きみに聞きたいこと、たくさん

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「あんたと岩泉って変わらないよねー」
 友人であるハナコの言葉に、口に入っていたメンチカツサンドを咀嚼しながら考える。
――変わらない? 変わらないって……。
「むしろ変わる必要ある?」
「はぁ? だってあんたら付き合い始めてもう一ヵ月経つでしょ? 普通は友達から恋人になったら多少なりとも変わるもんじゃない。雰囲気だとか態度だとか」
 ハナコは呆れたようにそう言うが、それが“必要”かどうかはまた別の話のような気がした。
「私は別に変らなくてもいいけどなぁ」
「あんた……じゃあ付き合う前と変わらず、このままずっとさっぱりフランクな付き合いを続けると?」
 軽口を叩いたり、喧嘩をしたり、放課後にラーメンを食べたり、私と岩泉はそんな友人関係だった。色っぽい雰囲気なんてまるでなく、これからもそんな雰囲気が生まれることなんてないようなそんな関係。それが今では恋人なわけで、何があるかわからないものだなと思う。

 一カ月前の放課後、中庭から教室に戻る途中で岩泉に会った。
「あれ、岩泉がまだ部活行ってないなんて珍しいじゃん」
「まぁ、ちょっと呼び出しで……。お前こそまだ残ってるなんて珍しいな。いつもはさっさと帰るのに」
「ちょっとね。てゆうか呼び出しって、先生に? 岩泉なんかやらかしたの?」
「いや……別に先生に呼び出されたわけじゃねぇから」
 先程から歯切れの悪い返事しかしない岩泉に、なんとなく察しがついてしまった。
「あぁ、岩泉もか……」
「“も”って……」
 思わず口から出てしまった言葉にはっとするが、岩泉にも聞こえてしまったようでなんとなく気まずくなる。
 私が中庭から教室に戻る途中だったのは鞄を教室に置きっぱなしだったからで、放課後に中庭へ行ったのは隣のクラスの羽田くんに呼び出されたからで、羽田くんが私を呼び出したのは私に告白をする為だった。
 察するところ、岩泉もどこかに呼び出されて誰かに告白をされたのだろう。
「岩泉は断ったの?」
「……まぁな。ミョウジは?」
「私も」
 そのまま一緒に教室へ向かいながら、お互いぽつぽつと話す。
「岩泉が断ったのはバレーに集中したいからってやつ?」
「いや、なんというか……気が合わなそうなやつといても疲れるだろ、お互い」
 それはそうだと思う。岩泉に告白した子は一緒にいられれば嬉しいかもしれないけれど、確かに“すき”という気持ちだけではどうにもならない相性と言うものは存在するだろう。
「そっか。私もそんな感じだなぁ」
「お前の場合は彼氏とか作らない主義なのかと思ってた。この前も告白されてただろ」
「何で知ってるの、そんなこと」
「及川が見てたらしくて部室で騒いでた」
「あいつ……」
 小さくため息をつくと、岩泉が「取り敢えず一発殴っといたぞ」と付け足した。さすが、男前。
「ありがと。……別に彼氏を作らないとか決めてる訳じゃないけど、特別ほしいとも思ってないかな。岩泉と同じ理由だけど、一緒にいて楽な人がいいなって」
「まぁそうだよな」
 同意した岩泉が教室の扉に手をかける。扉を開けるとあるのは机の上に取り残された私と岩泉の鞄だけで、教室の中にはもう誰の姿もなかった。電気のついてない教室には、それでも窓から初夏の光が差し込んでいて明るい。
 机の中の教科書を鞄に詰め、肩に掛ける。そしてなんとなく思ったことが口に出た。
「岩泉は一緒にいて楽なんだけどなぁ。気を遣うことも無いし、趣味も合うし」
 そんな一言。しかしそれがきっかけだったと思う。
「じゃあ、俺と付き合うか?」
 岩泉の口から紡がれた思いもよらない言葉に、一瞬思考が止まった。
「は、はぁ? なんでそうなるのよ。そういう事じゃないでしょ」
 驚いて岩泉を見るが、その表情は読めない。いつもと変わらないように見える。
「お前、俺のこと嫌いか?」
「い、や……嫌いな訳ではないけど……」
「俺もミョウジは嫌いじゃないし、一緒にいて楽だ」
「それは、どうも……」
 いつもと変わらない岩泉と、動揺を隠せない私。私はなんと言っていいのか分からない。
「お互いデメリットは無いんじゃねぇの? 今日みたいに呼び出されて消耗することもなくなるだろ」
 言われて、そうかもしれないと考えた。決して悪い話ではない。今日みたいな事が無くなるのなら、少し助かる。誰かの気持ちに応えられないというのはつらいものだ。目の前の本人に“ごめんなさい”と伝えるのはとても心が消耗するし、申し訳ない気持ちになる。
 それに岩泉は嫌いじゃない。むしろ好きだ。その好意は友人としてのものだけれど、一緒にいて楽だし、楽しいとも思う。
「……確かに、デメリットはないかも」
「だろ?」
「でも、岩泉はいいの? お互い恋ではないわけじゃない?」
「お前は?」
「私は別にいいけど……。今は特に好きな人いないし」
「じゃあ、俺もいい」
 そう言うと岩泉はさっさと部活へ行ってしまった。
 実感の湧かないまま歩く帰り道、さっきのは夢かとも思った。けれどその夜、岩泉から「取り敢えず部活の連中には話したぞ」とメッセージが届いて、私はその事実を否が応でも実感することとなった。

「ナマエ?」
 ハナコの声に思考が引き戻される。
「あ、ごめん。ちょっと考えてた。お互い、恋して付き合った訳じゃないしなぁって」
「ナマエは岩泉のこと全然好きじゃないわけ?」
「いや、好きだよ。好きじゃなかったら付き合わないでしょ、流石に」
「恋愛って意味でだよ? 一ヵ月経って、変わった?」
「そう言われると……わからない」
 岩泉のことは好きだ。けれどこれは恋だろうか。私はその答えを持っていない。
「恋人らしいこととか全く無いわけ?」
「それは無いね」
 キスもしないし、抱きしめられたこともないし、手だって繋いだことはない。
 そもそも、私が岩泉のことを恋愛感情で好きかどうかもそうだが、それは逆も然りではないだろうか。岩泉も“嫌いじゃない”から私と“付き合う”って形をとっただけなのだから。あの日から、岩泉だって心境の変化は無いように見える。
「ほんとに“友達”から“恋人”に名前が変わっただけで、中身は変わって無いのね、あんた達……」
「でも、別にそれで困らないよ。前みたいに消耗するような出来事は無くなったし、岩泉は一緒にて楽しいし、気を遣うこともないしね」
「まぁ、ナマエがいいならそれでいいけど……」
 ハナコはひとつため息をつくと、止まっていた箸を動かした。
「恋人らしいかどうかはわからないけど、明後日の日曜日は岩泉の誕生日だから二人でお祝いしようってことになってるよ」
「へぇ。どこか行くの?」
「決めてない」
私がへらりと笑って言うと、ハナコはまた一つため息をついた。

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