───世界を救う。
そんな大それた目的で旅をするリナさん達に同行させてもらって早数日。その目的を真摯に遂行しようとしているのはフィリアさんだけだという事を、私は割と早い段階から知る事になった。
「で? 一体どこに世界の危機とやらが迫ってるって言うのかしらね?」
「ほんとほんと。この街なんか食い物は美味いし平和そのものって感じだよな」
「そうだよね」
お告げがあったという火竜王の神殿までの道すがら。立ち寄った街でテーブルいっぱいに並べられた大量の料理を、物凄いスピードで胃袋に収めながら話すリナさんとガウリイさん。折角の2階のテラス席だと言うのに、料理に夢中になっていて景色を楽しむどころではないらしい。
「こうして波の音を聞いていると心の中まで洗われるみたいだわ」
唯一目の前に広がる海を眺めているアメリアさんも「綺麗な海……」と呟きながら後ろ手にお肉をひょいと摘み上げると口に放り込み、ゼルガディスさんに至ってはその様子をいつもの事と諦めているのか特に気にした風もなく優雅にコーヒーカップを傾けている。
そういう暢気な空気が許せなかったのだろう。フィリアさんはバンッとテーブルを叩きつけると、怒りを爆発させた。
「っ!! でもっ! 火竜王様のご神託に間違いはありません! 確実に世界の危機は迫っています!」
「……それなんだがな、フィリア。仮にお前の神託を信じるとして、具体的にいつ何処で何が起こると言うんだ」
「そんな……ご神託は天気予報じゃないんですから、具体的にいつ何処でと言うものではありません」
ゼルガディスさんの言葉に先程の勢いは弱まり、フィリアさんは困ったように彼を見る。その答えを聞いたゼルガディスさんは一言「なるほどな」と呟くと、テーブルに立てかけてあった剣を手にして立ち上がった。
「?」
「んぁ? 何処行こうってーのよ、ゼル」
「おれの目的は、この体を元に戻す方法を探す事だ。わざわざ外の世界にまで来て、つまらんゴタゴタに巻き込まれるつもりは無い。悪いな」
そう言ってゼルガディスさんはこの場を後にした。それを見てフィリアさんが愕然とし、リナさんが肩を竦める。
「ま、ゼルはいつだって『あぁ』だから」
個性の強いこの集まりは単独で行動する事も珍しくない。まぁ、いくら仲間とは言え、四六時中一緒に居ると言うのもそれはそれで可笑しな話だろうけど。
とは言え、このままにしても良いのだろうか? 彼の口ぶりだとこのまま一人旅でもしそうな感じだったけど。そう思ってリナさんを見てみたが、彼女は今それどころではないらしかった。
「さぁて腹ごしらえも済んだことだし、あたし達は早速」
「火竜王様の神殿へっ!」
「この国の名物料理目指して街へ繰り出すとしますかっ!」
フィリアさんの願いも虚しく息巻くリナさんと「よっしゃあ!」と賛同するガウリイさん。散々食べたのに彼らの胃袋はまだまだ満足していないようだ。
「名物料理って……この上何を」
「なーに食べよ何食べよーっ♪」
「リナー、まずは食後のデザートなんてどうだ?」
呆れるフィリアさんをよそにリナさん達はさっさと店を飛び出し、食欲を満たす為に街へと一目散に駆けていく。遠くなっていく足音と、今後の予定を楽しそうに相談している声。そして私の前には怒りに震えるフィリアさんの姿。
「って、全然緊張感が無いわ……事の重大さが分かってるのーっ!?」
声を荒げると同時に、彼女のスカートの下から太い尻尾が露出した。
ピンクのリボンが巻かれたソレは興奮時の犬猫宜しくピンと天を向き、フィリアさんの精神状態を如実に語っている。
まぁ、フィリアさん自身が感情を隠そうとしていないので、尻尾が無くても手に取る様に分かるのだけど。
……当たり前の話、普通の一般的な人間には無い代物である。その尻尾があるこのフィリアさん、黄金竜という竜族で、普段の姿は人間に変身しているのだそうだ。
しかしながら、竜族の中ではまだ若いらしく変身魔法が未熟なんだとか。そんな彼女の尻尾姿は最初こそ驚いた物の、事あるごとに感情を爆発させるので短い付き合いの私でも慣れてしまった。
「まぁ、リナさん達はいつだってあぁですから」
そして私の他にも1人───フィリアさんの事だけではなく、破天荒なリナさん達にも慣れているアメリアさんが海からの風に吹かれながらのんびりと口を開く。
「平和ですねぇ。この街の様子を見ている限り、とても世界に危機が迫っているとはわたしにだって思えないです。あーあ、リナさん達もゼルガディスさんもどっか行っちゃったし、わたしはこれからどうしよう?」
確かに、集合場所を決めた訳ではないので、ここに残ると言う手もあるけど……。でも逆に言えばここに居たからといって、リナさん達が戻ってくるという保証もない。
「そうだっ! それが良いわっ! そうしましょうっ! 絶対それしかないわっ!」
そう私が思案する間にもアメリアさんは早々に決断を下し、1人息巻いている。その横では自身の使命に不安を抱えるフィリアさん。
「まったく、こうしている間にも何か起こらなければ良いけど……」
何だか嫌な予感がすると悪寒に腕をさするフィリアさんには悪いけど、折角だし私もこの国の事を色々知りたい。
そんな訳で、結局は私も街へと繰り出すことにしたのだった。
港があることも手伝ってか街は活気に満ちていて、露店も賑わいを見せている。
その事を肌で感じながら適当にふらふらと探索し、この世界の事を聞いて回りながら、情報を仕入れていくその最中。
「宜しければ、僕がご案内しましょうか?」
この辺に遺跡や古い寺院は無いかと聞き込みをしていると、不意にそんな声を掛けられた。
振り向き声の主を見やれば、ニコニコと笑みを浮かべた一見すると好青年な神官の姿がそこにある。
もしその申し出に裏が無いのであれば、願ってもない話ではあるけれど……。
「結構です」
言って私は目の前の女店主に向き直った。
今は裏があるのかどうか探っている時間が惜しい。
「出来れば近場だとありがたいのですが……」
「まぁ、あるにはあるけどねぇ」
「何か不都合でもあるんですか?」
「いや……」
歯切れの悪さに水を向けてみれば、店主は恰幅の良い体を縮こませるように前のめりになりながら声を潜めた。
「いいのかい? そっちの人、放っておいて。まだアンタの事見てるけど」
しっかり後ろの神官を指している視線に、私は「良いんです良いんです」とあっけらかんと答える。
「知らない人にホイホイついて行くなって言われてるので」
にっこり、笑顔も忘れずに。
そう聞こえよがしに嫌味を言って、とっとと話を進めようとするが、そこにまた後ろから声がかけられる。
「それはリナさん……いえ、そういう事を言いそうなのはガウリイさんかゼルガディスさん辺りでしょうか?」
その言葉に笑顔が固まった。
私はそんな動揺をおくびにも出さず笑顔を引っ込めると、今度は面倒な表情を隠しもせずに神官へと振り返る。
「……リナさん達を知ってるんですか?」
「えぇ、まぁ。ちょっとした知り合いです」
ニコニコ笑顔を崩しもせずに答える彼に、しかし私は黙ったまま思考する。
「……信じてくれないんですか?」
疑いの眼差しで見る私に、神官は少しだけ寂しそうな声を出した。
私が悪いことをしている気になるので、出来ればやめて欲しいところだけど。
「ちょっとした知り合いの内容が、良好なのか険悪なのかは分かりませんから」
知っているからと言って良い人とも限らないし、一応神官らしき格好はしているけど、姿形なんてどうにでもなる。
「───ま、確かにそりゃそうですね」
「それに何より。手放しの好意と、神官姿の好青年は信用しないことにしてるので」
「なるほど……」
肩を竦めて続けた言葉に彼は納得しかけ───ふと、今度は本当に楽しそうな笑みを浮かべる。
その意図が分からず、自然と眉が寄り、
「……何か?」
「いえね、リナさんと初めてお会いした時もその様な事を言われたものですから、つい」
問いかけに返ってきたのは、そんな言葉だった。
リナさん達じゃないけど、やっぱりデザートも欠かせない。
旅をしてると街に居る時くらいしか食べれないし、次はいつ街につけるか分からない。つまりこの機会を逃せば次はいつ食べれるか分からない。
それらの事を踏まえれば、探索の休憩がてらに適当な甘味所へ入ることは何ら問題は無いと思う。
甘いものは疲れを癒してくれるっていうし。
だからこれは怠慢でも何でもないんだと、ここに居ないフィリアさんへの言い訳を考えながら、注文したのはあんみつ。
結界の外という事もあって食文化が違うから半分諦めていたのだけれど、まさかここで出会えるとは。
涼しげな透明の器に盛られたソレに対面し、自然と笑みが零れる。もちもちした白玉、とろりとアイスに掛かった黒蜜。適度な歯ごたえの寒天に程よい甘さのみつまめ。
───幸せだなぁ。
こんなに美味しいならフィリアさんも誘えばよかった。出てくる時に一応声は掛けたものの、使命がどうの世界がどうのと怒っている彼女の耳には入らなかったようで、そのまま出てきてしまったのだ。
ちなみにアメリアさんは早々に何処かへ文字通り飛び立ってしまっていたので、誘う事も出来なかった。つくづく彼女の……と言うか彼女達の行動力には驚かされる。
そんな事を思いつつ、再度あんみつを堪能し───
「美味しそうに食べますねぇ」
「っ!」
スプーンを咥えながら美味しさに浸っていると目の前から声がかけられ、私の肩はビクリと跳ね上がった。そろそろと視線を上げればそこには黒衣の神官姿。
不本意ではあったけど、リナさんとの出会いを楽し気に語ったあの笑顔にほだされ、ともに行動することにしたのだ。
まぁ、お互い軽く自己紹介した際に自身を「謎の神官ゼロスです」と名乗った彼には、全く、これっぽっちも信用は置けないと再認識したけれど。
そんなこんなで、買って出た案内役を頼んで寺院を見て回る事、数件。
そのまま休憩がてら一緒にここへ入った……のだが。
───忘れてた。
あまりにも自然に座っているものだから、存在感が薄れていたのだ。
私は気まずさを振り払うように一つ咳払いをすると、表情を引き締め言う。
「…………………美味しいですから」
「リナさんも美味そうに食べますけど、クレアさんは何ていうか幸せそうに食べますね」
「………………」
にっこり。そう形容する他ない様な笑顔で言われ、言葉に詰まる。褒められた訳ではないのでお礼を言うのも変だし、「悪いですか?」と返すのは喧嘩を売っている様にしか聞こえない。
こういう時、可愛らしい対応が出来ればいいのだろうけど、生憎とそういった素直な性格はしていない。私に出来る事と言えば精々が眉根を寄せる事にとどめる事くらいだ。
「ところで……」
「?」
ショートケーキを頬張り切り出す彼に、あんみつを食べながら視線だけで先を促す。
「リナさん達とはどういった経緯で一緒に旅を?」
「……どういったと言われましても」
聞かれて思い出すのは、私の仕掛けた罠にかかった彼女たちの事。
これはどうなんだろ?
あまり人に話すべきではないだろう……───と言うか。
「そもそも、何で私がリナさん達と一緒に旅をしている事を知っているんです?」
「あぁ、それはこの街に来た時に丁度リナさん達と行動しているところを見かけたので」
「それならそれで、その時にリナさん達に声を掛けたら良かったのでは?」
「いやぁ、その時はちょっと手が離せなかったものですから」
言って、あははと笑う謎の神官。
どうにもその姿が胡散臭いが、差し障りの無い範囲であれば答えても問題は無いだろう。
「まぁ、色々あって私の情報をリナさんに優先的にお渡しする契約をしまして」
「情報……と言う事は、クレアさんは情報屋さんか何かですか?」
「えぇ、まぁ」
残りのあんみつを食べながら適当に相づちを打つ。
……やっぱり美味しい。
これで目の前に居るのが腹の探り合いをしなくて良い相手だったらもっと楽しめたのだろうけど。
諦め半分で視線を上げ───そこには何やら考えるそぶりを見せる彼の姿があった。その表情は先程とはまるで違い、真剣そのもので。
「あの、つかぬ事をお聞きしますが、ゴルンノ……いえ、光の剣についてはご存知ですか?」
そう尋ねられ、私は先程と同じ相づちを返す。
「えぇ、まぁ……そう呼ばれる物があるというのは知ってますよ」
「では、それと同等……もしくはそれ以上の武器については?」
「伝説の武器ってことですか?」
「うーん、そう解釈していただいて結構です」
「伝説の武器と言えば先ほども上がった光の剣、斬妖剣、餓骨杖、赤竜の剣……等ですけど」
記憶の引き出しを開け、伝説と呼ばれる武器の名を次々に上げていく。
が、これらはあくまで結界内の話。
この場に居る彼が知りたいのはおそらく───。
「そうですか。やはり結界の外の情報は……」
「残念ながら。私自身ここへ来て日が浅いですから」
「なら仕方ありませんね」
言って彼はさほど気落ちした様子もなくにこやかに笑う。
「お役に立てなくて申し訳ないです」
「いえいえ、ちょっとした興味本位でしたのでお気になさらず」
そう言われて、そうですかと流せれば良かったのだろうけど。
当てにしてなかったと言外に言われ、変なプライドがむくむくと顔を出し、
「調べましょうか?」
気付けばそう尋ねる私が居た。
普段ならこんな怪しい人との契約は結ばない様に気を付けているのに。
彼にしてみれば、最初からそれが狙いだったのかもしれない。
その考えに思い至ったのは、後々の事だった───。
ALICE+