きみにだけの言葉

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「スガ、明日は年取る日だな」
「その言い方すごく嫌だな」
 うとうとしていた昼下がり、澤村と菅原のそんな会話が聞こえてきて思わず後ろを振り返る。
「スガ、明日誕生日なの?」
「うん」
 食べかけのアイスをくわえたまま菅原が頷く。
「おー、じゃあ明日改めておめでとうって言うね」
「サンキュ!」
 私の言葉に菅原は文句の付けようがないくらい爽やかな笑顔で返して、思わず感心してしまう。ソーダ味のライトブルーと、窓から差し込む夏の光と、菅原の笑顔。
「なんかスガって“夏生まれ”っていうのがぴったりだよね」
「はぁ? なんだそれ」
 思ったままを口にすれば菅原は眉を顰めたが、澤村は「あ、それ俺も思うわ」と同意してくれた。
「だよね! 爽やか炭酸水みたいな!」
「それはよくわからん」
「俺はどっちもわからん」
「えー」
「まぁ、爽やかってのはわかる」
「俺、爽やかかぁ?」
「スガは爽やかだと思うよ! 爽やか炭酸水」
 二人に「だから何なんだよそれ」と笑われたところでチャイムが鳴った。午後の授業が始まる。
――せっかく誕生日を知れたんだから、何かプレゼントあげたいなぁ。
 机の上に英語の教科書とノートを出しながら考える。でも、男の子にプレゼントをあげた事が無いから何をあげたらいいのかわからない。
――実際にお店を見て回れば何か思いつくかも?
 ならば早速、今日の放課後は駅前の商業施設に向かうことにしよう。

 放課後、まずはスポーツ用品店に向かった。とりあえず店内を端から回ってみるが、どうもピンとこない。そもそも私は“スポーツ”というものに縁がないのだ。
――運動音痴だし……。
 この前スポーツテストがあったが、私の五十メートル走のタイムはクラスで唯一の二桁だった。ハンドボール投げの記録は三メートルで、クラスの皆に「お前のボールだけ砲丸だったのか?」とからかわれた。菅原は笑いを堪えてかフルフルと肩を震わせていて、澤村はその隣で呆れたように笑っていた。本当にみんな失礼だと思う。
 そんな私がスポーツ用品店を回ったところでピンとくる物があろう筈がない。
――とりあえず、他のお店も回ろ。
 しかしプレゼント選びは難航した。
 洋服はなんか違うし、アクセサリーは付けないだろう。お菓子などの食べ物も考えたが、確か菅原は辛いものが好きだったはずだ。
――お菓子じゃなくて何か辛い物でもプレゼントするか? でも、学校に持っていける辛い食べ物ってなに?
 考えたが、なかなか難しいような気がした。食べ物系は保留にして他のお店も回る。文具、雑貨、本、CD、色々なお店を見て回るがなかなか決まらない。
――うーん、どうしよう。
 カフェで小腹を満たしつつネットで参考になりそうなものを見ていたら、もう外は暗くなっていた。時計はそろそろ午後七時を指そうとしている。
 唯一選択肢として残ったのはタオルやTシャツ等の部活で使えそうな物だ。他にも候補が欲しいところだが、あいにく自分ではこれ以上の候補は出ない気がする。
 考えた末、電話帳を開く。電話を掛けた相手は五コール目で出てくれた。
「もしもし、澤村?」
「おー、どうした?」
「ごめんね、いきなり。今大丈夫? 部活終わった?」
「今部室で着替えてたとこ」
「ごめん、じゃあ後でいいよ!」
 タイミングが悪かったかと慌てて電話を切ろうとするが、澤村は「へーきへーき」と笑った。「ちょっと待っててな」と言った後、電話の向こうからガタガタと物音がして、後ろで聞こえていたいくつもの話し声が遠ざかっていく。
「お待たせ、今部室出てきた。どうしたんだ?」
「うーんとね、スガの誕生日プレゼントなんだけど、何が良いと思う?」
「ん? そうだなぁ、部活の方ではみんなでお金出し合ってタオルとTシャツをあげる予定だけど」
 困ったことに私が考えていた物と同じだ。しかし部活メンバーからのプレゼントはもう用意してあるんだろうし、唯一の候補だったが向こうが先なら仕方がない。
「そっかー、どうしよう。せっかく誕生日知ったから何かプレゼントでもと思って見に来たんだけど、どうもピンと来ないんだよねぇ」
「スガなら何でも喜ぶと思うぞ?」
 それはそうだと思う。菅原は優しいから。例えプレゼントが被ってたって、自分の好みの物じゃなくたって、どんな物でもあのキラキラした笑顔で受け取ってくれるだろう。
「でもそういう事じゃないんだよー。どうせならより喜んで欲しいじゃない?」
「そりゃあそうだけど、ほんとに何でも大喜びだと思うぞ」
「何か欲しいものとか知らない?」
「うーん……知らないなぁ」
「そっかぁ……」
 小さな溜息を吐き出し、腕時計を見る。そろそろ時間的にもタイムリミットだ。
「ミョウジ、もしかしてまだ外か?」
「え、うん」
「だめだろ、こんな時間まで女の子一人で出歩いたら。危ないでしょ」
「ごめん、お母さん」
「誰がお母さんだ」
「あはは、ごめんごめん」
「全く……。今どこにいるんだ?」
「駅前のカフェ」
「じゃあ迎えに行くからそこで待ってなさい」
「え! いいよ! 一人で帰れるって!」
「駄目です。そこを動かない事。いいな?」
 それだけ言うと電話は切れてしまった。
――うわー、どうしよう。心配かけた上に迎えに来る手間までかけちゃった……。
 申し訳ない気持ちになりながら澤村を待つ間、今度お礼にジュースでも奢ってあげようと考えを巡らせた。
 が、駅前のカフェに澤村が現れることはなかった。
「え、スガ!?」
「お待たせ」
「お待たせって……。澤村は?」
「大地の代わりにお迎えに上がりました」
――澤村め、なんてことを……!
 お祝いしたい相手に迎えに来させるとか、迷惑かけて本末転倒じゃないか。私は脳内で“今度澤村にジュースを奢る”という項目を削除した。
「ごめん、スガ。一人で帰れるって澤村に言ったんだけど……」
「ダメダメ! 夜道を女の子一人で帰るなんて危ないだろ!」
「ここにもお母さんがいる……」
「誰がお母さんだ」
 菅原はぺしりと私のおでこをはたくと「行くか」と言って歩き出した。菅原は意識してかたまたまか、車道側を歩いてくれる。きっと、優しい菅原のことだから分かってやっているのだろう。
 道に並ぶ影は二人分。二人の間に行き交うのは取り留めのないことばかり。それだけなのに、ただ菅原が隣にいるだけなのに、いつもの家路はいつもと違いう景色に映る。ぼんやり光る自動販売機の光も、街灯が照らすアスファルトも、どこかの家の窓から漏れ出る灯りも、全部がいつもよりキラキラしている。
――菅原のキラキラが移ったみたい。
 何の変哲もない家までの道のりがふわふわして、菅原のキラキラは私の心にも移ったみたいだった。

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