら五条に攻撃仕掛けられるな、なんて思ったが宿儺にふっ飛ばされた五条を見て少し冷静になった。
馬鹿を相手にするだけ時間の無駄である。ザバッと湯船から出る。
「先上がる」
「え、あ、うん」
「は、おま!」と何か五条の声が聞こえたが空耳だろう。俺は何も聞こえない。朝も虎杖と偶然会って一緒に風呂入った、ただそれだけだ。五条になんて会ってない。
タオルで身体を拭いて服着て綺麗に記憶を抹消して、一人風呂を後にした。
◇ ◇ ◇
「マジ恵ムカつく、超生意気ィ」
「五条先生、ブーメランって知ってる?」
「正論って嫌いなんだよね俺」
「唯我独尊じゃん…」
「それはそうとさぁ、ゆーじ。恵の身体にめっちゃ傷?有ったけど何あれ」
「エー…んーと、甚爾さんにめちゃくちゃ愛された痕…」
「……ぉ、おえぇえ…」
「本気で嘔吐くじゃん」
五条の様子に虎杖が苦笑する。
ちゃぽん、虎杖が再び湯船に入る。五条の隣に移動して「あ」と声を漏らした。
「何」
「…底、罅入ってね?」
「……」
確かに風呂の底には罅が入っていて、カラカラと破片も転がる。五条は無言の後「でもお前が俺を風呂にぶん投げて出来たやつだし、俺のせいじゃねえし」と顔を背けた。えぇ…?マジか。いや確かに俺、というか宿儺がやったけどさぁ…マジか。虎杖はがっくりと肩を落とした。つーか先生頭良く無事だったんね?あ、反転術式…なるほどね。
教室に行く前に偶然出会った夜蛾に「そういえば朝風呂場で五条悟が暴れてて、湯船の底ぶっ壊してましたよ」とちゃっかり気づいていた恵がリークし、夜蛾にめちゃくちゃに怒られる五条が居るのだが、完全に余談である。
[newpage]
2.
ウザったい、しかし割とちゃんと授業をする五条を嫌々に思いつつも大人しく授業を受ける午前中。途中五条が緊急の任務で「え〜めんどくさー。ったよ、行けばいいんだろ!」と半分は自習になった。そのまま帰ってくんな、と俺と釘崎で中指を立てる。
昼の時間になり飯を食って休憩して、午後はクソムカつく夏油の体術の授業。術式使用禁止、呪具の使用はアリ。初手で夏油の顔に拳を入れる、がその拳は夏油の手に掴まれる。身体を回転させ蹴りを入れる、がこれも防がれる。掴まれた拳を思い切り引かれ、上体を崩させようとする夏油に掴まれていない方の手に力を込め、腹部に放つ。がこれも防がれる。「センスは良いと思うんだけど、やっぱりちょっと非力だよね」もうちょっと鍛えたほうが良いんじゃない?と煽られる。プツン、糸が切れる音がした。どぷん、自分の影に手を突っ込む。そして大振りのナイフを掴む。ひくり、夏油の顔が引き攣ったのが見えた。その顔を見てハッと笑いが出る。構えると、夏油も慌てたように呪具を構えた。
「術式使用禁止じゃねーの?」
「猫型ロボットのポケット的なやつはセーフなんじゃない?呪具取り出しただけだし」
「ちなみにあれ『切る』事に特化した武器な。やろうと思えば相手の呪具すらスパって切れる代物だ。どこで手に入れてきたんだよアイツ」
「あ、真希さん!」
「よお、お前ら早いな。もうやってんのか。アハハ、傑のヤツあれ見た瞬間滅茶苦茶慌て始めたじゃねえか。恵!やっちまえ!」
「いや止めなよ。なに煽っちゃってんの?」
「おかか」
「いや止めなくていいってそんな。パンダ先輩もなんか言ってやってよ!」
「頑張れよ恵ぃー」
「違うそうじゃない!」
人望なさすぎだろ夏油傑。少し気落ちしたように「誰も私の応援してくれないんだもんなぁ…」とぼやいたのが聞こえた。「夏油センセー!」虎杖の声が響く。おや?と少し嬉しそうに顔を上げれば。
「死なないように頑張ってー!」
「…あれは、応援だと思うかい?」
「応援だろ」
「本当みんな私に冷たすぎないかい?」
ガキンッ!と俺が振りかぶったナイフを棍棒で受け止める。チッ、これも軽々しく受け止めるのか。もうちょい呪力流すか?なんて考えていると「私だってね」と夏油は拗ねたような声を上げる。
「あれから色々と考えたんだよ。心の奥底では気付いていて、でも蓋をすれば楽だと思っていたからね。上層部のクズどもと同じだなんて言われた時は頭に血が昇ったけど、でも本当にその通りだったんだ。弱者は使い潰せばいい。そうやって使い潰されて、ボロボロになった呪術師を守ろうと思ったはずなのに、クズ共と同じことをしようとしている」
「呪霊を生むのは確かに非術師だが、他者を呪えるのは術師だ」
「…後者の方がよっぽど質が悪いね。そうやって少し考えを改めた。そして一年前、禪院家の天与呪縛の子が高専の門を叩いた」
「真希さん、ですか」
「やはりね、非術師と聞いて少し嫌な気持ちはあったんだ。でも話してみれば「あの腐った禪院家をぶっ壊すんだ」と言うし。いくら天与呪縛とはいえ、術師と対等にやり合うために鍛えた日々は大変なものだっただろう。必死に何かを成そうとする人間を見て、非術師だからと言う自分が本当に汚い人間に思えたよ」
「……」
「すまなかったね。直接的ではないにしても、伏黒甚爾を貶めた言い方をしてしまった。彼だって、腐った呪術界の被害者だったのに」
「…アンタみたいな人間でも、心を入れ替えられるんだな」
「ははは、おかげさまでね。ま、たまに虐めてしまうのはご愛嬌ということで許して欲しいな」
だからやっぱり真希さんに嫌われてんのか。それでも、以前の性格より全然マシなのだろう。
ふっと殺気を緩める。俺だって、好きで敵を増やしたいわけじゃない。そっちが考えを改めたっていうなら俺も少しは――。
「ところで今は授業中だよ。気を抜くのは、よろしくないよね」
「は――ッ、がはっ」
脇腹に、棍棒がモロに入った。そのまま俺の身体はふっ飛ばされ木に激突した。は…ッ、衝撃と痛みで息が一瞬止まる。
「さっきの話は全部本当のことだよ。油断させようとして嘘言ったんじゃないからそこだけは信じて」
「…ッは、クッソ性格悪ィな…」
「ははは!よく言われるよ」
直せよクソが。ちょっとは見直してやろうと思ったけど、やっぱ夏油傑嫌いだ。
「伏黒、大丈夫?家入先生のところ行く?」と虎杖が駆け寄る。多分腹は痣になるだろうが、そこまで酷いものじゃない。首を振ると「本当に大丈夫?」なんて必要以上に心配する。性格が天と地の差。「虎杖は優しいね」なんて笑う夏油に、テメエも見習えと視線を送った。笑って流された。
「さて、次の相手は誰かな?この前の授業では時間が無くて狗巻と組み手出来なかったから――」
「蝦蟇、アイツ転ばせろ」
「伏黒中々地味なやり返しすんね?」
蝦蟇の舌に足を掴まれ、すっ転んだ夏油を見て全員爆笑した。
[newpage]
3.
授業を全部終えて、虎杖達と晩飯を食って、そうやって一日が終わった。やっぱり腹には青痣が出来ていた。多少痛むが問題はない。もしナツ姉が居れば構わず治して貰いに行くが…人のことあれこれ言うが、自分だって呪術師を信用できずに居る。俺だって、あんまり偉そうな事言えねえんだよな。
自分の部屋のベッドに横たわる。隣の部屋は虎杖、逆隣が甚爾の部屋。虎杖の部屋がある方から、微かに音が聞こえる。テレビでも見てるのか。対して反対側からは何も聞こえない。…甚爾、いつ帰ってくるかな。
のそり、ベッドから起き上がりスマホを持って部屋のドアへ向かう。鍵を掛けて、隣の部屋へ。自分の部屋の鍵と一緒にしている別の鍵を差し込む。ガチャ、鍵が開いて誰も居ない部屋が俺を迎え入れる。電気を付けず、そのまま置くへ向かう。部屋の突き当りにあるベッドにぼすんっと身体を倒す。はぁ、と息を吐いた。自分の部屋より、甚爾の部屋のほうが安心する。俺の部屋を挟めば、甚爾の部屋は何も聞こえない。静寂、無音。甚爾の匂いで安心はした、けど寂しさは拭えない。
一人の夜が嫌いだ。もし、甚爾が帰ってこなかったらと考えると怖くて仕方がない。甚爾が俺を捨てるなんてこと、あり得ないってわかってる。信じてる。でも、もしもがあったら。
――甚爾と一緒に居ない自分が、いたら?
ブーッブーッとスマホが震えた。遠ざかってた意識が戻る。画面を見ると、甚爾からだった。じっと画面を見つめる。ブーブー、と震え続けるスマホを見つめ続け、やがて震えが止まった。画面が暗くなり、部屋がまた暗闇になる。…何してんだ俺。なんて思っていたら再びスマホが震える。今度はちゃんと画面に触れて、それを耳に当てた。
『お前なんで出ないんだよ』
「…なんと、なく」
『どうした?俺が居なくて寂しいか』
ククッと笑う声が聞こえた。寂しい、寂しいけれどもそれより。
「さむい」
身体の芯から冷えて、寒さが全身を蝕む。そう電話の向こうの甚爾に零すと「まだ丸一日だって経ってないんだぞ」と言われた。そうだ、甚爾が出ていったのは今朝の話だ。前は、数日甚爾が居なくとも普通にしていたはずだ。寂しいと思う気持ちはあれど、こんなに気分が落ち込むことなんて無かった。
「学校、楽しいんだ。虎杖と釘崎と居ると甚爾とは違った安心感がある。先輩たちも、嫌な人は居なくて。あ、今朝五条に喧嘩売られた」
『あ"あ"?』
「あと夏油に謝られた。非術師のこととか、甚爾に対しても謝って。そこに嘘はなかった」
『へぇ、あの夏油が』
「でも直後ぶっ飛ばされて腹に痣出来た」
『おい待て、何でそうなった。腹に痣ってお前』
「ちょっと、許してやっていいかもって思った」
『いや殺していいわ夏油。帰ったら俺が殺す』
殺気立つ甚爾の声色に、ふっと笑う。でも直ぐその笑みは引っ込む。
「甚爾がいれば、他は何も要らないと思ってたはずなのに」
夏油の事をとやかく言う権利は、本来俺には無いのだ。だって俺も夏油と同じ種類の人間だから。
潔癖症の気があり、非術師を自分の周りから排除しようとしていた夏油と違って、俺は最初からなんでも利用してやろうって思っていたから。それこそ、組合だろうがなんだろうが利用して、蹴落として、必要だったら切り捨てて。ちょっと取り繕えば、みんなすぐに騙される。アキ兄もナツ姉も、直兄だって俺を弟だなんて可愛がって。利用しやすいから、丁度いいって思ってた。虎杖にしたって、あんなお人好し利用しない手はない。
そう、思ってただろ。
なのに、なんで甚爾以外に大事にしたいって思うものが出来るんだ。ちがう、そんなの気のせいだ。大切だなんて、思ってない。
『お前って普段頭良く立ち回れるくせに、俺のことが絡むと本当に馬鹿になるよな。そこが可愛いんだけどよ』
「はぁ?」
『だってお前』
いつもそんな事言いながら、あいつらの事蔑ろにしたことないだろ。
そんな事を言われて、息が止まった。
『大体小せェ時から薫子やらアキラやらにあんだけ懐いといて無自覚か』
「あれ、は…ちがう。懐いてるように見せればみんな騙されてくれるから、それで。別に懐いてなんか」
『いやまぁ…確かにあいつらちょろいから、そういうところあるけどよ。言っとくがお前、自分が思ってるほど器用じゃねえからな?虎杖レベルで愛想良い性格なら兎も角』
「……愛想は、確かにねぇけど」
『そういうのは愛想が良いヤツのテクだっつーの…いや、俺の息子だから出来るか…?おい恵、知らねえ人間誑し込むんじゃねえぞ』
「何の話だよ」
『いやヒモ…こっちの話だ』
「ヒモってなんだ。甚爾、俺が知らない間に女引っ掛けてたのかオイ」
『ちげぇよ、昔の話だ。嫁と会う前…お前が生まれるずっと前。嫁と会ってからは嫁一筋だったし、今はお前だけで…。つーか今そういう話じゃねえ』
「いや、俺は今その話を聞きた」
『逃げんな』
ぐ、ぅ。と息が詰まった。だってその先は聞きたくない。でも甚爾は容赦なく、事実を俺にぶつける。
『組合の連中も虎杖も釘崎も大事に思ってんだよ。お前、あいつらの事好きだろ』
「ちがう、すきじゃない。ちがう」
『…なぁ恵、大切なモンは沢山あっても良いんだぞ』
「必要、ない」
大切なものを増やしてしまったら、その分甚爾への愛が薄れてしまう気がして嫌だ。俺は愛されたいだけじゃない、ちゃんと愛したい。甚爾を、甚爾だけを。
『俺は、組合の連中が気に入ってる。虎杖や釘崎もな。身内として大切だと思ってる』
「…」
『でも一番はお前だよ、恵。どれだけ気に入ったものが出来ても、大切なものが出来ても一番は絶対に恵だ。お前は、違えのか』
「…一番は、ぜったいにとーじだ。一生。死んでも俺の一番は甚爾だ」
『じゃあそれでいいじゃねえか。一番が俺で、他が二番』
「そんな、適当な」
『適当に生きとけ。自分から雁字搦めにすんな。自分で自分の首締めることになるぞ』
「甚爾への愛に首を絞められて死ねるなら本望だろ」
『ばァか』
ふ、と電話の向こうの甚爾は笑った。そうだな、お前の愛で死ねたらな、それ以上に最高の死に方なんて無いだろう。でも、生きてるんだから死ぬ話ではなく、未来の話をしたほうがずっと幸せだ。
『お前は普通に、まぁこんな業界いたら普通なんて無理だろうけど、それでも普通に友人作って楽しく過ごせ。俺が出来なかったこと、全部お前がやれ』
なんだそれ、と俺は笑った。父親みたいなこと言うんだな、なんて言ったら「俺父親なんだけど」という甚爾のセリフにまた笑った。
「説法とか似合わねぇ」
『うるせえよ』
「…先輩たちとも仲良くして、甚爾機嫌悪くならないか?」
『どんだけ心狭いやつだと思われてんだよ俺』
「最初虎杖に威嚇してたし、今だってたまにしてる」
『それはそれ、これはこれ。つか距離が近い』
「嫉妬させるのもいいかもな」
『俺で遊ぶな』
はぁ、と息を吐いた。随分、気が楽になった。少しモヤモヤは残るけど、なんとなく自分の中で整理はつきそうだ。
『寒さはマシになったか』という甚爾の言葉に、まだ少し寒いけど大丈夫だと返した。
「早く帰ってこいよ」
『流石にあと二三日は掛かるわ』
「暇だし、虎杖の部屋にでも泊まるかな」
『おい流石にそれは許容できねえぞコラ』
「心狭いな」
『うるせえ』
不機嫌そうな声に笑う。なぁ、甚爾も俺が隣に居なくて寂しいって感じてるか?なんて、今更聞かなくてもいいか。
安心したら、少しうとうとしてきた。電話越しのくせに気配を察知したらしい甚爾が「ゆっくり休めよ」と優しい声でいった。
『じゃあ、おやすみ恵』
「ん、とーじ…あいしてる」
『おう、俺も愛してる』
その言葉を聞いた後、意識は落ちた。
◇ ◇ ◇
ぷつん、と電話を切る。数秒後に真っ黒になった画面をじっと見つめる。
しかしなんで恵はあんなこじれた性格になったんだ。俺か?俺の教育が悪かったのか?画面に再び触れ、とある人間の名前をタップする。そしてスマホを耳に当てた。
『はぁい、薫子よぉ。どーしたの甚爾くん、こんな時間に電話だなんて』
「なぁ、俺恵への教育間違えてたか?」
『合ってた事なんて一度もないわよ何言ってんのよこのスットコドッコイ』
地声出すなよ、オッサン出てんぞ。と言ったらブチ切られた。次に時雨の名前をタップする。
『なんだ甚爾、仕事の斡旋か?』
「俺、恵の教育間違えてたか?」
『…今更…何いってんだ…?』
「うそだろ」
『お前の頭が嘘だろ。あんだけ恵の性癖歪ませといて何言ってんだ』
今度は自分から電話を切った。マジか、俺の所為か。いやでも、あと一人だけ聞いてみるか。目に入った名前をタップした。1コールで相手は出た。
『なんやねん近親相姦野郎』
「この一言が物語ってる」
『え、ほんまなんなん?甚爾くんから電話なんて珍しい』
「…恵の性格がかなりこじれてるのは、俺の教育が悪かった所為なのか聞きたくてな」
『そんなん、甚爾くんが悪いに決まっとるやん』
ああでも、と電話の相手、禪院直哉は思い出す。まだ小さかった恵が「邪魔するなら誰であろうとも殺す。それが直兄でも殺すよ」と自分に言った事を思い出した。本気の目をしていた。真っ直ぐで、でも酷く淀んでいた。あの時の恵が放つ殺気には、正直鳥肌が立った。あーやだやだ、あんま思い出したくないわ。六歳かそこらやったっけ?そんな小さい餓鬼が出す殺気とちゃうで。ふー、と息を吐いた。えっと、やんやった?恵くんの性格?原因?そんなん、
『あの子はそういうタチやで。根本から歪んでるんや』
きっと魂の在り方から歪んでいるのだ。だからまぁ、よぉわからんけど全部が全部甚爾くんが悪いんとちゃうで。…まぁ八割方甚爾くんが悪いんやけどね!そう言って直哉は相手の言葉を聞かずに電話を切った。
しっかし、今更変なことを聞いてくるものだと直哉は思った。…もしかして今まで恵くんのあの異常な歪みっぷりに気付いてなかったり?まっさかー。恋は盲目というが、最早そんなレベルではないし。本人たちはそれを「愛」だと定義しているようだが、それにしたって異常な歪みっぷりだ。…なんか誰かが言うてたな、「愛ほど歪んだ呪いはない」って。
成程、呪いならしっくり来るものだ。と直哉は思った。
[newpage]
終
甚爾が居ない数日間、恵は自分の部屋ではなく甚爾の部屋で寝ていた。と言っても普段甚爾が居ても大体甚爾の部屋で過ごしているのでいつも通りといえばいつも通りである。
ああ、今日も一日が始まってしまう、とカーテンの隙間から入る日差しに憂鬱になる。
あの電話以降、少し考え方を変えてみたら前よりも随分息がしやすくなったと思う。前から虎杖達と一緒にいると居心地の良さはあったけど、それと同時に息苦しさも感じていたから。それが随分楽になって、前より二人と居るのが楽しくなった。
楽しくなっても、寂しいものは寂しいのだ。だって二人は甚爾の代わりではないのだから。
うう、と小さく唸りぎゅっとそれを抱きしめる。…抱きしめる?はて、俺は何を抱きしめてるのだろうと目を開けると眼前には甚爾の胸板。いつ帰ってきてたんだよ。状況を確認してみたら、俺の枕は甚爾の腕になっていた。…甚爾だ。ぐぐっと頭を甚爾の胸板に押し付ける。すぅ、と息を吸う。「そこで深呼吸されると、ちっと変態臭いぞ」と声が降ってきた。
「とーじ」
「おう、ただいま」
「おかえり。おそい」
文句を言ったらはぐ、と口を食われた。そのままじゅっと舌を吸われる。ん、ん。思考がドロドロに融かされる。涎でべたべたになった口をべろりと舐められ、そのまま舌は首を這う。
「じゅぎょう、あるからやめろ」
「つまんねぇこと言うなよ。恵不足だっつーの、補充させろ」
「ぅ、あ…ん。…ふ、ははは」
「?くすぐったかったか」
「いや、ちがう」
甚爾の食いつきが良すぎて笑った。「寂しかったか?」なんて笑って聞いたら「当たり前だろ」と再び口を塞がれる。さっきまで憂鬱だった朝が一瞬で吹っ飛んだ。甚爾が居るだけで、馬鹿みたいな単純思考。ああ、でも単純明快。やっぱり俺は甚爾が居ないと生きていけない。
はふ、と下手な息をする。ぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。
「あーこのままヤりてぇ」
「食っていいぞ」
「お前授業あるからやめろっつったじゃねえか。はぁー、俺は我慢が出来る偉い大人だからな。大人しく授業でろ不良息子」
「父親みたいな事言うなよ」
「だから父親だっつーの」
じゅぅ、っと鎖骨に痕を付けられた。説得力がまるで無い。「でもまぁ、明日は学校休みだし俺はしばらく出る気ねぇし?」とにんまり笑う甚爾に「ばぁか」と頭突きをお見舞いしてやった。
◇ ◇ ◇
一目見て、自分はこの人間に愛し、愛されるために生まれてきたのだと自覚した。必死になって小さな小さな自分を抱く男に、ああ俺は精一杯この人間を愛さなければと思った。
過去、あらゆる人間から虐げられた人。ボロボロにされて、逃げ出して、夜な夜な安い愛を抱いた人。そして、奇跡のような運命に出会って、愛された。愛し愛され、あと少しで満たされそうだったのにその愛を失ってしまった悲しい人。
「恵、甚爾くんをよろしくね」
めいいっぱい、あの人を愛してあげてね。
記憶の中の母は酷く朧気だが、陽だまりのように温かい人だった。それだけは憶えてる。
だいじょうぶ、母さんのぶんまであいするよ。そして、あいされるよ。手を伸ばして顔に触れると、母は嬉しそうに笑い、俺の頬を両手で包んだ。
「だいすき、愛してるわ甚爾くん、恵」
一番最初に、甚爾と恵に愛を教えた人。悲しいほど、きれいな人。
俺も、愛してるよ母さん。でもごめん。甚爾へ向ける愛はきっと正しくない。
「あいには色んな形があるから、大丈夫。恵が愛したいように、あの人を愛してあげてね」
満面の笑みを浮かべた母に、俺は敵わないなぁと思った。
「どうした?」
「なんか、夢を見た気がする」
「…立ちながら寝てたのか。お前器用だな」
疲れてんのかお前、と甚爾の大きな手が俺の頬を包む。その温度が、誰かに似ているような気がした。.
或るあいの顛末、最終章。これにて閉幕。
立てた予定より遅れてしまいましたがなんとか完結…!6月からスタートし、5ヶ月も掛かってしまいました。こんな長期で書き続けて、よく途中で放り投げなかったなと自分でびっくり。最悪完結まで書けないんじゃないかと思ってました。書ききりました。自分を褒めた。
なんかもうちょっと恵をヤンデレちっくにしたかった。私の力不足です。でも植物組が仲良くする上で恵の甚爾への一点集中の愛はどこかで妥協点を見つけなきゃいけなかったので、このくらいがちょうどよかったのかな。
甚恵は互いが一番ですが、特別枠にママ黒が居ます。一番始めに甚爾に愛を教えたママ黒が一番強い。最後の最後でちらっと出てきましたが「でも甚爾君も恵も幸せになるならオッケーです!倫理観?知らない言葉ね」って感じのキャラです。歪んだ甚恵の愛だって許容するぜ。さすママ。
番外編はまだ書く予定がありますので、本編は本当にこれで終わりですがお話はちょっと続きます。
・「伏黒」津美紀と伏黒親子、組合の小話(補足的な話)
・東京高専に直哉襲来!な話
・普通にいちゃいちゃしてる伏黒親子
・植物組のほのぼの話
とか色々。中身まだ全然考えてませんが。とりあえず直哉襲来は書きます絶対。
あとはスピンオフで五悠書きたいなぁ、とか密かに思ってます。この後行く受刑在院者第荷宿舎の任務でうっかり死んじゃった虎杖君の死体見て五条さんが思い出しちゃう話とか。ストンっと前回の五条さんの正確に戻っちゃうとか。ほんとにちょこっと書きたいなぁと考えてるだけなので書くかはわかりません。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございました!コメントも今まで沢山頂けて本当に本当に嬉しかったです。物書きしてるくせに返信がド下手くそで本当にごめんなさい!でも本当にめちゃくちゃ喜んでました!ありがとう!
最後に一言
甚恵もっと増えろ!!
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