かわいいの、ずるい

 ふと顔を上げると、いつの間にか教室には橙の日が差していて、放課後の教室に夕暮れを知らせていた。開けている窓からは五月のあたたかな風がふわりと吹き込み、乳白色のカーテンを揺らす。
 及川は私の前の席の椅子にまたがり、頬杖をついてうなだれていた。その輪郭は夕日に縁どられ、やわらく染まっている。
 その姿に、ふ、と笑みが零れる。
「及川、すきだよ」
 私の突然の言葉に、及川は弾かれたように顔を上げた。
「及川は、なんでこんないい男なのにヤキモチやかないのって言ったけど、及川がいい男だから、私はヤキモチやかないんだよ」
 だって、私が不安になるようなことはしないでしょう?
 そう伝えると、及川は少し悔しそうにはにかんで「ナマエちゃんのそういうとこ、ずるいよ」なんて言うけれど、私からしたらその表情が十分ずるいのよ。
「ね、帰ろっか。勉強、終わるまで静かにしてくれてありがとう」
「……うん」
「今度から月曜日は勉強やめて、及川と帰る日にしようかな」
「……ほんと、ずるい」
 及川のそんな顔が見られるなら、ずるくたってかまわない。
「来月のインターハイ、勝ってね」
 私がそう言うと、かわいかった及川の顔は凛として、その眼には勝利への熱が灯る。
「当然!」
 そのかっこいい顔は他の人にも見せていいから、さっきの顔は私だけの秘密にして。





―――――
あとがき

初及川さん。
初他校。
やっと他校。

昨日、「このサイトには“恋になるまで”とか“恋人になる前”の話しかない」と気づいてしまったのでこんな話になりました。

及川さんは“かっこいい”よりも“かっこ悪い”を多くブレンドした方がご馳走だと思っています。
おいしいです。

2017.03.14
みつ

2/2

前頁 | 次頁

[眠る sleep]
[TOP]

ALICE+