僕の心の謀反と真っ赤なチェリー

 月曜日の朝、教室に入るとミョウジさんはもう席についていた。
「ミョウジさんおはよう!」
「おはよう日向くん」
「バレー部全員に聞いてきたけど、みんな大喜びだったよ! 甘いの嫌いって人も、いらないって人もいなかった!」
「良かった! じゃあ、もしよかったら……」
 ミョウジさんが何か言いかけたところで始業のチャイムが鳴る。
「あ、授業始まっちゃうから、続きはお昼休みでいいかな?」
「わかった!」
――何を言おうとしたんだろう?
 いつもは眠くなる古文の授業も、ミョウジさんが何を言いかけたのかが気になって眠くならなかった。
 十分休みの時に聞きに行こうかとも思ったけど、昼休みって言われたし、昼休みの方が長く話せるかもしれないから我慢した。
――別にっ、長く話したいとかじゃなくて! 時間に余裕があったほうがね、いいかもだし!
 誰も何も聞いていないのに言い分けを頭の中でこね回しながら、四つの授業と三回の休み時間をやり過ごす。
――昼休み、まだかなぁ……。

 朝から数えて五回目のチャイムが鳴り、急いでお弁当を開く。
 ようやく昼休みだ。
「日向、めっちゃがっついてんなー」
「うぬ! もごまももおむまもっめ!」
「何言ってるかわかんねーよ!」
 呆れる友人を横目に、手早く、かつ米粒一つも残さずに平らげ、勢いよく立ち上がる。が、今度は静かに、そのまま自分の席に座る。
――そうだ、おれが早く食べ終わってもミョウジさんはまだ食べてるんじゃん……!
 自分の口から「うー」とも「あー」ともつかない間抜けな声がため息と一緒に漏れて、そのまま机にうなだれる。
「お前なんなんだよさっきから。情緒不安定か?」
「べつにー……」
「そわそわしたり、がっついたり、いきなり落ち込んだり」
「べつにー……」
「別にしか言わねぇし」
「べつにー……」
「あーはいはい」
 友人は俺の相手をするのが馬鹿らしくなったのか、鞄から漫画を取り出して読み始めた。
――あ、ジャンプだ。後で借りよう。
 机に突っ伏したままどれくらい経っただろう。少しうとうとしてきた頃、頭の上から遠慮がちな、小さな声が聞こえてきた。
「日向くん」
――やわらかい声……。
 ぼんやりとした思考がゆっくりと引き上げられていく。
「寝ちゃった……?」
――この声……ミョウジさんだ!
「ねっ寝てない!」
 勢いよく体を起こす。
「わ! びっくりした……」
「あ、ごめん!」
「ううん。こっちこそごめんね、休んでる時に」
「全然!」
 時計を見ると俺がお弁当を食べ終わってから十分くらい経ったところで、まだ休み時間は二十分以上あった。
「朝話そうと思ってたことの続きなんだけど、いま大丈夫?」
「大丈夫! むしろ待ってました!」
 おれの勢いにミョウジさんがおかしそうに笑う。
「ふふっ、なにそれ、日向くんおもしろい」
「どんとこい!」
「あはは!」
 ころころ転がる笑い声。
――なんか、いいなぁ。
 楽しそうに笑うミョウジさんを見ていると、なんだか心が和む。それは彼女のふわりとした表情のせいかもしれないし、軽やかな声のせいかもしれない。
 ひとしきり笑ったミョウジさんが、手に持っていた何冊かの本をおれの机に置いた。
「じゃあ、気合十分な日向くんに選んでもらおうかな!」
 その本の表紙には、色とりどりのお菓子の写真。
「これって……」
「お菓子のレシピ本! 水曜日に作るお菓子のリクエスト聞こうかと思って」
「えっ、おれが選んでいいの!?」
「もちろん!」
 ミョウジさんが前の席に座り、いちばん上の本を開いて差し出す。
「うわぁ、こんなにたくさんあるんだ!」
 受け取った本をパラパラとめくる。他の本も確認すると、あとの三冊のうち二冊はプラスチックのファイルで、中にはルーズリーフが綴じられていた。手書きの綺麗な字がお菓子を作る手順を、写真がお菓子の鮮やかさをそこに留めていた。
「そのファイル二冊は家庭科部のレシピ帳だよ。ほらこれ、この前お裾分けしたオレンジゼリー」
「ホントだ! これ美味しかったなー。さっぱりしてて、夏にピッタリな感じ!」
「私もあのゼリー好き!」
「あ、これキレー!」
 それは赤いレアチーズケーキだった。
「これね、いちばん下のボトムがクッキーで、真ん中の白いところがレアチーズケーキ、いちばん上の赤いのはサクランボだよ」
「うわ、おいしそう!」
 レアチーズケーキの上に敷き詰められたサクランボのコンポートが鮮やかで、白と赤のコントラストが綺麗だ。
「これにする? ちょうどサクランボが旬だし」
「いいの!? なんか難しそうだし高そうだし……」
「全然大丈夫だよ! 日向くんのリクエストを聞きたくて時間もらったんだから」
「……じゃあおれ、これがいいな」
 自分の顔が熱い気がする。
――日向くんのリクエストが聞きたいって……。
 別に意味は無いってわかっているけれど、勘違いしたら恥ずかしいってわかっているけれど、おれの心はおれの言うことなんか聞かずに動き回る。“特別”を探して。
――あぁもう! 止まれ! おれの心のくせにおれに逆らうなんて生意気だぞ!
 謀反を起こす心と戦いながら、それを誤魔化すように色とりどりのお菓子に視線を戻した。





―――――
あとがき

ゆっくりな恋が好きです。
恋になるまでが好きです。
恋人になるまでが好きです。
そして結末はハッピーエンドが好きです。

現実は殺伐としてますからね、物語くらいは幸せでいいじゃない。
少しでも皆様の潤いになりましたら幸いです。

2017.04.23
みつ

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