【きさらぎ駅】

「え?」

つい、うとうととしてしまい、気づけば眠ってしまっていた。部活終わりで疲れ切っている体にいい塩梅で揺れる車内はゆりかごのようなものだ。眠ってしまうのも仕方ない。事実そんなものはよくあることで。でも、周りを見渡してピシッと体が固まった。目に映るものが、いつもと違う。そして思わず声を上げてしまったのだ。

電車に、自分たち以外誰も乗っていない。

窓の外は真っ暗だった。自分たちが電車に乗ったのは夕方で、降りる頃には確かに暗くなる時間帯ではある。でも、明かりひとつ無い外の風景、それは風景というより暗闇で。もしかして、かなり寝過ごした…?慌ててスマホを確認する。
――時間は、0時32分と表示されていた。
…は、?息が止まった。は…はぁ?日を跨いでいる。いやいや、あり得ない。流石にそんなはずは。
ガタンガタンと揺れる車体。「んん、」と隣から声が聞こえてハッとする。

「木兎さん木兎さん!」
「んー?あ、あーもう着いたぁ?」
「すま、スマホ、ちょっと時間確認してください!」
「は、なに?ん?あかーし乗り過ごした?」
「多分そんなレベルじゃないです!」

むにゃむにゃと覚醒しきっていない木兎さんをなんとか起こす。「え、何?マジで何?」と混乱しながらもスマホを取り出して画面を見る。そして目を丸くする。

「は!?0時ってナニ!?何時!?」

木兎さんの声がめちゃくちゃ車内に響いた、が、迷惑をかける人間がいないので良し。いや全く良くない。むしろ誰か居てくれ。ここが今どこで、自分たちは果たして無事に帰れるのか不安で仕方ない。
外の景色は変わらずだ。もしかしてトンネルの中?いや、ずっとトンネルは可怪しいし普通にトンネルだとわかるはずだ。外はただただ暗闇。

「ていうかなんで人いねーの?」
「…最終終わりの回送列車?いや、でも」
「え!それやべーじゃん!」
「や、多分ちが」
「とりあえず前行こーぜ!運転士さんにジジョー説明してさぁ」

木兎さんは立ち上がり俺の腕を引っ張った。人の話を聞け。でもこのぐいぐい行く感じ、今の俺にはだいぶありがたい。ありがたくはある…が、どうにも嫌な予感がしてならない。
確か、自分たちは4両目の車両に乗ったはず。前の車両へと足を進める。車両と車両の間にある貫通扉を開ける。
3両目、4両目と同じく誰も居ない。外の風景も変わらず暗闇。予想はしていた。そのまま足を進める。
2両目、ここも同じく誰も居ない。「マジで誰もいねーな」と心做しか木兎さんの声が小さい。俺は不意に後ろへ振り返った。先ほど通り過ぎた3両目の車両、のはずだ。

貫通扉の先が、暗闇だった。

ぞわぞわと、嫌な感覚が背中を這う。
だって、3両目は、4両目も明かりは付いていたはずで、暗いわけがない、ないのに。何も考えないように、前に顔を向けた。最後の1両目。貫通扉を開けて、また誰も――

「あ、人がいる」
「え」

木兎さんの足が止まった。じっと木兎さんは前を見ている。その目線の先を追うと、確かに人が居た。女性、髪を三つ編みにした学生服の、ってあれ…?あの制服は、

「音駒?」
「ですね」

音駒の制服を着た女生徒だった。この車両に乗っていたのはその女生徒ただ一人だった。俯いているように見える女生徒をよくよく見てみると、その顔の先には本があった。どうやら読書中だったようだ。先程の慌てふためく自分たちと違って、ずいぶんと落ち着いている雰囲気だ。
木兎さんは天の助けと言わんばかりにその女生徒に駆け寄った。俺も後を追う。

「ねぇ!きみ!!」
「えっ、はい!」

木兎さんの大きな声にびっくりしたのだろう、肩を揺らした女生徒は顔を上げた。そして俺達と目が合う。あ、なんか、瞳の色が少し紫がかってて綺麗だ。でもなんだか少しだけ怖い感じがして。俺は何故かその瞳に魅入ってしまった。じぃっと見つめてしまう。しかし木兎さんの「聞きたいことがあるんだけど!」と大きな声でハッとした。目線を少し逸らす。

「えっと、なんでしょうか…?」
「今どこらへんかわかる!?」
「え?」
「俺達だいぶ乗り過ごしちゃったみたいでさ!しかももう0時じゃん!?アッそうだよ!もう0時過ぎてんじゃん!!キミ大丈夫なの!?」
「え?あの、ちょ」
「木兎さん気持ちはわかるんですけど落ち着いて」

気持ちは痛いほどわかる。
きょとんとする彼女を見ていたらだいぶ落ち着いてきたのだ。一旦木兎さんを宥めつつ、彼女に事情を説明する。

「俺達部活帰りだったんですけど、寝てしまったみたいで。起きたら誰も居ないし外も真っ暗で…時間を見たら0時過ぎで慌ててしまって」
「えっと…0時過ぎ、?」
「え?」
「えっと…?ちょっと待ってくださいね」

彼女は読んでいたであろう本に栞を差し込み、膝の上に乗せた。そして彼女はバッグからスマホを取り出し画面をタップした。なんだか、一つ一つの所作が丁寧だ。彼女は両手でスマホを持ち、俺達に画面を見せる。

「…19時35分?」
「はい、0時ではないですね」
「え、え?でも俺達のスマホ」

木兎さんがズボンのポケットからスマホを取り出す。俺も慌てて自分のスマホを出して画面を見た。0時35分と表示されている。木兎さんは「ほら!ほらぁ!!」と彼女に画面を見せた。

「あら」

と一言。少しだけ首を傾げて、その後小さく「あぁ」と何か納得したような声を出した。そして何故だか微笑む。

「えっと、ちなみにここがどこらへんとかは」
「■■■■■■辺りですね」
「え?」
「■■■■■■ってわかります?」
「…すみません、場所が聞き取れなくて」
「あらあら」

その「あら」は一体何なんだ。「じゃー次の駅ってなんて駅?」と木兎さんが聞く。ああ、やばい。なんかすごく嫌な予感がする。頼む、言わないでくれ。しかし無情にも聞きたくなかった駅名を答えられる。

「次はきさらぎ駅ですよ」

思わず「ですよね」と声に出てしまった。「え、なに?どこそれ?」と木兎さんが言う。どこって言われても…。彼女への安心感は何処へやら。俺は少し後ずさりする。

「あなた、人間ですか?」
「あらあらあら、ふふふ」
「怖いんですけど」
「ざんねん、人間ですよ」
「全然残念じゃないですありがとうございました」
「どういたしました」
「え、何この会話。あかーしどういうこと?」
「ちなみにどこで降りたらいいですかね」
「きさらぎ駅でしか降りられませんよ」
「神はいなかった」
「あかーし無視しないで!」
「ちなみに私は次で降ります」
「あなた本当に人間ですか?」
「ねぇ!なんの話!!」

なんの話もないですよ木兎さん。思ってた以上にヤバい場所にいるってだけの話です。はい。
カタンカタン、揺れる電車。速度が落ちている気がする。多分気のせいじゃない。もうすぐ地獄に到着ですかそうですか。彼女はスマホと本をバッグに仕舞う。そして「もうすぐ着きますよ」と死刑宣告をした。良くない、これは絶対良くないぞ。考えろ、どうすれば良い?この状況を打破するには…いや、一つしか無いだろう。この状況で平然としている人物。

「あの」
「なんでしょう」
「助けてください」
「具体的にどうぞ」
「何事もなく無事に家に帰りたいんです」
「…めっちゃ腹減った」
「空気読め木兎」
「あかーし今呼び捨てした??」
「気のせいでは?」
「マジで?腹減りすぎてゲンチョー聞こえちゃったかぁ」

ぐぅーーー、と間抜けな音が響いた。そりゃあ部活終わりで、腹は減ってるが今この状況でそれはやめてくれ。ぐぅ、腹が鳴った。俺の腹も黙っててくれ。「ふ、ふふ」彼女が口を押え笑う。

「うちに来ますか、大したものは出せないですけど少なくともお米とお漬物はありますよ」
「肉!」
「図々しいです黙ってください木兎さん。菜の花からし和えはありますか?」
「ないですねぇ」
「あかーし人のこと言えなくね?」

キキーッとブレーキ音が響いた。そして電車がゆっくりと停まる。あ、地獄の入口に到着ですかそうですか。ぷしゅーとドアが開く。彼女はゆっくりと立ち上がり電車を降りようとしていた。本当に降りるんですか。え、本当に?ドア頭上にある電光板は…文字化けしていた。本当に降りるの??彼女は顔だけをこちらに向ける。

「降りませんか?」
「…大丈夫、なんですか」
「さぁ、どうでしょう。初対面の私を信用しろとは言いませんし、自分の判断で決めてください」
「あかーし」
「木兎さん、あの、ここは」
「よくわかんねーけど、この子多分良い子だよ。信じていいと思う!」
「…あぁもう!」

どうせ降りなければ事態は好転も悪化もしない。いや、もしかしたら悪化はするかもしれない。なら一縷の望みに掛けるしかない。
そうして俺達は彼女と共に電車を降りた。
暗い、が電車の中に居た時よりは周りが見える。見える景色は山と草原。建物のようなものは一切見当たらない。駅のホームは心許無い明かりと、頭上には「きさらぎ駅」と書かれた駅名板。やっぱり降りて良かったのか迷いどころである。もう降りてしまったのでどうしようもないが。

「電車待ってれば帰れっかなー」
「あら、ごはんはいらないんです?」
「え、本当にいいの?」
「さっき言ったとおり、大したものはありませんが。でもうちのお漬物は絶対美味しいですよ。これだけは自身を持って言えます」
「漬物ってあんま気にして食ったことねーなー」
「あら勿体ない」

そんな呑気な会話のずっと奥で、どんどんと太鼓の音が聞こえる気がする。気のせいじゃなくて。ほら、鈴の音も聞こえるし。間違いなくここは『本物』だ。
スマホを見る。時間は0時36分だった。

「都市伝説のきさらぎ駅にいるあなたは、一体何なんですか」

ぼそりとつぶやいたつもりの声は思いの外ホームに響いた。きょとんとする木兎さん、その隣にいる彼女はにっこりと笑う。


「自宅の最寄り駅がきさらぎ駅の、ただの人ですよ」
「ウッッッッッソだろ」

最寄り駅:きさらぎ駅 とか嫌すぎる。
ドン引きしている俺を気にせず彼女は歩き出した。改札、と呼ぶようなものは無く何故かど真ん中に木箱が置かれている。小銭が入りそうな穴があり、彼女はそこにチャリンと何かを入れた。

「無賃乗車はダメですよ」
「え、切符持ってない。定期じゃ無理だよな」
「ここは後払いです」
「いくら?」
「一律100円で、この箱に入れてください」

100円できさらぎ駅に来れるのか。安いな。来たくもないが。来たくもないのに来てしまっている絶望感。
木兎さんが彼女に倣い100円を箱に入れ、俺も100円を入れた。そして、駅を出る。そうしたら、眼の前には田んぼ道、いくつかの電灯。すごく田舎っぽいが、普通の道だ。もしかして、きさらぎ駅から脱出した?ホッと一息つこうとした瞬間、彼女が口を開いた。

「帰るときも駅を通らないといけないですからね」
「え」
「安心しているところ申し訳ないのですけど、一応気構えは必要かと思って」
「……」
「線路は歩いちゃダメですよ?」
「…重々、承知してます」
「いや普通に線路は歩いちゃダメだろ」
「今正論は要らないんですよ木兎さん」

ド正論ではある。
夜道を、彼女の後を付いて歩く。色々聞きたいことはある。聞かないほうが良い気もする。精神衛生上。いやでもな、なんて悩んでいたら目の前に大きな平屋の一軒家。

「うちです」
「でか!」
「そうでもないですよ」
「そうでもありますけど」
「とりあえずどうぞ」

カラカラカラ…と彼女は玄関の引き戸を開けた。家の光が漏れ出でくる…温かい明かりだ。ここで漸く俺は緊張でガチガチだった体の力を抜くことができた。「おじゃましまーす!」と元気のいい木兎さん。それに続き俺も「お邪魔します」と敷居をまたいだ。


「おや、おかえり」
「ただいま、おばあちゃん。ちょっと腹ペコ人間二人拾っちゃって。ご飯御馳走してもいい?」
「ほー、そうかいそうかい。大したもんだせんけど、ゆっくりしていきぃ」

優しそうなおばあさんだった。「じゃあご飯の用意するねぇ」と奥へ行ってしまう。いや、本当に頂いてしまって良いのか。冗談半分だったんだけど。こっちはこっちで「じゃあ手を洗いましょうね」なんて言ってくるし。お母さんか。

「荷物は適当に置いてもらって」
「わ!なんか机の下穴になってる!」
「掘り炬燵ですよ。冬になったら火鉢入れるんです」
「めちゃくちゃ温かそう!いいな〜」

すごいな本当に。外観からも古そうな家ではあったけど掘り炬燵がある家とは。「じゃあかまどとかもきっと見たことないですね」なんて言う彼女に「えっ」と声を上げた。

「かまど?」
「見ます?おばあちゃんご飯の準備してるでしょうし、お手伝いがてら」

彼女に着いていき、見たものに感動した。

「すげー!こんなの時代劇とかでしか見たことない!」
「木兎さん時代劇見たことあるんですか」
「ない!イメージ!」
「あの、ところでもしかしてその釜でご飯炊いてるんですか…?」
「そうよ〜、うちは昔から変わらずこれでご飯作るんよぉ」
「ぜっっっっったい美味しいやつじゃないですか」
「美味しいよぉ、たくさん食べていき。おかずは、生姜焼きくらいしか作れんけど」
「肉!!」
「抑えてください木兎さん」



なんて言ったものの

「おいしすぎる…!」

箸が止まらないとはまさにこのこと。まずお米が美味しすぎる。おこげを食べたときの感動がすごかった。「男の子のたべっぷりは見てて楽しいねぇ。たーんとお食べ」なんて言われてしまったらもう止まれない。生姜焼きも美味しいけど、彼女が絶対美味しいと太鼓判を押していた漬物がヤバい。ひとつまみでお椀一杯のご飯が食える。俺と同じように隣で爆食いする木兎さん。「え、漬物マジでやばい。うま!永遠にご飯食べてられる」わかる。あと何故かある菜の花のからし和え。めちゃくちゃ美味い。

「ふ、ふふ」
「?どうしました」
「このまま釜のご飯全部なくなる勢いだなぁ、と」

ぴたり、俺と木兎さんの手が止まった。
めちゃくちゃ食べてる。ご飯のおかわり何回した?やばい。あ、でもこのお椀分と漬物は食べていいですか。なんて思ってたらおばあさんがひょい、と俺と木兎さんのお椀を取り上げ「今度も大盛りでええね〜」なんて台所の方へと向かってしまった。え、いや、あの。今更なんですけど大丈夫ですか。

「おかずはそんなにありませんが、お米はたくさんありますから。ふふ、食べて大丈夫ですよ」
「…すみませ」
「もしかしたら一生ご飯食べられなくなってたかもしれないですし、よかったですね」

ひゅ、と息が止まった。
忘れてたとまでは言わないが、安心しきっていたところにその話はやめてほしい。

「電車で誰かと一緒になったことなんて今まで無かったですし、びっくりしました」
「…生きて、帰れない人居るんですか?」
「わかりません。私は駅で、というか電車の中で人にあったのが今日が初めてだったので。でもまぁ、行方不明で見つからない人の内の何人かは、多分そうなんじゃないかなぁと思います」
「……」
「ご遺体なんて、見つからないですよ。ふっと居なくなって、そのまま」
「…俺達も、貴方に会わなかったらそうなってた、と」
「そうかもですね。日頃の行いが良かったんじゃないでしょうか」

彼女は冗談っぽく言った。多分、ただ運が良かっただけだろう。もし運が悪ければ今頃――、なんて思っていたら木兎さんが「んー」と何かを考えハッと閃いたように手を叩いた。


「あ!俺朝駅でおばあちゃん助けた!階段しんどそうだったからおんぶして駆け上がった!これ日頃の行いが良いってヤツだ!」
「あら、それは良いことしましたね」
「だろー?だから良いことがあったんだな!」
「?いいこと、ですか?あ、駅から出れ」

「めっっっちゃうまいメシに出会えた!これすげー良いことだよな!な!あかーし!」

本ッ当にすごいなこの人。ああ、でも確かに。確かに良いことだった。
眼の前の彼女が目を丸くしたのを見てククッと笑いが出てしまった。

「そ、そんなに美味しかった…?」
「超!うまい!今度から漬物も沢山食う!」
「塩分のとり過ぎにはご注意ください…?」
「ぶはっ」

さっきまで飄々としていた彼女が木兎さん相手にタジタジなのが面白い。笑いを堪えられなくなった俺を少し困ったように見る彼女。「あらあら楽しそうねぇ、おばあちゃんも仲間にいれて?」とお米が山盛りになったお椀を持ったおばあさんが戻ってきた。
木兎さんと2人でまたお米を食いまくった。









「いや、本当に申し訳なく」
「男子高校生の胃袋こわい」
「本気で引いてるじゃないですか。本当に申し訳ないと思ってますが」
「俺も流石に食いすぎたと反省シテマス」
「…ふ、はは!全然気にしてませんよ。私もおばあちゃんも。お粗末様でした」

駅までの道を3人で歩く。
おばあさんに「またいつでもいらっしゃいな」と言われたのは正直嬉しかった。意図的に行けるかは不明だが。あとあそこに行くには、今から行かなくては行けないであろう駅も通らなければいけないということで。行きたいけど行きたくない。なんなら今も行きたくない帰りたくない。そういうわけには行かず、また地獄のような場所に到着してしまった。

「なんか太鼓の音ずっと聞こえる?」
「降りたときも聞こえてましたよ、鈴の音も。木兎さん気が付かなかったんですか?」
「気づかなかったっていうより…まぁ」

歯切れの悪い答えに首を傾げた。
改札の木箱の横をすり抜ける。

「あ、また100円入れないとだめ?」
「いえ、ここは降りるときだけ100円です。乗るときは大丈夫ですよ」
「キセル出来そうですね」
「きさらぎ駅で?」
「きさらぎ駅で」

心に余裕があるのか冗談を言ってしまった。彼女と俺が笑って、キセルがわかってないだろう木兎さんも首を傾げながらつられて笑った。

「駅でこんなにほのぼの笑うの、きっとあなた達くらいですよ?」
「何かで紛らわさないとぶっちゃけ発狂しそうですし」
「あははは」
「笑い事じゃないんですよ」

パァー!と電車の音とライトが近づいてきた。
あの電車乗って大丈夫なんだろうか。彼女は一緒に乗ってくれないだろうかと視線を向けたがにこにこと首を横に振られた。

「電車が来たなら帰れますよ」
「…そう、ですか」

彼女の言うことだ、信じよう。


「あ、そうだ。もしまたここに来るようなことがあって、私が居なかったときは改札の料金箱の前で「睦月さんの家に用があります」と言って100円を入れて抜けてください。そしたら出れますから」
「…睦月さん…?」
「はい、睦月さんです」
「そーいや名前聞いてなかったじゃん!睦月ちゃんっていうの!?俺は」

と木兎さんが言おうとしたところでホームに電車が入ってきた。そして開く扉。


「はい、乗ってください。大丈夫です。ちゃんと帰れますから」
「…睦月さん、本当にありがとうございました。助かりました。命の恩人です」
「え、あかーし餓死の危機だった!?そんな腹減ってたの!?」
「そっちじゃないです」
「…どっち?」
「ん、ふふ。最後まで面白い人たち」

とん、と軽い力で睦月さんに体を押された。そんな力じゃ動くはずもない体が何故か電車の中へと押し出された。「あ」と木兎さんと一緒に声を上げる。

「むつきさ」

「今日は楽しかったです。また縁がありましたらお会いしましょう。木兎光太郎さん、それと」

にこにこと笑いながら睦月さんは手を振る。最後にばちっ目が合って

「赤葦京治さん」

プシュー、と電車のドアが閉まった。
次の瞬間、













「え、」
「ん!?」

俺達は駅のホームにいた。あのおどろおどろしい駅ではない。本来俺達が降りるべき駅のホーム。木兎さんと顔を見合う。え、は?周りを見渡せば人が居て、いつもの駅のホームだ。睦月さんが言った通り、無事に帰ってこれたらしい。思ってもみない帰り方だったが。
それより

「俺達睦月さんに名前教えましたっけ…しかもフルネーム」
「言った記憶ねーけど」
「ですよね」

本当にあの人何者だったんだ。
とりあえず気持ちを落ち着かせるためにホームにある椅子に座った。ら、木兎さんが「はぁー」と重たい息を吐いた。

「どうしました?」
「いや、怖かったなーと」
「え、怖かったんですか?」
「そりゃこえーよ!睦月ちゃんち居たときは平気だったけど!駅が!」
「え、そんな感じ全然させなかったじゃないですか。もしかしてきさらぎ駅知ってました?」
「しらない。ずーっと言ってたけどきさらぎ駅って何?」
「えぇ…じゃあ何が怖かったんですか木兎さんは」
「…電車降りてからさ」

俺の後ろ、ずっと何かが居たんだよ。ぺったり張り付いてさ、すんげぇさみーの。で、俺直感で思ったんだよ。あ、絶対振り向いちゃダメなやつだって。あと俺が気付いたことに気付かれるのもヤバいって。すげぇ体重くってさ、歩くのもすんげぇ辛かったんだよあん時。

「駅出たら無くなったけど」
「…終わってからぶっ込むのやめてくれません…?」
「終わったから言えんだろ!?」
「そうですけども!」
「あー…マジで怖かった。俺達生きてる?」
「生きてます。なんならお腹いっぱいで満たされてます」
「…睦月ちゃんの家のご飯めっちゃウマかったなぁ」
「…ですね」

もう一回行きたいような、怖くて行きたくないような。すごい複雑な気持ちだ。
おもむろにスマホを見た。
時間は19時36分だった。










運がいいのか悪いのか、俺はその後きさらぎ駅に行くようなことはなかった。
残念だと思うべきか、今でもわからない。


[newpage]【狐に化かされる】

家の前に、人が倒れていた。本当に家の真ん前で。えぇ…?と少し距離を保ちながら様子を窺う。見覚えのない制服、よく運動部が肩にかけているような大きなスポーツバッグがあって、「稲荷崎高校」と書かれていた。聞いたことないなぁ。とりあえず、声をかけてみようかな。

「あの、そこに倒れてる人…意識はありますか?」
「ぅ、う…」
「大丈夫ですか?」
「うー…」

反応はするけど言葉が喋れない…?救急車を呼ばないといけないかもしれない。と近づいて肩を揺すると、

「はら、へったぁ…」

うちには腹ペコ人間ばかり行き着くのだろうか。ぐごごごごごとすごい音を立てる人を前に、そんなことを思ってしまった。とりあえず、

「大したものは出せませんが、寄っていきます?」

最近、お人好し度が上がってる気がする。





「か、かまどや…釜で炊いたごはんや…!」
「おかずの作り置きとか無いからどうしましょうかね」
「塩むすびでお願いします!!」
「えっ」

それでいいの?顔を見るとすごくキラキラとした目で釜のご飯を見つめていた。まぁ、出せたとしてもお漬物くらいしか無いんだけど。腕を捲り、ハッとする。

「あ、もちろん手は洗ってるんですけど素手で握るの気にする人ですか?だったらラップを」
「今は気にしません!」
「今は…?じゃあ、はい。素手で握っちゃいますね」

ボウルに氷水を入れて塩も用意する。手をボウルにつけて、綺麗な布巾で手を拭いて塩を手に振りかける。しゃもじを釜に入れて、米を手に乗せる。そして握る。「!熱くないん!?」「熱いですけど、慣れですね」「ひょわ…」ひょわ…?握ったおにぎりを皿に乗せる。とりあえず3つくらいで良いだろうか。ちらりと様子を窺うとさっき以上にキラッキラした表情を浮かべていた。なんか、耳と尻尾が見える気がする。これはもう居間まで我慢できないやつだなぁ。台所の隅にある作業机にお皿を置く。あとは麦茶と、お漬物とお箸と。用意している間、待てをしている犬のようだった。

「はい、どうぞ」
「!いただきます!ってウッマ!米めっちゃうま!んっぐ」
「お茶飲んで」
「はい!」
「お漬物も美味しいですよ」
「うっっっっっま!」

行倒れくんすごい元気になった。ぺろりとおにぎり3つを食べきり、それでも物足りなそうな彼に追加で2つおにぎりを握った。秒でなくなった。おかわりのお茶も入れて一息つく。

「ありがとぉな。きみ命の恩人や」
「大袈裟ですね」
「いやいや、マジでハラ空きすぎて動けんかったんや。午前部活だけで、昼飯も食ったんになんでやろか…。狐追いかけたらこないなことになって」
「…うん?きつねを追いかけて?」
「せや。突然目の前に狐現れて、珍しい思ったんやけど…あれ、なんで俺狐追いかけたん?なんかすごい追いかけないかん気がして…んん?」
「あらあら」

察しはしていましたが。

「ちなみにどこの人ですか?」
「どこ?稲荷崎知らん?」
「ちょっとわからないですね。何県です?」
「県…?兵庫、やけどなんなん?」
「ここ、東京なんですよ」
「……は、」
「狐に化かされて、とんでもないところまで来ちゃいましたねぇ」
「いやいや…そんな嘘…え、ほんまに?」
「ほんまですよ」

すっと指を指す。彼はそちらに目を向けてぎょっとした。
そこには狐が居た。白い狐だ。じぃっとこちらを見つめている。

「お狐様、どうか彼を帰してあげてくださいな」

あ、そういえば。と私は冷蔵庫を開け、油揚げを取り出す。

「酢飯はないからお稲荷さんは作れませんが」

おばあちゃんが作っておいた油揚げだ。絶品に違いない。私は2枚ほど皿に乗せて狐に差し出す。狐はくんくん、と油揚げの匂いを嗅いですぐ齧り付いた。すぐに食べ終わり、くるり、その場で一周。

「ちゃんと帰してくれるそうですよ」
「え…うん…?ありがとぉ…?」

きょとんとする彼の背中をぽんと叩く。ほら、ついて行かないと置いてかれて帰れなくなりますよ。

「自分、神様なん?」
「違いますが」
「米の神様と違うん…?」
「米の神様…」

違いますが。
否定はしたが何故か納得できない様子の彼はそのまま狐の後を着いて帰っていった。






[newpage]【おまけ】

数年後の『おにぎり宮』にて

「ていうのが睦月ちゃんとの出会いやな。いや、あんな美味いおにぎり作って、米の神様や思うやん?」
「めちゃくちゃわかりま…いや、待ってください。治さん、睦月さんにおにぎり握ってもらったんですか?死ぬほど羨ましいんですけど」
「その後無事に帰れたんやけど、あのおにぎりが忘れられんかったんよ。将来飯屋やりたいとは思っとったんやけど、あの事があっておにぎり屋やろう!って決めたんや」
「神に感謝」
「神に感謝」
「どんな会話や。というか話の内容からしてついていけん…。誰かツッコミ…アランくん…」
「でも米の神様はちゃうな。米の神様は北さんやし」
「北さん別に米の神様ちゃうやろ」
「睦月さんは神ではないと?」
「聞けや」
「いや、おにぎりの神様や」
「!」
「それだ!みたいな表情やめぇ!なんやおにぎりの神様って!ぼっくん!君の後輩おかしいで!」
「睦月ちゃんおにぎりだけじゃなくて作るもの何でも美味いけどな!掘り炬燵で鍋!美味かったな〜。あ、でもあれはおばあちゃんの料理?卵焼きとかは作ってもらった!だし巻き卵!めっちゃ美味かった!!」
「は?」
「はァ?」
「あかん燃料投下や」
「木兎さんそんな話聞いてませんよ。一体いつ睦月さんの家に行ったんですか」
「え、わかんない。なんかいつの間にか」
「いつの間にかってなんですか!俺、あれ以降殆ど電車で睦月さんと全然会わなかったんですけど。何故か孤爪と一緒に居たりとか…。ていうか大体木兎さんと一緒に帰ってましたよね?なんで木兎さんとは会うんですか!」
「睦月ちゃんと会ったんじゃなくてさぁ。なんか一人で電車乗ってると」
「乗ってると?」
「きさらぎ駅に着いちゃうんだよなぁ…」
「……えぇ…?」
「あかーしくんドン引きしとるやん。ていうかきさらぎ駅って何。あの有名なヤツ?」
「睦月ちゃんちの最寄り駅」
「最寄り駅がきさらぎ駅…?」
「ちなみに都市伝説のそれであってます。めちゃくちゃおどろおどろしい駅でした。え?木兎さん何度も行ってるんですか?」
「えー多分10回以上は行ってる」
「はァ?俺あの1回きりなのにうらやま…いや、ていうか大丈夫なんですかそれ。きさらぎ駅ですよきさらぎ駅」
「睦月ちゃんに言われた通りにしてるから大丈夫!1回片足ないおじさんに会ったけど!」
「線路歩いたんですか!?」
「歩いてない!ちゃんと約束守ってる!駅出るときも「睦月ちゃんちに用があります!」って言って毎回出てる!大丈夫!」
「何それおまじない?睦月さんなんなん?」
「おにぎりの神様や」
「サムお前は黙っとれ」


ガラガラ〜


「ん、治邪魔するで。米の納品に」
「あ、米の神様」
「いらっしゃいませ米の神様」
「…は?」
「北さんこいつらのこと気にせんといてください。酒も入っとらんのに可笑しいんですわ」
「なんや侑もおったんか。そっちは、侑のチームメイトの」
「木兎光太郎!と!」
「木兎さんの後輩の赤葦です。よろしくお願いします米の神様」
「米の神なに?」
「北さんは米の神様で睦月ちゃんはおにぎりの神ってことですわ」
「?なんもわからん。それのどこの睦月ちゃんや」
「東京…?」
「あそこ東京なんですかね本当に」
「東京の睦月ちゃん言ったら灯華ちゃんやなぁ」
「えっ」
「え?」
「…睦月さんの名前、確か灯華ですよ。孤爪に聞きました」
「エッ」
「え??え、北さん睦月ちゃんとどういう関係で??」
「うん?はとこや。うちのバァちゃんと灯華ちゃんのバァちゃんが姉妹や」
「か、神の血筋…!」
「さっきからその神ってなんやの」
「北さんのはとこ東京におるんやなぁ(ツッコミ放棄)」
「おん。住所どこやったかな…確か迴セ荳悶→蟶ク荳悶ヮ縺ッ縺悶∪ってとこや」
「…え?」
「ん?」
「なんか聞き取れんかった…え?」
「迴セ荳悶→蟶ク荳悶ヮ縺ッ縺悶∪」
「…え」
「迴セ荳悶→蟶ク荳悶ヮ縺ッ縺悶∪」
「こわいこわいこわいこわい!なんか寒気してきたんやけど!?」
「侑風邪か?」
「絶対ちゃいます!」
「ちなみに米の神様は」
「北信介な。神ちゃうねん」
「北神介さんは」
「なんか混ざっとらん?」
「睦月さんち行ったことお有りで?」
「おん。うちの米届けとるし。バァちゃんちの勝手口出てすぐや」
「?」
「??」
「北さん東京で農家やっとりましたっけ?」
「今更何言うとるん。兵庫に決まっとるやろ」
「睦月さんの家は東京なんですよね?」
「おん」
「…勝手口を出て」
「すぐや」
「…北さんもそっち側かーい!」
「そっち?」
「今度北さんのおばあちゃんちお邪魔していいですか!?おにぎりの神様に会いたいんです!」
「おにぎりの神もしかしなくても灯華ちゃんか」
「いや他に言うべきことあるやろサムゥ!」



「電車で行けばいいのになー」
「それできるの木兎さんくらいですよ。あと今度一緒に電車乗ってください」
「え、あかーし一人で電車に乗れねぇの?」
「木兎さんと違って狙って乗れないもので」


夏だ!ホラーだ!HQ再熱だ!みたいな感じで久しぶりに二次創作、超久しぶりにHQ書きました。
あんまり怖くないので軽く読んでいただけたら嬉しいです。
どうしても8月中にアップしたかった。
睦月さんと研磨くんの話も書きたかったんですけど8月中は無理で諦めました。のんびり書きます


【登場人物】
・睦月灯華(夢主)
音駒2年の三つ編み少女。他称おにぎりの神
最寄り駅はきさらぎ駅。東京都迴セ荳悶→蟶ク荳悶ヮ縺ッ縺悶∪住み
ちゃんと人間

・赤葦
巻き込まれ少年

・木兎
きさらぎ駅ホイホイ腹ペコ少年
きさらぎ駅「またお前か呼んでないぞ」

・ミヤサム
狐につままれた腹ペコ少年

・ミヤアツ
ツッコミが追いつかない

・米の神
睦月のはとこ
睦月宅へは結仁依宅の勝手口から行ける。不思議とは思わない

・孤爪(今回未登場)
引き寄せやすい猫又飼い少年。ミケと相思相愛(ガチ)
睦月のクラスメイト



【ただのなぐり書き】

ふと、最寄り駅がきさらぎ駅だったら面白いよな、なんて思いつきました。同じような話を書いている方が居たら申し訳ない。でもまぁ私が書いたこと無いんだから書いていいよなということで。
みなさんご存知の超有名な都市伝説、きさらぎ駅。映画とかにもなってますね、私は見てませんが。
元ネタの場所は遠州鉄道、静岡のようですが無理やり東京になりました。東京といったところで時空が捻れてるので東京だろうが静岡だろうが兵庫だろうが何処だって良いのですが。ただどうしてもネコチャン絡ませたかったので東京にしました。睦月ちゃんは東京住みの音駒生なのです。絶対です。
ちなみに最寄り駅は確かにきさらぎ駅ですが、正規ルートはバスです。バスは正しく現世を通っています。正しいルートを通れば正しく睦月家にたどり着きます。睦月ちゃんはバス通学ですが、駅前の本屋やらなんやらに行った帰りは面倒なので電車で帰ります。裏ルートです。ちなみにこの事によって誰かを巻き込むということはほぼ無いです。


・きさらぎ駅と木兎赤葦
ただただ運が悪くきさらぎ駅に引き寄せられ、運良く睦月に出会った2人です。なお、異界に気に入られたのは木兎の方で赤葦は完全にとばっちりを食らっただけ。

・猫又と孤爪
ホイホイだから猫又に好かれたのではなく、猫又に好かれたからホイホイになった孤爪。
猫又であるミケは孤爪のことが大好き。死ぬまで孤爪を守り、死後その魂を貰っていく予定。相思相愛なので問題なし。
ただ長生きな猫ってだけなので、怪異としての力はそんなに強くない。なので会話可能かつ悪い人間じゃない睦月に手を借りる。猫好きかつコズミケ推しの睦月ちゃんはウキウキで手を貸しています。

・睦月灯華
ただの人間ではありますが人外に片足突っ込んでる状態。それを個人的には楽しんでいる人物です。



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