3秒後の未来

「ねぇーえ、ナマエちゃん」
「なんですか?」
「ここさむいー」
 天童先輩の言葉にノートから顔を上げ、そういえば窓を開いたままだと思い出した。
「さっき掃除した時に窓を開けたままだったので。寒かったら閉めてしまっても構いませんよ」
「うん。閉めて」
「え?」
「ナマエちゃんしめてー。さーむーいー」
 特に何をするでもなく、勝手にやって来て勝手に文句を言う先輩を見る。その顔は「ねぇねぇ早く」とでも言っているようだった。
 何を言っても仕方ないと知っている私は、席を立った。そして開いている窓の方へ進もうとしたところで、進行方向にいた天童先輩が急に立ち上がる。私が驚いた隙に、気が付けば私の両手は天童先輩の両手に捕まえられていた。
 これは、どういうことだろうか。目の前で向かい合う先輩は、ただ楽しそうに笑みを浮かべている。
「……あの」
「なーに?」
 天童先輩の親指が、私の手の甲を撫でる。また心臓がどきりと跳ね上がるが、私の可愛くない恋心がせめて眼を逸らすもんかと二十センチ以上高い場所にある大きな眼を捉える。
「手、掴まれてると窓を閉められないのですが」
「いーよ」
「……寒いんですよね?」
「うん。さむーい」
「だから窓……」
「閉めなくても、ナマエちゃんがあっためてくれたらそれでいーヨ?」
 このひとは、何を言っているんだろうか?
 思考が真っ白になるとはこういう事をいうのだろう。私は身をもってそれを味わう。
 何故? なんで? どうして?
 馬鹿みたいに同じ意味の言葉ばかりが頭の中をくるくる回る。
「なんで?」
 口から出たのも思ったままの言葉で、ほんとうに馬鹿みたいだ。
「すきだから」
 何かの聞き間違いだろうか。
「ナマエちゃんのことが、すきだから」
 どうやら聞き間違いではないらしい。
「なん、で?」
 あぁもう、また同じ言葉。馬鹿みたい馬鹿みたい。けれど他の言葉がでてこない。
「かわいーから」
 私の両手を捕まえていた天童先輩の両手が、私の腰へするりと伸びる。そしてその両手を私の後ろで組んで、私を見下ろす。私は天童先輩の長い腕に囲われて、ただ馬鹿みたいに呆けていた。
「泣いてたでしょ。俺達が負けたとき。その泣き顔が、すっごくかわいかったの」
 そして、私の耳元に口を寄せて「俺のために泣いてくれたんだよね?」と囁くと、満足そうに笑った。すべてを見透かすような、大きな眼を細めて。
 鏡なんていらないくらいに、自分の顔が熱に染まっているのがわかる。
「ね、返事は? 抱きしめてくれないの?」
 満足そうなその顔が憎らしくて、でも私には、この人に抗うすべなんて無いのだろう。
 きっと3秒後には、このひとの望む結末だ。





―――――
あとがき

天童くんのあの得体の知れなさがいいです。
すごくいい。
そして「さらば俺の楽園」と天童くんが天を仰ぐシーンは、私自身が忘れられないシーンでもあります。
あまりにもその台詞が強烈で、天童くんというキャラクターが言ったからこそ強烈で、とても印象的でした。
この得体の知れない彼は、確かにこの場所を愛していたのだと、こみ上げてくるものがありました。

2017.03.24
みつ

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