「ここにすっごいお宝があるのね?」
緑のにおいに囲まれた森の奥深く。人を拒むかのようにひっそりと佇む建物を見上げながら、リナさんは瞳を輝かせ意気込んだ。
何かお宝の情報は無いか───そう聞かれて答えたのが、目の前の神殿にあるとされている『奇跡の書』の存在。
なんでもその書物、古い文献によるとその名の通り人々に奇跡を起こしていたんだとか。それを聞いたリナさんは一も二も無くこの話に飛びつき、フィリアさんに物凄く嫌な顔をされながらも私達は真相を確かめるべくここまで来たのだ。
「凄いかどうかは分かりませんが、そう形容されるものがあったと聞きました」
「随分と持って回った言い方だな」
「何度も言いますが裏を取った訳じゃないですから。本当に書物があったのか、そもそもここがどういった神を祀っていた神殿なのかどうかすら分からないですし」
『奇跡の書』などと大それた名で呼ばれているのだ。もしかしたら邪神を祀るような組織が人を集める為に流した嘘かもしれない。
その為、期待に胸を膨らませるリナさんには悪いが釘を刺しておく必要があった。あくまでもこれは噂話の域を出ない情報だという事を。
そしてもし仮に奇跡の書と呼ばれるような物が存在していたのだとしても、壁にはツタが蔓延り完全に廃墟と化している状態。とうの昔に持ち去られたという事も考えられる。
……まぁ、実のところを言えば、彼女達に会う前にその辺りの事を近くの村や町でもう少し詳しく調べるはずだったのだけど、リナさんが話を聞くなりここへ向かうと決定したので叶わなかったのだ。
「ま、ここであるかどうかの議論をしてるより実際に見た方が早いでしょ」
そう言うリナさんの瞳はまだ見ぬお宝に期待し、輝きに満ちている。
……これは……釘、もっと太いの刺しておけばよかったかも。
「んじゃ、張り切って行きましょーかっ!!」
『おーっ!!』
こうして『奇跡の書』なるものを求め探索が始まった。
───私の多大なる不安はよそに……。
神殿の中を簡単に見て回ると礼拝堂の他に生活スペースが少しと物置部屋、それに地下があるらしかった。その中でも怪しい物と言えば礼拝堂の奥に鎮座している石像や地下だろうか。
勿論それ以外の場所にも何か手掛かりがあるかもしれない。
「さてと、それじゃおのおの気になる所の探索って事で! あっ! 抜け駆けは無しだかんねっ!」
「……お前さんが言うか」
「何よ、何か文句ある訳?」
「無い様に見えるか?」
「あーもー! はいはい、喧嘩しないで下さい。ちゃちゃっと探しちゃいましょ。ほらフィリアさんも! 皆で探せば早く済みますよ!」
険悪な空気になりそうな所をアメリアさんが明るく促しまとめる。この中では最年少のはずだけど、案外一番しっかりしているのかもしれない。
そんな事を思いつつ、私も探索へと取り掛かることにする。書物が有る可能性は低いがゼロでは無いのだ。これは探究心が疼く。
「……とは言え」
闇雲に探すのも時間の無駄だ。さて、どうしたものか。周りを見渡せば既に思い思いの行動を取っている彼女達の姿。
さて、私はどうしようかな?
何とはなしにフラフラしながら、ここの記録等が見つかれば奇跡の事について何か分かるかもしれないと考えた私は、奥の部屋へと足を運ぶ事にした。
物置と書かれた内開きの扉を開けるとコツンと何かが当たる。視線を下げると入口付近に置かれた木箱が扉にぶつかったらしかった。
更に部屋の中を覗き込めば、それほど広くも無い部屋に物が乱雑に置かれているのがぼんやりと見て取れる。入口から奥へと続く廊下の様な細長い間取り。窓は無く、礼拝堂から入る光が主な光源となる。
中に入り周りを見渡すと、部屋の両壁に沿うように棚が設置されていた。暗闇に目が慣れ始め、ありとあらゆる物が棚、床、問わず雑多に置かれているのが分かる。
それは脚の折れた礼拝堂の椅子だったり、薪だったり掃除道具だったり。中身が良く分からない瓶や薬草、儀式に使う道具なども大雑把にまとめられ放置されている。
多種多様、色々なものが置かれているが……。
残念ながら私の求める記録や書物は無さそうだ。諦めて他の場所を探そうと踵を返し───ふと違和感を覚えた。
「…………ん?」
埃まみれの部屋の中、壁には一面棚が置いてあるのに、一部分だけ壁が剥き出しになっている。床を見れば最近物を動かしたであろう痕跡も見て取れた。
───隠し扉か。
それにしては少しお粗末すぎる気もしないではないが、探す方としては手間が省けて有り難い。薄闇の中、壁を探り……幾ばくもせずに仕掛けを見つける事が出来た。
私は迷う事なく、壁の扉に手をかける。
薄暗い部屋に光が漏れ、暗闇に慣れた目には眩しすぎたそれに目を細めながら新たな部屋を窺えば、狭い部屋の中、淡々と調べ物をする白い影があった。
ゼルガディスさんである。
彼は私をチラリと一瞥すると、その視線を直ぐに手元の本へと移した。せめて一言くらい欲しかったなと思いつつも、特に何も言われなかったという事はここに居ても良いという事だろうと勝手に判断し、部屋の中へと足を踏み入れる。
先程の物置部屋とは違い、棚には書物が並べられている。適当な本に手を伸ばしパラパラと捲って中を確認すると、どうやら建物の外観とは違い、書物に遜色は無さそうだ。
隠し部屋に置かれた本や巻物。これは期待できるかもしれない。
私は早速、今度は丁寧に本を読み進めていった。
それからどれ程の時間が過ぎただろうか。
こじんまりとした部屋の中、明かりはゼルガディスさんが唱えたであろう明かりの魔法のみの為、外の状態が分からない。
目ぼしい情報も特に得られないし、これは一度礼拝堂に戻った方が良いかもしれない。
最後の一ページを読み終えた私は小さく息を吐き、凝り固まってしまった体をほぐす様に首を回した。本当なら背伸びの一つもしたいところだけど、ゼルガディスさんと二人でいる現状で、両手いっぱいに広げたよりちょっとだけ広いこの部屋の中、そんな事をすれば迷惑極まりない。
伸びるのは部屋を出てからにしよう。
そう決意した私は早々に部屋を出ようと本を元あった場所に戻しかけ、ふと考える。
礼拝堂へ戻る事を告げるべきか否か……。
チラリと背中越しに見やれば、ゼルガディスさんは黙々と本に見入っている。
まぁ、いいか。
入って来た時も無言だったのだから、わざわざ声を掛ける事も無いだろう。そう結論づけた私は本の背表紙を棚へと押し込み───とその時。
「……クレア、と言ったな」
意外にも声は彼の方から掛けられた。
「?」
振り向けば彼は本を見たままだった。聞こえてくる本を捲る音。それ以上何を言われるでもなく、私は首を傾げる。
……気のせいか?
そう思って視線を戻そうとすると、更に彼が言葉を発する。
「趣味も兼ねていると言っていたが、どの程度の情報を持ってるんだ?」
神経質そうな横顔を見つつ、返事に困る。目に見える物では無い以上、どれくらいとは示しにくい。
「……どの程度、と言われましても……一応依頼や興味があればお店の流行から戦争の情勢、迷い猫から人の経歴まで調べますよ」
そう答えれば「大したもんだな」という、興味の無さそうな返事が返ってくる。
……どうやらゼルガディスさんにとって私と言う存在はあまり歓迎されていないらしい。
先程からの対応で、それがありありと分かる。ここは適当に切り上げて、当初の予定通り早々に退室しよう。
そう考えながらも一応の補足をしておく。
「……ただ、好みの問題で、どうしても情報のジャンルによって偏りがあるのは否めませんが……」
「好み、か……そう言えば、リナの事も知っていたみたいだが」
「えぇ、まぁ」
「それは興味からか? それとも仕事で調べたのか?」
言ってこちらを振り向いた瞳に混じる侮蔑の色。出逢った当初とは違い、マスクを取り払ったその素顔は青みがかった岩肌で、魔力の明かりに照らされた髪も不自然な輝きをしている。
人とは違う───創られた体、合成獣。
どんな経緯でその姿になったのか。興味が無いと言えば嘘になる。
けれど、人として超えてはならない一線は理解しているつもりだ。
「…………」
私は冷たく見下ろされたその瞳を真っ直ぐに見つめながら、正直に答えた。
「興味です」
───と。
真実を知る者は私しかいないのだ。この場を誤魔化し煙に巻く事も、嘘で取り繕う事も出来る。おそらくその方が波風を立てずに済むだろう……一時的には。
けれどそれでは駄目なのだ。彼は納得しないだろう。何より私が納得できない。いつまで彼女達との旅が続くかは分からないけど、嘘をついてまで共に旅を続けたくない。これは仕事じゃない。私の個人的な旅。未知なる世界を旅してみたいと思った私の。
たとえ彼に良く思われなかったとしても、それだけはハッキリと言える。
「興味本位で過去を暴かれる方は堪ったもんじゃないな」
案の定、嫌味な言葉が帰って来る。
「好奇心は猫も殺すぞ」
「まさかとは思いますが心配してくれてるんですか?」
「嫌味だ」
「安心しました」
「…………」
趣味と言い切り興味本位で人の過去を暴く私を軽蔑しているであろうゼルガディスさんに心配されたとあっては、そっちの方が裏があるのではないかと心配になる。
「まぁ、あまり褒められた趣味じゃないことは自負してます。でも、仕事はきっちりやり遂げますよ?」
「どんな内容でもか?」
「人が知りうる限りは」
「…………」
そう答えるとゼルガディスさんはまた閉口した。
どうやったって人には知りえないことはある。
例えばこの先の未来。例えば神族や魔族の事。例えば───合成獣から人の体に戻る方法。
「そんな訳で、人に知りえる範囲の情報をお求めでしたらぜひご依頼ください」
そう小さく笑って宣伝すると、ゼルガディスさんはつまらなそうに肩をすくめて視線を本へと戻してしまった。
まぁ、素性の知れない人間をそう易々と信用できる方がどうかしているのだ。
うん。ガウリイさんは異常だと思う。
それはリナさんやアメリアさんにも言える事ではあるけど……。
と、そこまで思考し、ふと思いつく。どれ程の情報を持っているかのほんの一部分だが……。
「先ほどの問いですけど」
「何の事だ?」
「どれくらいの情報を持っているかっていう」
「あぁ……」
「……リナさんとアメリアさんのスリーサイズなら知ってますけど……」
「…………」
「知りたいですか?」
「いらんっ!!」
怒られた。それも即行で。
結局のところ、『奇跡の書』の情報はある意味正しく、ある意味ガセだった。
と言うのもその書物には『治癒』の事が記されていたのだ。
生物のもつ治癒能力を極限まで高め、傷を癒す術。
そう。教会に行って、お布施と言う名の授業料を払えば簡単に会得できるあの『治癒』である。
しかし、結界内ではそうであった初級の術も、結界の外では超上級魔術。これを逆手に取れば、すぐにお金を稼げそうだなと思いつつ。
激怒するリナさんを前に、苦笑しかできない私なのであった。
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