アンドロイド技師の不可避な日常
2038年11月、アンドロイドの自由と人権を求めるデモが起きた。
極力武力行使を避けていたアンドロイドに民意が支持する形になり、一週間にも満たないその運動はアンドロイド側の要求を検討すると言う形で終わりを迎えたのだが───。
早いもので、それからひと月と数週間が過ぎ、新たな年を迎えた本日。
私は大きめのキャリーバッグを引っ提げ、デトロイトの警察内を闊歩していた。
仕事を辞め、家を引き払い、気持ちを新たに空港へ向かう途中、ここの警部さんに泣きつかれたのだ。
年明け前に、はっちゃけてしまったおバカな人間が暴動を起こし、取り締まりにあたったアンドロイド達が多数損壊してしまった。
そこでサイバーライフに修理を頼んだそうなのだが、先日のデモの一件や、時期が悪く人手が居ないので直すまでには数週間かかると言われたらしい。
けれど、治安の維持にアンドロイドポリスは欠かせない。
悠長なことは言ってられないと、その道の専門家で時間に余裕のある人間───先日サイバーライフを辞めた私にお鉢が回ってきたのだ。
「あなたの上司……失礼、元上司から腕利きのアンドロイド技師だと伺いました。あなたになら問題なく任せられるだろうと」
能力を褒められていると言うより、他人任せなその言葉に思わず苦笑が浮かんだ。
いやはや、辞めてまで仕事を丸投げしてくるとは。
そもそも人手が足りないのはデモの影響もあるが、大本は年末年始を楽しむべく多くの人間が休暇を取っているからだ。
何が悲しくて社員が年越しの休暇をエンジョイしてる時に、辞めた私が駆り出されなければならないのか。
こんな事になるならさっさと家を片付けて、年末に帰国しておけば良かった。
そう思ったものの、負傷したアンドロイド達の事を捨て置く気にもなれず、急遽日本への帰国を止め、ここに来たのだけれど……。
受付を済ませると、泣きついてきた本人───ファウラー警部は席をはずしていると告げられた。
休憩室でお待ちくださいと、そばかすがチャーミングな受付嬢に言われ署内へと赴く。
キャリーバッグをガラガラ響かせながら歩く私に、否が応でも物珍しそうな視線が突き刺さり居心地が悪かったが、それらの視線を丸ごと無視して、休憩室の入口付近まで足を運んだその時。
中から嫌な感じの声が聞こえてきた。
「おーおー、新年早々プラスチック野郎の顔が拝めるとは嬉しくって涙が出るね!」
「………」
「お? どうした、だんまりか? いつものすかした態度はどうした?」
ガラス張りのその場所は、中の様子が嫌でもわかる。
部屋の中にはニヤついた笑みを浮かべた男性警察官と、コーヒーを片手に佇む無表情の見知った顔があり、思わず眉間に皺が寄る。
男性警察官は一方的にまくし立て、更に棒立ちしている相手にいちゃもんを付け始めた。
「保護者がいなきゃおしゃべりも出来ないのか?」
「ハンクは私の保護者ではありません」
「はっ、プラスチックの人形のくせに口答えとは生意気なんだよっ!」
どんっ、と男が肩を無遠慮に押しやった所為で、人形と呼ばれた『彼』の持っているコーヒーが零れ、床に飛び散る。
今までの『彼』であったなら、神経質そうな表情を歪める事もせず、何も言わずその場に佇んでいただろう。
しかし、アンドロイド特有のこめかみにあるLEDを青から黄へと変色させた『彼』は、持っていた紙コップを手放すと、流れる様に男性警察官へと掴みかかった。
更には「謝って下さい、ギャビン」と怒りを滲ませながらも冷静に告げる。
「ざっけんなっ!」
ギャビンと呼ばれた男は一瞬虚を突かれたように瞠目し、けれど直ぐに逆上して『彼』の腹部へと膝蹴りを叩き込んだ。
『彼』のLEDが赤く染まり、ぐらり、と膝から崩れ落ちる。
その期を逃すまいと追撃の構えを見せた男に、私は声を掛けた。
「聞いてた話と随分違うようだけど?」
休憩室へと一歩踏み出し、不機嫌を隠しもせずに男を見やる。
突然の横やりに「あ゛?」とこちらを振り向いた彼は、けれど私を見るなり眉を顰め、訝し気に呟いた。
「あ? なんだ? 家出少女か?」
誰が家出少女だ。
「それとも迷子か?」
…………。
確かに日本人は若く見られがちだ。
それに加え私の身長は日本人女性の平均より低めである事も認めよう。
キャリーバッグ片手に警察内をうろついていたら補導された家出少女か、親とはぐれた旅行者に見える事も無くはないのかもしれない。
無遠慮に頭の先から爪先までを往復する視線に苛立ちを覚えつつ、ちらり、と視線をそらせば、『彼』が驚きから目を丸くしている姿が目に入った。
「あなたは……」
私に気付いた『彼』が小さく呟く。
どうやらシリウムポンプ付近を蹴られたせいで一時的に力が入らなかっただけの様で、大事はなさそうだ。
ホッとしたのも束の間、目の前の暴力警官に再度不快感が沸き上がった。
いくらアンドロイドは痛みを感じないとは言え、やって良い事と悪い事がある。
そんな事も分からないなんて警察官として、否、人としてどうかしてる。
私は少しでも嫌味になるよう顎をそらしながら、腰に手を当て嘲笑するように男を見上げた。
「私は暴動の所為でアンドロイドポリス達が負傷したから来てくれと言われたのだけど、本当は内部の人間による暴行の所為だったのかしら?」
「は?」
「それとも天下のデトロイト警察様が、わざわざ私の為に仕事を増やしてくれた訳? 頼んでもいないのに? 新年早々、不愉快極まりないプレゼントに嬉しくって涙が出そうね」
「おいおい、嬢ちゃん。何だってんだ一体、担当警察官はどうした?」
先程の暴力警官の言葉を踏襲しながら皮肉るも、どうやら彼には理解が追い付いていないらしい。
未だに家出少女か何かと勘違いしている目の前の男から再度視線をそらし、『彼』を見ながら不敵に笑って見せる。
「何って、そうね。言うなれば、私こそがその子の保護者かしら」
「はぁっ?」
言ってる意味が分からないのか怪訝な表情を浮かべる男を無視し、私は未だ膝をつき事の成り行きをみていた『彼』へと右手を差し出した。
「コナー、大丈夫?」
「はい、問題ありません」
私の手を取った彼はふらつくことなく立ち上がると、床に面していた部分を払い、ネクタイを締めなおす。
その何事もなかったかのような様子に、困った子を持つ親の様な気持ちで彼へと語りかける。
「問題はあるでしょう」
言って私はハンカチを取り出し、先程コーヒーを零して濡れてしまった袖口へと近づけると、何故かコナーは腕を後ろに回してしまった。
「駄目です、汚れてしまいます!」
その慌てっぷりに今度は私が目を丸くする番だった。
変異したとは聞いていたけど、これほど感情豊かになっただなんて。
以前との差に感慨深いものを感じていると、いきなり左肩に痛みが走った。
見れば暴力警官が私の肩を不躾に掴んでいる。
「よくわからねぇが、コイツの味方をするってぇのか?」
「彼女から手を離せ、ギャビンっ!」
怒りを滲ませる男にコナーが割って入ろうと詰め寄るが、私はそんな彼を手で制し、痛みを悟らせまいと笑みを絶やさず挑発してやる。
「物わかりの悪い人ね。負傷したアンドロイドを任せられる人間なんて、言うまでも無いでしょうに」
「っ!!」
私の言葉に簡単に刺激され、目の前の表情が更に険しい物へと変わった。
喧嘩を買われるのが嫌なら最初から売らなきゃ良いのに。
どこか他人事の様に思いながら不合理な男を見返していたら、肩を掴んでる手に更に力が入り、流石に顔をしかめたその時───
「おい、何やってる」
騒ぎに気付いたのか、それともたまたま立ち寄ったのか。
もじゃもじゃのグレーヘアーに口髭と言う出で立ちの、貫禄のある男性警官がやってきた。
「ハンク!」
「ちっ、飼い主様の登場か」
突然の登場に驚きながらも不快感はなさそうなコナーの声に対し、暴力警官は忌々しそうに吐き捨てる。
「コーヒー淹れんのにいつまで時間をかけるつもりだ? 豆でも挽いてんのか?」
嫌味とも冗談とも取れる物言いだけど、その視線は先程零したコーヒーへと注がれていた。
どうやら先程のコーヒーは、コナーがこの人の為に淹れたものらしい。
先程暴力警官に立ち向かった事を考えると、嫌な事を無理やりやらされている訳では無いだろう。
その事から少なくともコナーにとって、ハンクと言う人間は敵ではなさそうである。
そんな事を考えている内にも形勢不利と悟ったのか、暴力警官は面白く無さそうに舌打ちし、「いつまでも事が順調に進むと思うなよ」と言って休憩室から出ていってしまった。
そのあまりにも見事な変わり身の早さに、追撃する事も忘れて立ち尽くす。
本当に、何で喧嘩売ってきたんだろう?
「すまないな、お嬢さん。怪我は無いか?」
「え? あぁ、はい」
去り行く後姿を呆然と眺めていたら、男性警察官から申し訳なさそうに声をかけられた。
それに曖昧に答えながら視線をやれば、コナーに「彼はハンク・アンダーソン警部補です」と、どこか誇らしげに紹介された。
そう言えば捜査専門のコナーが組んだ人間が、そんな名だったな……と朧げな記憶を思い返しながら見れば、警部補はコナーをも気に掛けている。
「コナー、お前も大丈夫か?」
「はい、僕は大丈夫です。あれ位で優位性を占めそうだなんて、彼は本当に変わっていますね」
口の端を上げ肩を竦めるという仕草を見せるコナーに、人間らしさを見出し感慨深く思う。
更にはその自然なやり取りから彼らの関係が良好であることが窺え、微笑ましく見守っていたら、「それで、お嬢さんは何故ここに?」と、どうして警察署に一般人がいるのかと不思議がられてしまった。
これはもしかしてこの人にも迷子か家出少女だと思われてるんだろうか……。
「ハンク、こちらの方は……」
「どうも、サイバーライフの責任者と言う名の他力本願自己中野郎のせいで、新年早々嫌な思いをしたアンドロイド技師です」
疑問に答えようとしたコナーを遮り、嫌味たっぷりに答える。
そんな皮肉を効かせた言葉に一瞬きょとん、とするおじさん警官がちょっとかわいいと思ってしまった。
そんなこちらの思いを知る由もない彼は、「あぁ」と合点がいったように頷き、
「するってぇと、嬢ちゃんがファウラーが言ってた救世主か」
「救世主って」
「アンドロイドポリス達を救ってくれるんだ。ひいては俺達も助かる、救世主で間違いないだろ?」
大層な呼び名に困惑する私に、彼は肩を竦め、ニヤリと口角を上げた。
その表情が先程のコナーとかぶり自然と笑みが浮かぶが、次の一言で私の笑顔が凍り付く。
「しかし凄腕のアンドロイド技師と言うからどんな堅物が来るかと思えば、まだ年端も行かないお嬢さんとは」
「…………」
「ハンク、彼女は今年で28歳です。その表現は適切ではありません」
『…………』
コナーの言葉に信じられないものを見た様な表情で固まる警部補は、決まりが悪そうにコホンと咳ばらいをした後「俺にとっちゃ28は充分若い」とフォローを入れた。
ここで突っ込んで気まずい空気を増長させることも無いだろう。
「そういう事にしておいてあげます」
「……あぁ、まぁなんだ。困った事があれば言ってくれ。それなりの対処は出来る」
「それは心強いです」
これは嫌味では無く本心からそう思う。
先程の暴力警官の様に、未だアンドロイドに嫌悪感を抱く者はいる。
ひいてはアンドロイドを生み出した技術者に対してもだ。
期間限定の仕事とはいえ、面倒事は避けたい。
「まぁ、嬢ちゃん……いや、お嬢さんなら大丈夫そうだがな」
「お褒め戴き光栄です」
「……こりゃ退屈しなさそうだ」
勝気な私の言葉に警部補は楽しそうに笑みを浮かべる。
人付き合いは苦手な方だけど、コナーの事を大事に思ってくれているこの人なら何とかなりそうだ。
「コナーも何かあればこの機会に何でも言ってね」
「はい」
「それでは期間限定の短いお付き合いではありますけど、宜しくお願いします」
「こちらこそ」
言って握手を交わした私達だったのだけど───
まさか約束の期間が過ぎてもこの関係が続くだなんて、この時は思いもよらなかったのだった。
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