きみに聞きたいこと、たくさん

 日曜日の午後一時。待ち合わせ場所に行くともう岩泉はそこにいた。
「ごめん、待たせた?」
「いや。つうか、まだ五分前だし遅れたわけじゃねぇだろ」
「そう? 今日どうしよっか? 岩泉の誕生日だし、好きなとこでいいよ」
「思いつかないからどこでもいい」
「えー、どこでもいいって言われてもなぁ……」
 今日は岩泉のリクエストを聞くつもりでいたから私もすぐには思いつかない。うんうん考えていると岩泉が口を開いた。
「あちぃし、取り敢えずうち来るか?」
「え、じゃあケーキ屋さんでお土産買いたい!」
「なんだよお土産って」
「ご家族の分。お家にお邪魔するわけだし」
「今日は二人とも出かけてるからいらねぇよ」
「そういう問題じゃないし! それにどっちにしろ岩泉の誕生日ケーキ買いたいし」
 岩泉は「いらねぇって」とか「気を遣わなくていい」だとかぶつぶつ言っていたけど、私がケーキ屋さんに向かって歩き出すと観念したのか大人しくついて来た。
 ケーキ屋さんでケーキを四ピース買って、岩泉の家へ向かう。予約をしていた訳ではないのでホールケーキは買えないし、ピースで買った方がそれぞれ好きな物が選べるしそれで良かったと思う。もちろんお会計は私が持ったけど、岩泉は最後まで渋っていた。「本人に誕生日ケーキ代払わせるとか馬鹿でしょ」と言うとようやく黙った。
「岩泉の部屋とか何もなさそうだよね。バレーの物以外」
「物は少ないかもな」
「後でエロ本探索してやろ!」
「ふざけんな!」
「あはは」
 他愛無い話をしている間に岩泉家へ到着。ごく普通の一軒家の玄関を入ると、二階へ通される。
「ここ俺の部屋。飲み物取って来るから適当に待ってろ。ケーキももう出していいか?」
「いいよー」
 岩泉が部屋を出て行って一人待っている間、岩泉の部屋を見て回る。
――確かに物は少ないなー。
 けれど男の子の部屋らしく少し散らかっていたり、家具がそっけなかったり、なんだか新鮮だ。
 机を見ると棚の部分にはノートや教科書やバレー雑誌が並んでいる。
 ふと、雑誌の間から何かはみ出しているのが目に留まった。
――ん? 写真?
 雑誌の間からそれを引き抜くと、それは去年の文化祭の写真だった。
――これ、私……。
 写っていたのはクラスの出し物でやった劇の舞台裏。衣装を着た私が笑っている。
――いや、私だけじゃなくて他の子も写ってるし。
 仲良しの女の子達で取った写真。その中に、私以外で岩泉と仲良かった子はいないけれど……。
 なんとなく居た堪れない気持ちになって、写真をもとに戻すと座布団に正座する。スカートの上できゅっと握られた拳を見つめながら、絡まる思考が自問自答を繰り返す。
――別に、彼女なんだから写真くらいあっても不思議じゃない。
 でも、あれは付き合う前、二年生の時のものだ。
――誰かから貰ったけど、写真って捨てづらいし、それでたまたまあったのかも。
 あの、たった一枚だけ?
――なんで……
 そこで部屋の扉が開いた。
「あ、おかえり」
 慌てて笑顔を作る。
「おー。ちゃんと大人しくしてたか」
「あぁ、エロ本?」
「は!? まさかホントに探したのか!?」
「探してないって!」
 写真は見てしまったけれど。しかしそれを口にすることは出来なかった。今は考えるのをやめよう。
 お盆をテーブルに置いた岩泉が隣に座る。それを見計らって鞄から綺麗にラッピングされた包みを取り出した。
「岩泉、誕生日おめでとう」
 ブルーのリボンがかかった包みを差し出すと、岩泉は少し照れたようにそれを受け取った。
「ありがとな」
――あ、なんかかわいいかも。
 普段が男前なだけに、可愛い表情が新鮮で、そんな表情が見られたことが嬉しい。
「お。タオルだ」
「部活でも使えるかなって」
「次の練習で早速使う。サンキュ」
 岩泉の嬉しそうな顔に、心がきゅうっとときめく。
――いや。いやいやいやいや。まってまって。ときめいてないから!
 恋人なのだからときめいたって何も悪くもおかしくもないのだけれど、思わず否定してしまう。
 だって私と岩泉は恋をしているわけじゃない。お互い嫌いじゃないし、メリットがあるから付き合い始めただけ。確かに好きだけど、それは恋心ではないはずだ。
「……ケーキ食べよっか!」
 私はざわつく心を誤魔化すようにフォークを手に取った。
「おう。お前はそのチョコケーキで合ってたよな?」
「うん、合ってるよ」
 岩泉のはシンプルなチーズケーキだ。
「おいしい?」
「ん、うまい」
「一口ちょーだい」
 言って、自分のフォークで岩泉のケーキを一口すくう。口に含めば濃厚なチーズに、ほんの少しのレモンが口に広がる。
「おいしー! あ、私のケーキも一口どうぞ。こっちも美味しいよ」
 チョコレートケーキの皿を少し岩泉の方に寄せる。こっちのチョコレートケーキはビターなチョコレートと間に挟まった苺が絶妙だ。
 目の前のチョコレートケーキに舌鼓を打っていると、ふいに腕を掴まれた。その先に握られたフォークに乗ったチョコレートケーキが、岩泉の口の中に消えていく。
「……確かに、こっちもうまいな」
 岩泉はなんと無しにそれだけ呟くと私の手を解放した。
「は、なっ、じ、自分で食べなよ」
「自分で食っただろ?」
「や、そうじゃなくて!」
 混乱する頭に浮かんだのはさっきの写真。衣装を着て笑う、去年の私。だから、つい聞いてしまった。
「いわ、いずみは……なんで、私と付き合ってるの?」
 こんなこと、聞いた事が無かった。聞く必要もなかったのだ、今までは。だって知っている。お互い“嫌いじゃない”から付き合ってるんだと。
 岩泉は黙って私を見た。私はその視線を受け止めきれなくて俯く。俯いても岩泉の真剣な表情は私の脳から出て行ってはくれない。
 私はなんとか言葉を絞り出す。
「写真、見たの……さっき。去年の、文化祭のやつ。……なんで……」
――私が、写ってたの。
 これ以上、何も言葉が出てこなかった。なんて言ったらいいのかわからなかった。心臓がせわしなく動いて息苦しい。
 きっと返って来るのは「あー、あの写真な。他の写真と一緒にもらったんだよ」とか「お互い友達としては好きだし、メリットがあるから付き合ってるんだろ?」とかそんな答えだ。そうでしょう?
 しばらくの無言の後、ふ、と上からため息が降ってきた。
「お前、馬鹿だな」
「は!?」
 その言葉に思わず顔を上げれば、視界いっぱいに映る岩泉と、唇の感触。ぎゅうっと抱き締められた後、それはゆっくり私の唇から離れた。
「“嫌いじゃないから”なんて、いつまで信じてんだよ」
 離れた岩泉の顔は真っ赤で、きっと私の顔も同じ色をしている。
「お前は今も友情の延長線かもしれないけどな、こっちは二年の時からずっとすきだっつーの」
 岩泉は意地悪な表情でもう一回私を「バーカ」と罵って、けれどその顔は真っ赤なままで、私がこの気持ちの答えを知るのはそう遠くないだろう。
 時計はまだ午後二時三十分。きみと何を話そうか。





―――――
あとがき

岩泉くんお誕生日おめでとう!
Twitterで某フォロワーさんのカウントダウンに怯えながら必死に書き上げました。笑

ハイキュ―の時間軸が2012年なので、そのカレンダーで日曜日設定です。
岩泉くん初めて書いてすごく難しいし苦労したのですが、機会があれば岩泉くん視点の話も書こうかなとか思ってしまいました。
喉元過ぎれば熱さを忘れるとはこのことですね……。

2017.06.10
みつ

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