長きに渡り世界は閉鎖された空間だった。それは降魔戦争の際に、高位魔族である魔王の腹心達の結界が他の大陸との隔たりを作っていたからだ。ところがその結界に綻びが生じるという、なんとも奇怪な事件が起きた。腹心の内のひとり、冥王フェブリゾが滅ぼされたと言うのだ。
その証拠に冥王の力を源とする魔法は一切使えなくなってしまったし、なにより結界があった時には見えなかった光の柱が出現、人々は不安と期待に苛まれる事となった。そこで諸国の王達は聖王国セイルーンを筆頭にまだ見ぬ世界へと使節団を送り込むことになり───
「それが貴女達だと?」
説明を聞き終えた私は宙ぶらりん状態の捕獲者たちを見上げながら確認する。
「いやー、それがもうちょこーっとだけ話は複雑で……」
「世界を救う為! まさしく世の為人の為の急ぐ旅なんですっ! どうかここから降ろして下さいっ!」
栗毛色の髪をした少女が歯切れ悪く苦笑すると、金髪の女性が必死の形相で訴える。しかし突然世界を救う為と言われても眉唾物の上、『こう』なった経緯を考えるととても信じられない。そんな思いが顔に出たのか、金髪の女性に「信じて下さいっ!」と哀願されてしまった。
「そうは言われましても……」
私は地面に置いてあったはずの食料と、それを持って離さない彼女達の顔を見比べ、自分の考えが間違っていない事に軽い頭痛を覚える。おそらく……というかほぼ確定だろうが、彼女達は私が獣を捕らえる為に張り巡らせた罠にかかったのだろう。地面の上に網を仕掛け、餌を置いておくと言う至ってシンプルな罠に。
まさかこんな単純な罠に人間がかかるとは思わなかった。それも4人も。
「救世主様方が、道端に落ちてる食べ物を拾い食いするとはとても思えないんですが?」
「いや、それは何ていうか人間腹が減ってはって言うじゃない?」
「まさか食料が半日で底をつくとはなぁ……」
「だからちゃんと計画的に食べましょうって言ったじゃないですか!」
「だってあんなに少ないとは思わなかったんだから仕方ないじゃない。フィリアがもっとちゃんと旅の準備をしてればこんな事にもならなかったのにさ」
「酷いリナさんっ! わたしの所為にするんですかっ!?」
網の中で団子状態になりながらもジタバタ暴れる彼ら。特注品の糸で編み込んだ網だからそうそう切れる事も無いが、流石に4人もの体重がかかっている樹の幹はミシミシと悲鳴を上げている。
そんな中、網の外で佇んでいる白尽くめの人物がコチラを見ながら口を開いた。
「まぁなんだ、救世主云々はさて置き、おれ達はお前さんに危害を加える気は無い」
「……でしょうね」
リナと呼ばれていた魔道士姿の少女を見ながら、私は頷く。一向に攻撃呪文を唱える素振りも無く、大人しく(?)している所を見るとそんな気は無いのだろう。まぁ、変な動きを見せれば捕らえ直す事も難しくは無いし───そう考えた私は肩を竦めつつ、彼女達の罠を解く事にした。
「一時はどうなる事かと思いましたが……」
「神はわたし達を見捨てていなかったんですねっ!」
涙ながらに喜ぶ女性陣2人。その手には骨付き肉が握られている。
───罠を解いたその後、お腹の鳴る彼らを不憫に思い別の罠にかかっていた獲物を一緒に食べる事にしたのだが……。
「いやー悪いわね、食料まで別けてもらっちゃってさ」
「いえ、こうして捌いてもらえたので私としても助かりました」
「ま、これ位ならガウリイの手に掛かればちょちょいのちょいよ」
「オレ達も旅をして長いしなぁ」
はぁ、そうなんですかと曖昧な答えでお茶を濁す。確かにガウリイさんの腕前は凄かった。何せ剣を数回閃かせただけでお肉を均等に食べやすいサイズにしてしまったのだ。おそらく私の動体視力が追い付かなかっただけで、本当は相当数切り刻んでいたのだろう。でなければこんなにきれいな骨付き肉になるはずが無い。
しかし、である。この腕前が旅の長さとイコールならば、そこそこ旅をしている私の料理の腕もそこそこになっているはずなのだ。当たり前の話そんな事は一切ない。彼のように一瞬にして食材を切り刻むなんて離れ業到底無理だ。と言うかそうそう出来てたまるかと言うのが私の見解だ。大体その方程式が成り立つなら今頃辺りには屈強な戦士がゴロゴロしていた事だろう。
まぁ、その辺の事を突っ込んだところでどうなるものでもないので黙っている事にする。そんな私の内心を知らず、リナさんが嬉しそうな声を上げた。
「さてと、ちゃちゃっと焼いてお昼にしましょーか」
「そうだな……と」
「?」
「そう言えば自己紹介がまだでしたね、わたし達」
「あぁ、そういやそーね。あたしはリナよ、リナ=インバース」
「クレアです」
『…………』
笑顔で言ったリナさんに続き礼儀として名乗るものの、何故か微妙な空気が流れる。何これ。何かおかしな事を言っただろうか? いや、極々普通に名乗っただけだ。
……まぁ、彼女みたいに笑顔では無かったけど。でもそれ位の事で微妙な空気になられる覚えは無い。
そんな思いから無言のまま彼らを見つめると、ガウリイさんが不思議そうに尋ねてきた。
「それだけか?」
一言だけの、まさに簡潔明瞭な質問。どうやら単に私の自己紹介が短すぎたらしい。
とは言えリナさんも名前しか名乗っていないのにペラペラと自身の事を語るのもおかしいし、する必要も感じられないのだけれど……。
なのに『それだけか?』と言われたのだから、それなりに理由があるのだろう。私自身の事では無いとなると、あと考えられるのは───あぁ……挨拶、かな。うん、挨拶は大事だ。
「宜しくお願いします」
「いや、そうじゃなくて」
「?」
ぺこりと頭を下げてみたが、即座に否定されてしまう。実は私の考え過ぎで、言葉通り詳細な自己紹介を期待されていたんだろうか?
「特技でも答えましょうか?」
「そうでもなく」
じゃあ何だ。訳が分からなくて閉口する私に、ガウリイさんが困ったように頭を掻く。
「いやー、今までリナの名前を聞いて驚かなかった奴って居ないもんだから」
あぁ、なるほど。
「でも考えてみればそれも仕方のない事ですよね。結界の中では悪みょ……じゃなくて超有名人のリナさんですけど、ここは外の世界。クレアさんがリナさんの事を知らなくても当然です」
「それもそうだな」
「アンタらねぇ!」
冷静な判断を下す仲間達にリナさんが眦を吊り上げた。それを「まぁ、まぁ」と宥めるフィリアさん。
とりあえずこのままにしておいても良かったのだけど、自己紹介の延長のような形で勘違いをしている彼らにひとつ訂正しておくことにする。
「言い遅れましたが、私結界の中の人間ですよ」
「え?」
「そーなの?」
「はい、なのでリナさんの事は聞き及んでます」
更に言うなら貴方達の事も、と言うのは胸の内に止めておく。知らない人間が自分たちの事を知っていると言うのはあまり良い気分ではないだろうし、警戒されてしまうだろう。今ここで彼女達と争うメリットは無い。
「じゃあ知ってたから驚かなかったのか」
「えぇ、リナさんは有名ですから」
「どーせロクでも無い噂ばかりなんでしょ」
「まぁ良い噂ばかりとは言えませんが……魔王に喧嘩を吹っかけたとか、サイラーグを滅ぼしたとか。あぁ、最近のものでは冥王を滅ぼしたと言うのもありましたね」
「良く知ってるなぁ」
現実離れした噂の数々に、ガウリイさんが感心したように笑う。これらに関しては情報が少なすぎて裏が取れていなかったのだけど……。
良く知ってるなという事はつまり……そうか、噂は本当だったのか。衝撃的な事実に驚きつつ、話を続ける。
「趣味が高じた……と言ったところでしょうか」
「どういう事だ?」
「……簡単に言ってしまえば情報集めが好きなんですよ」
「情報集め?」
「えぇ、実益を兼ねた」
「なるほど、情報屋と言う訳か」
「まぁ、そんな所です」
不思議そうな顔をしているガウリイさんに分かりやすく答えれば、ゼルガディスさんが納得がいったとばかりに呟いた。その話を聞いていたリナさんが骨付き肉をピコピコ振りながら言う。
「じゃあさ、何かこの世界のお得な情報ってない?」
「お得、ですか」
「そ! お宝とかさ」
「リナさんっ!? そんな宝探しなんてやってる場合じゃ……」
「……あるにはありますけど」
「何何何っ!?」
「クレアさんっ!?」
非難がましい視線を送ってくるフィリアさんには悪いけど、こちらとしても仕事である以上信用問題に関わる事。嘘偽りを言う訳にはいかない。
と、その前にきちんとしておかなければならない事を伝えておく。
「情報料頂きますよ」
「えー? ちょっとくらい良いじゃない」
口を尖らせ拗ねるリナさん。はた目にはとても可愛らしく見え、ともすればちょっと位なら話しても良いかな?と思わせる。
しかし、である。『ちょっと』。その言葉に乗せられ、なし崩しに無料で情報提供しかねないので、そこはちゃんと線引きをしておく。
とは言ってもこの話、真相を確かめた訳じゃないから信憑性には欠けるし、リナさん達には魔族がらみやサイラーグの情報を(勝手に)貰ったので、値段交渉には応じる旨を伝えようとした……のだけれど。それより先にアメリアさんが声を上げる。
「リナさんっ! 初対面の方から食料を頂いた上にタダで情報を聞こうなんて厚かましいですよ!」
「そうだぞリナ」
「何よ、あんた達だって気になるでしょ? ねぇゼル」
「まぁな」
「だからって情報を無心するのは正義じゃ無いです!」
「そうですよ、リナさん。ですから寄り道なんてしないで……」
憤るアメリアさんにはガウリイさんとフィリアさんが、促すリナさんにはゼルガディスさんが同調する。数の上では2対3と不利なリナさんだったけど、このまま黙る様な人では無かった。
「そんなに言うなら、そうね……クレア、あたし達と一緒に来ない?」
「なっ!?」
「えっ!?」
「ちょ、ちょっとリナさんっ!?」
いきなりの彼女の提案にアメリアさん達から驚きの声が上がる。
「だって初対面のクレアから食料を貰った上に情報を貰おうって言うのが気に食わないんでしょ? なら仲間として情報を共有するんだったら文句は無いでしょうが」
「そ、それは……そうですけど」
「それとこれとは……」
「それに情報屋なんて看板掲げてるんなら情報集めは得意なんでしょ?」
「まぁ、それなりには……」
「なら全く知らない土地を世間知らずの巫女に案内してもらうより、よっぽど得策じゃない?」
「世間知らずってわたしの事ですかっ!?」
「他に誰がいるってーのよ?」
納得がいかないと声を荒げるフィリアさんに、リナさんが即座に突っ込む。もしかするとこの大陸に着いてから色々あったのかもしれない。
……まぁ、森の中で食糧難にあってるくらいだし、それなりにはあったんだろうな。
本当に話題に事欠かない人達である。
「で。どうする、クレア?」
水を向けられ、悩む事数秒。私は了承の意味を込めてこくりと頷いた。彼女達と行動を共にすれば情報には困らないだろうし、何より私自身彼女達に興味がある。
「なら決まりね! で、早速だけどお宝の場所ってのは……」
意気揚々と尋ねられ、私は一つ息を吐く。まぁ、今回は仕方ないか……。
「今回はサービスしますが、次はお代貰いますよ」
「って、結局はお金取るんかいっ!」
「勿論です。私の貴重な収入源ですから」
「ちゃっかりしてるわね……」
「まぁ、とは言えこれからは、お代は半額で結構です」
私も人でなしと言う訳ではない。旅の同伴者にそれ位の譲歩はする。
「オッケー、それで手を打ちましょ」
その条件を呑み、頷くリナさん。しかし、彼女はすぐさまビシッと指を突きつけ「ただし!」と断言する。
「情報はあたし達に優先的に提供する事!」
「えぇ、分かりました」
「特にお宝関係の情報は真っ先に言う事!」
「はい」
まぁ、そのくらいなら───そう簡単に考えていた私に対し、リナさんは更に条件を突きつけてきた。
「街がちょっとくらい破壊されても気にしない事! それを情報として売らない事!」
「…………」
「あぁとそれからそれから……」
意気揚々と条件を付け足していくリナさん。それに対し諦めろと言わんばかりにガウリイさんとアメリアさんにそれぞれ両肩を叩かれ、うんうんとゼルガディスさんとフィリアさんに頷かれた。
───早まったかもしれない。
そう思っても最早後の祭りであった事は言うまでもない。
ALICE+