「じゃあ、ガウリイとクレアは薪拾いお願いね」
「おう」
「はい」
リナさん達の旅に同行する事になった、その日の夕方。日が暮れる前に野宿の準備をする事になり、それぞれが割り当てられた仕事へと向かっていく。
こういう時、数人で旅をしていると準備の分担が出来て楽だなと思う。
「それじゃあ私、向こうの方に行きますね」
「うん? あぁ、わかった」
同じ方向を探すより、手分けして探した方が効率が良いだろう。
そう思って森の奥を指さしながらガウリイさんに公言する。それに対し彼もすんなりと了承してくれた……のだけれど。
いざ移動を開始すると何故か後ろからついてくる、はっきりとした気配。つかず離れずのその距離に思わず後ろを窺うと、彼はただただ薪を拾い集めているように見えた。
しかし───である。わざわざ言明したのに、付いてくる意図が分からない。
否……もしかしたら何か疑われているのかもしれない。
世間的に見て情報屋なんていかがわしい職業だし、私の旅の加入もリナさんの一存で決まったようなものだ。年長者として危機管理を怠らないのは当然の事かもしれない。
さて、どうしたものか。
「ん? どうした?」
「……いえ」
野営地から暫く離れた頃。もう一度彼の動向を探ってみると、こちらに気づいたガウリイさんに疑念も不審も無いと言うような笑顔を向けられ言葉が詰まる。
「何かあったら遠慮なく言ってくれていいからな」
「……ありがとうございます」
ほがらかに善意の言葉を投げかけられ、はぁ……と気の抜けた声が出るが、取りあえずお礼の言葉は述べておく。
こちらを油断させる演技。そんな可能性も考慮し、過多な接触はなるべくしないように余計な事は言わないように……。
と、そこまで憂慮し、この同行が仕事では無い事に苦笑が浮かぶ。今回の事は私の完全なる趣味なのだ。勘ぐられようが疑われようが大して問題ではない。
そんな事を考えていると、不意にガウリイさんの表情が険しくなった。
「気をつけろ、クレア」
最初は何を言われているのか分からなかったが、幾ばくもせずにその言葉の意味を理解する。ガサガサと不自然に揺れる草木に、隠そうともしない複数の気配。
盗賊の類だろうか?
そう思うのとほぼ同時に、気配の主たちが私達の前に現れた。
「んん? こんな所で逢引か?」
「へへっ、上玉と人気の無い場所で秘密の逢瀬たぁ、隅に置けねぇなぁ兄ちゃん」
スキンヘッドに上質とは言えない服装。更にはこちらを認識した途端、手に手に武器を持ち、それをチラつかせ始める。
人を見かけで判断しちゃいけない。とは言え、真っ当な人達では無い事に間違いは無さそうである。
「いやぁ、コイツとはそう言うんじゃないんだが、ここはひとつ見逃してくれないか?」
口々にはやし立てる彼らを前に、ガウリイさんが私を庇うように一歩前へと進み出た。ニコニコと人好きのする、けれどこの場にそぐわない笑みを浮かべながら交渉をするガウリイさんだが、そんな話し合いが通じるような人達では勿論ない。
「おぅおぅ、そんな事言って、恐いもん持ってるじゃねぇか」
「そいつはただの飾りか?」
「おれ達が使い方を教えてやろうか」
彼の腰にある長剣を指し、ぎゃははと笑う盗賊たち。その内の1人がガウリイさんの剣へと手を伸ばした───その瞬間。
キィンッ、と高い音がしたと思った時にはガウリイさんの手には抜き身の剣が握られ、盗賊が手にしていた武器が宙に舞う。
「……て、テメェ! こっちが大人しくしてれば付け上がりやがってっ!」
それはいつの話だ。
全然大人しくなかった彼らにそうツッコミたいところだが、言ったところで聞き入れてはもらえないだろうと言葉を飲み込む。
見上げれば『しまったなぁ』とでも言いたそうなガウリイさんの顔。こうなってしまった以上、話し合いでの収拾は難しいだろう。
まぁ、元々ムリだったとは思うけど。
「おうっ、野郎共っ! 痛い目見せてやれっ!」
一瞬の出来事に戸惑いを見せていたものの、そこは荒事を本業にしている彼らの事。既に態勢を整え、私達を取り囲んでいた。リーダー格と思わしき盗賊の言葉に応え、切りかかってくるその他諸々エトセトラ。
そして。
彼らはあっけなく地に伏した。そもそも彼ら程度の腕で、ガウリイさんをどうにか出来るはずがないのだ。あのリナさんの自称保護者として各地を回り、上級魔族と渡り合うほどの腕前は私も聞き及んでいる。ただの盗賊に相手が務まる訳がない。
切り結ぶ事なく瞬く間にバタバタと倒れる部下達を前に、お頭の顔には焦りの表情が浮かんでいた。
───と、その時。
後ろに一つの気配が現れた。
振り向けば私に向かって来る1人の盗賊。丸腰に見える私から先に片付けようと言う魂胆だろうか。流石にこれは悠長に見学を決め込んでいる場合ではない。
私は集めていた小枝を手放し、袖の内側に隠していたガラスの棒を取り出した。そしてそのままの流れで、盗賊に向かってガラス棒を突きつけ……。
普段ならそれでどうにか切り抜けているところだった───が。
「クレアっ!」
「……なっ!?」
ガウリイさんが私の前に飛び出し、事態は思わぬ方向へと動きだす。不可視の攻撃は盗賊には届かず、代わりにガウリイさんの背中に突き刺さる。
「ぐぅっ!?」
「ガウリイさんっ!?」
突き刺さる、とは言っても本当に刺さってしまった訳ではない。私が手にしているのは何の変哲もない只のガラス棒。当たったとしても棒が折れるだけである。
……そう、普通ならば。
ぐらりと態勢を体勢を崩したガウリイさんは痙攣しながら、前のめりの状態で倒れてしまった。突然の状況に、目の前の盗賊が唖然としている。そのチャンスを逃さぬよう、私は心の中でガウリイさんに謝りながら再度ガラス棒を振るった。
「ぎぁっ!?」
呆然としていた盗賊が半ば宙返りをするような形で吹き飛び、木にぶつかり失神する。それを確認してから辺りを見れば、そこには一人の盗賊……お頭しか立っていなかった。
「な、なっ!?」
何が起きたのか分からず、硬直している彼に向ってガラスの棒を突きつける。距離にして数メートル程離れているが、コチラに何ら問題は無い。
「このまま私たちの事を放っておいてくれるのなら、これ以上の手出しはしませんけど……どうします?」
問えばハッとした顔をし、彼は慌ててこちらに向かって武器を構えなおした。どうやら身の安全よりも矜持が勝ったらしい。
「ふんっ! 小娘に脅されて引き下がったとあっちゃあ、盗賊の名がすたるってもんだ」
「そうですか、それは残念です」
となればそれ以上の説得は無意味である。私は手にした棒を振り上げ───勝負は、一瞬のうちに決した。
「う、ん……?」
「……大丈夫ですか?」
うっすらと目を開けたガウリイさんに気付き、声をかける。ぼんやりとした視線をこちらに向けること数秒。自身の置かれた状況に気付いた彼は、そのままピシリと固まった。
「あのまま盗賊の居た場所に留まるのも気が引けたので、場所を移させてもらいました」
聞こえているのかどうかは甚だ疑問だけど、硬直している彼に一応の状況説明をする。
盗賊を残らず地面に沈めた後。町の役人に引き渡そうにもここは森の中で、しかも夜に差し掛かっている時間帯。近くの町まで気絶した彼らを運ぶのにどれだけの時間と労力が掛かるか見当も付かないので、取りあえずの安全策として一通り動けぬようにし、その場に放置することにした。
更に彼らが起きたら面倒な事になりそうだったので、場所を移動し、ガウリイさんが目を覚ますのを待っていたのだが……。
「………………えーと?」
「取りあえず動いて大丈夫そうなら、起きてもらえますか? そろそろ足が痺れてきたので」
「す、すまんっ!」
未だ現状を把握していないガウリイさんにそう告げれば、彼は慌てて体を起こしてくれた。それを待ってから地面に手を突き、足の具合を確かめる。
うん、何とか大丈夫そうだ。
多少痺れているものの、立てない程ではない。恥ずかしい姿を見せずにすんでホッとしつつも立ち上がり、私は土を払いながら説明を続ける。
「ちなみにここは盗賊に遭遇した場所から野営地点へと少し引き返したあたりです」
「そ、そうか……」
言って彼は落ち着きなく視線をさまよわせ、やがて気まずそうにしながらポツリと言葉を零した。
「悪かったな、その……膝まで貸してもらって……」
「あぁ、いえ。こちらこそ、すみませんでした。庇って頂いたのに」
ぺこりと頭を下げればガウリイさんは再度慌て始め、
「いや、あれは不可抗力だろっ。クレアが一人旅をしてたって時点で、ある程度の事なら対応出来るって分かりそうなもんだし……気付けなくて悪かったな」
言ってバツが悪そうに頭をかく。その言動に、私は言葉を失った。
……一体この人はどこまで人が良いのだろうか?
不可抗力とは言っても、私自身、ガウリイさんが助けに入ってくれる事をまったく予想できなかったかと言われれば『否』である。
最初こそ何かあるのではないかと疑いもしたけど、彼は純真に私の事を心配してくれていたのだと、この短い付き合いの中でも分かった筈なのに……。
そんな事を思っていると、彼は思い出したかのように「そう言えば……」と呟いた。
「?」
「あの時クレアは何をしたんだ? 普通の攻撃でもなかったし、魔法って感じでもなかったんだよな」
「あぁ、あれは……これを使ったんです」
言って私はガウリイさんに見せるために、袖から再び一本の棒を取り出した。
「ガラス……?」
「はい」
このガラス棒、薬品管理士達が使う所謂『攪拌棒』と呼ばれる物で、薬を混ぜる時に用いる物である。
そしてそれは、一度薬品管理士が手にすれば万物を攪拌することが出来てしまうのだ。
薬は言わずもがな、液体や大気。人間をも───。
「あの時はガウリイさんの血を攪拌させてしまったんです」
「???」
「えーと、つまりガウリイさんの血の流れをかき混ぜて体に負荷をかけたんです」
「ふーん? とりあえずコイツで何かスゴイ事をやったんだな?」
「……え、と。まぁ、そんな感じです」
私の説明に、ガウリイさんは首を傾げながらも自分なりに納得してくれたようだ。この際、根本の理解はできなくても問題はない。
「ん? てことは、クレアはその薬品なんたらなのか?」
「あぁ、いえ。これは情報の対価として薬品管理士さんに教えて貰ったんです」
「へぇ……情報料って金だけじゃないのか」
「私の場合は、ですけどね。依頼人の得意分野で価値があれば」
正確に言うならば、その時の懐具合と私の興味次第ではあるのだけど。その辺の突っ込んだ話は、置いておくことにする。
「ところで……」
「ん?」
「体の方は大丈夫そうですか?」
「ん? あ、あぁ……なんともなさそうだ」
「……そうですか」
ガウリイさんはキョロキョロと自身の体を見回した後、ニッコリと笑顔で報告してくれた。どうやら本当に大丈夫そうで一安心だ。
「じゃあ、そろそろ戻りましょうか」
「そうだな。これ以上遅くなったらリナのやつがブチ切れそうだし」
怒らせたら何しでかすか分からないからな、あいつは。
近くに置いておいた薪を殆ど持ってくれながら、そう笑って歩き出すガウリイさん。そのさりげない優しさに、再度閉口してしまう。
「暗くなってきたから足元には気を付けるんだぞ?」
「……はい、ありがとうございます」
そんなどこまでも他人の事を気遣う彼の背中を見て、私はふと今回の旅のあり方を思いなおした。
効率どうこうより、少しは歩み寄る努力をしてみた方が良いかもしれない───と。
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