「何っ!?」
「ゼロスっ!?」
「ゼロスさんっ!?」
「お前っ!」
皆の呼びかけにも彼はいつもの笑みを浮かべるだけ。
その間にもポコタさんはじたばたと小さな手足をバタつかせ、ゼロスの手から逃れようと試みているようだが、そう簡単には離してもらえないだろう。
先程逃げる様に消えてしまったゼロスがどうしてここに居るのか。
その事に思い至らない私達ではない。
「ゼロスっ! あんたまさか……」
じっとゼロスの顔を見ると、私の視線に気づいた彼は困ったように笑いながらリナさんの言葉を引き継ぐ。
「えぇ、今回僕はデュクリスさん達のお仲間と言う訳なのです」
───やっぱり。
だからこの国の過去には関係ないなんて言い方をしたのか。
今はあるから。
呆れと諦めを込めて、じとんと見やると、それに気づいたゼロスが今度は笑顔で手を振ってくる。
…………一体何を考えているんだか。
そんな中、ジョコンダ侯爵が声を上げた。
「あの者達を始末せい、ゼロス!」
自分の配下の様に簡単に言いつける侯爵の言葉に、私達の間に緊張が走る。
捉えどころがなく、いつも飄々としてはいるが、魔王とその腹心を除けば一、二を争う実力者であることを、私達は身をもって知っている。
どういう意味を含んだ『仲間』なのかは分からないが、ここでゼロスが出てくるとなると完全にこちら側が不利だ。
───けれど。
空気が張り詰めたのは一瞬だけだった。
「今日のところは、引き上げさせてもらいましょうか。デュクリスさんも調子が悪いようですし」
そう言って、ゼロスは眉尻を下げながらジョコンダ侯爵を見やる。
どういう訳か、彼はこちらと事を構える気がないらしい。
今はまだ、なのかもしれないが……。
取りあえず窮地をまぬがれ、安堵したのも束の間。
「何を言っておるっ! 私の命令が聞けぬと言うのかっ!?」
納得のいかなかった侯爵が声を張り上げた、その瞬間。
───ぞくり。
辺りの気温が下がったような錯覚に。
背筋が凍り付いた。
「……確かに今のところはあなた方のお仲間という事ですけど」
誰も動けない状況で、ただ一人。
この状況を作り出したゼロスは、不快だと言わんばかりに侯爵を一瞥し、
「───命令を受けるいわれはないんですよ? ジョコンダ侯爵?」
と忠告する。
常は閉じられている瞳の紫の視線と共に殺気が向けられ、侯爵は言葉も無く立ち尽くす。
『………………』
───けれども、それも数瞬の事で。
空気が強張る中、いつもの笑みに戻ったゼロスは、
「では、今日のところはこの辺で」
またお会いしましょ、なんて軽口を叩きながらポコタさんを放り投げ、
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよゼロスっ!」
次の瞬間にはリナさんの制止の声も聞かず、『お仲間』と共に跡形も無く消えていた。
そのあまりにもあっさりした幕引きに、知らず止まっていた呼吸を吐き出し、目を瞑る。
張り詰めた空間で、私に向けられた訳でも無いのに。
動く事ができなかった。
ぞんざいに扱われ、状況が分からず喚くポコタさんの声が響き、ゆっくりと時が動き出す。
その事に救われながらも、
背中に伝う嫌な汗は、しばらく引きそうになかった───
あとがき
ざわつき
跳ねる心臓。
止まる思考。
行き場の無い手は胸の前で彷徨う。
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