「あちぃっ!」
「あんな狭い所で使うような魔法じゃないでしょうに!」
瓦礫と化した壁から這いつくばるように避難しながら、リナさんがポコタさんを咎める。
慌てて唱えていた防御魔法が間一髪間に合ったおかげで、なんとか大事には至らなかったが───
ほっと安堵の息を漏らしつつ、炎に嘗め尽くされた周りを見て、思わず立ち尽くす。
黒煙が立ち上り炎が燃え盛る中。
こちらに向かって歩みを進める陰に、言葉が出てこない。
「何で? あれは直撃だったはず!?」
驚きの声を上げたリナさんに対し、煙の奥から現れた獣人は、こちらを見てニヤリと口角を上げた。
「どういう事だ?」
「まさかあの鎧……」
「ザナファ・アーマー」
「何ですって?」
ポコタさんの呟きにいち早く反応を見せたリナさんが身構える。
───ザナファ。
かつて魔道士協会の本部があったとされるサイラーグ・シティを壊滅させた魔獣の名がザナッファーだったはずだけど……。
魔道都市と呼ばれたサイラーグの末裔であるタフォーラシアの国と関係が無いとは思えない。
「まだまだ未完成ながら、この程度の攻撃魔法なら耐えられるようだな」
「お前、何をしているのか分かっているのか!?」
「勿論だ」
「何で、どうしてなんだデュクリスっ!!」
理解できないとポコタさんが叫ぶも、それを聞いた獣人は静かな怒りを瞳に滲ませた。
「お前も知っているはずだ、ポコタ。力なき者の悲しみを、力なき者は救いの手さえ差し伸べて貰えない」
「力だって? それがお前の言う力だって言うのか? そんな物の為に、この国を見捨てたのか?」
「見捨てた訳じゃない、だが今はこうするより他はない!」
言って獣人はこちらに向かって右手を差し出した。
瞬時に光が集まり、それが解き放たれる。
呪文も無しに放たれた攻撃を、慌てて回避する私達。
「今のは……」
驚き足を止める私達とは違い、ポコタさんは間髪入れずに呪文を解き放つ。
「このっ、青魔裂弾波!」
「無駄だ!」
しかし一直線に獣人へと進んだ青い光の衝撃波は、先程と同じ道を辿ってしまった。
やはり呪文が効かないらしい。
一体どういう原理で防がれているのか。
それが分からない事には、主な戦力が魔術の私達には分が悪い。
けれど、攻めあぐねる私達に対し、ポコタさんだけは攻撃の手を休めなかった。
「だったらこれはどうだっ! 光よっ!」
お腹のファスナーから光の剣を取り出し、獣人へと切りかかる。
───が、こちらは迎え撃たずに避けられてしまった。
怒りに任せたポコタさんは切りつけた勢いそのままに、頭から地面へと突撃する形になってしまう。
更に先程の烈火球を回避していたメイドが、横抱きにしていた侯爵を地へと降ろした事で、獣人と挟み撃ちの形に。
「ザナファの唯一の天敵……光の剣。やはりお前が持ち出していたのか」
「ふむ、これ以上ザナファの値打ちを下げる事の無いようにせねばな」
「くっ」
ポコタさんを見下しながら輝く剣に意識を向ける獣人に続き、侯爵はメイドから受け取った大剣を構えた。
じりっと後ずさるポコタさんだったが、後ろには獣人が立ちふさがっている。
「侯爵のお手を煩わせるまでもありません。始末すればいいのでしょう? この場に居る者、全てを」
辺りを見回し余裕を見せる獣人に、周りの空気がピリッと引き締まる。
随分と甘く見られているようだが、勿論ただでやられるような私達ではない。
「気軽に言ってくれるわねぇ。そう簡単にはいかないってとこ、見せてやろうじゃないの」
「何を見せるつもりだ? この鎧に攻撃魔法は通じん」
堂々と相対するリナさんに、獣人が悠然と私達へと視線を向ける。
確かに生半可な呪文ではあの鎧に防がれてしまうだろう。
では、生半可な呪文でなければ?
「さぁ、どうかしら? 何事も自分の物差しで考えてると痛い目見る事になるわよ?」
獣人の言葉に動じず、笑みさえ浮かべるリナさん。
恐らく私と考えている事は同じだろう。
金色の母の力を借りる神滅斬。
闇をも切り裂くあの術ならば何とかなるだろう。
ただ、あれは持続時間が短い上、間合いも短い。
その点の問題をどうするか、どう援護するべきか。
一触即発の空気が流れ───その時。
「っ!?」
何故か睨み合っていた獣人が、胸元を抑えてたじろいだ。
じりっと後退する獣人に、侯爵は剣を構えたまま問いかける。
「何事か、デュクリス?」
それに答えたのはポコタさんだった。
「どうやらちょっとは掠ってたらしいな」
「何だと?」
見れば獣人の鎧に傷が付いている。
躱されたように見えたけど、ポコタさんの言うように、光の剣が鎧へと届いていたらしい。
先程まで余裕綽々だった獣人に対し、ここぞとばかりにポコタさんが光の剣を振るう。
「デュクリスっ!」
───しかし。
「うぉ!?」
飛び掛かったポコタさんは何故か不自然に空を移動し、かと思うとぴたり、と宙で停止した。
更に聞こえてきたのは、この場にそぐわぬ呑気な明るい声で───
「ここまでにして置いてもらいましょう」
そうして何もなかった虚空に現れたのは、ポコタさんの耳を一纏めに掴んだ黒衣の神官だった。
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