かわいいの、ずるい

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 きゃあ、という黄色い歓声の次には、大体「かっこいい」と続く。
 私の恋人に送られる声援の話だ。
 別に自慢でも惚気でもなくて、ただのそういう事実。
 それを間近で聞かされる私はというと、別段何も思わない。
 これもまた、事実。

 放課後の静かな教室でひとり、問題集を解く。
 しかしその静けさは、軽快な足音を立てて教室に入ってきた人物にぶち壊された。
「みてみてナマエちゃん、また女の子達から差し入れもらっちゃった!」
「そー、よかったねぇ」
 私の机の前までやって来てそんな事を報告した及川に、私は一瞥もくれずに返事をした。すると及川は「ナマエちゃんせめてこっち見て!」と情けない声で訴える。
 私は苛立ちと共に溜息を吐き出すと及川に向き直り、一語一語を丁寧に、はっきりと、睨みをきかせながら及川に言い含めた。
「ねぇ及川、私、受験生。わかる? 今、受験勉強してるの。ねぇ、わかる?」
「こわい! つめたい! 俺だって受験生だよ!」
「だから及川も勉強した方がいいと思うよ邪魔しないで」
「俺、彼氏なのに! 冷たすぎる!」
 何の抑揚もなく一息に言った私に、及川の声は情けなさを増した。その声に、私は本日二度目の溜息をつく。
「及川。じゃあなんて言ってほしいの、私に。どうしてほしいわけ? それに放課後の勉強時間は邪魔しない約束でしょう?」
「今の返しのベストはヤキモチをやいてくれることかな!」
 私の台詞の後半はまるっと無視をして、悪びれもせずにそう言ってのけた私の恋人はある意味大物だと思う。
「有体に言えばウザ図々しい」
「ナマエちゃんほんとひどい!」
 思ったままがつい言葉になる。しかかしこれは失敗だった。ただでさえ面倒くさい恋人の“面倒くさい指数”がグンと上がる。今は勉強したいのに。目の前でぎゃーぎゃーと騒ぐ恋人を早急に黙らせなくては。
「及川。だって、今の話のどこにヤキモチをやけばいいの?」
「ナマエちゃんだって及川さんがモテるの知ってるでしょー? 今日だって女の子達から連絡先交換してくださいって言われたし、差し入れもたくさんもらったし、きゃー及川さんかっこいーって声援も山ほど受けたし」
「へー」
「へーって!」
「だって今、及川が言った内容でヤキモチやくとこ無いじゃん」
「あるじゃん!」
 及川は必死に「こんないい男なのに! 心配じゃないの!?」と訴えかけてくるけれど、本当に無いのだから仕方がない。
「じゃあ聞くけど、その女の子達と連絡先交換したの?」
「してない」
「でしょ。だから一つ目の連絡先がどうとかっていうのはヤキモチやく理由にはならない」
「……そうですね」
 及川は不承不承ながらも納得したように頷く。
「二つ目の差し入れがどうこうっていうのは、むしろ一生懸命応援してくれてるのにその厚意を無下にする方が酷いと思うから。断り方にもよるけど」
「……確かに」
 これもまた、渋々といったふうに頷く。
「で、三つ目の及川さんかっこいいとかっていうのだけど、私別に基本的に及川のことかっこいいと思ってないからわからない」
「ちょっと!」
「なに?」
「問題発言だよ!」
「なんで?」
 及川は酷くショックを受けたようによろめいた。
「なんでって……、むしろ、俺がナマエちゃんの眼にかっこよく映ってないんだとしたら何で俺と付き合ってるの!?」
「なんでだろうねぇ」
 私の返答に及川はまたショックを受けたようによろめいて言葉も出ないようだが、これはただの仕返し。本当はちゃんと好きなところはたくさんある。けれどさっき約束のことを無視されたのだからこれくらいの意地悪は許されるはずだ。
 しかし、及川の声も出ない様子に少しかわいそうになって軽くフォローを入れる。
「別に、かっこいいから付き合うって訳でもないでしょう?」
「俺は、ナマエちゃんのことかわいいと思ってるから付き合ってるよ」
 及川のこういうところは、素直にすごいと思う。なんの衒いもなく言ってのけるのだから。
「……とにかく、及川は別にかっこいいとは思わない、あんまり。まぁ、バレーやってる時はたまにかっこいいよ」
「たまに……」
「もーいちいちうるさいねぇ」
「だって! だって!」
 及川は涙目になりながら言い募る。けれどそんなものには屈しない。
「放課後は、勉強の邪魔しない。約束したはず」
「だって俺、今日部活無いし、暇なんだもん……」
 受験生が暇なわけあるか、とは思うが、しょぼくれる様子にほだされそうになる。
「……じゃあ、一緒に勉強する?」
 本当は一人の方が集中できるのだけれど。少しは優しくしてあげても良いかもしれない。そう思って私が言うと、及川は「それは嫌だ」などとのたまった。
――こいつ……!!
 ひとがせっかく優しさを見せたのに!
「もう、ほんとに邪魔」
「ねぇ俺のことほんとにすき? 俺はナマエちゃんのことがすきだよ。ねぇ、構ってよ」
「すきだよ。だから付き合ってるんだよ。だから勉強させて」
「愛を感じない!」
 私はもう、及川を無視して問題集を解くことに集中した。約束を破ったのは及川だ。無視する私が悪いんじゃない。
 黙々と問題を解き始めた私の前で、それでも及川は私の机の前から離れず、「こんなにいい男なのに……」とか「かっこいいと思わないとかひどい……」とか「ほんとは俺の事きらいなんだ……」とかぶつぶつ言っていた。

 及川はわかってない。私は及川のことがすきだ。
 素直に「すき」とか「構って」とか言えるところがすき。
 愛情をストレートに表現してくれるところもすき。
 バレーをやっているとたまに、かっこいいところがすき。
 でも、及川がどんなに「かっこいい」と騒がれたって、私はなんとも思わない。
 だって、そんなのみんなわかってない。
 及川はかっこいいんじゃないの。かわいいの。
 あぁほら。今だって、構ってもらえないのにまだ私の机の前から動かない。
 ヤキモチをやいて欲しくて、わざわざここまで差し入れを抱えて来たりするところもかわいい。
 ちゃんと好かれているか不安になったりして、それを口に出しちゃうところもかわいい。
 そういう及川を見る度に、あぁもうかわいいなぁ、と堪らなくなるのだ。
 及川は私のことを「かわいいと思うから付き合ってる」って言ったけれど、私だってそうだよ。
 チームでは司令塔で、みんなをよく見ていて、部長としてしっかりやっているのに、情けなくて、我儘で、かわいいところがたまらなくすきだよ。
 だから私は、もし及川が「かわいい」って騒がれたりしたら少しヤキモチをやくのかもしれない。
 だってかわいい及川は、私だけのものなら良いなって思うから。
 まぁ、それと勉強を邪魔されて苛立つのは別の話だけれど。

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