思考の渦に答えが浮かぶまで
放課後の部活が終わり、皆が帰路につく中で黒尾が夜久と海に呼び止められたのが目に入った。
――あぁ、なんか気付いたのかな……。
その後ろでは孤爪くんも何か言いたげに黒尾を見ていて、この二日で何か勘付いた人は結構いるのかもしれない。私は小さな溜息だけを残し、そっとその場を後にした。
一人部室に戻り、バレーボールネットを広げる。昨日の部活後に穴の補修を始めたが、一日では終わらなかったのだ。ちまちまとネットを繕いながら頭の中を空っぽにする。無心で作業している時だけは、嫌な現実から逃げられる。それでも疲れてきて手を止めると、現実がぐちゃぐちゃと脳内をかき回した。
――私は黒尾に対して、どう接すればいいんだろう……。
それが私をいちばん苦しめていた。
いつも通りにすることが最善だと思っていたが、本当にそうだろうか。
私が勝手に“いつも通り”に接するのが良いと思っていただけで、もしかしたら黒尾はもう私と話したくないのかもしれない。
マネージャーも引き受けたからには最後までやり遂げなくては迷惑がかかると思っていたけれど、本当は今すぐ辞めた方が黒尾は安心するのかもしれない。
考えだしたら切りがなかった。疑心暗鬼は私の不安を食べてどんどん大きくなる。
明確な答えが欲しかった。「いつも通りにしてくれ」でも「もう話したくない」でも、はっきりと言われたら間違いはない。もう間違えて傷付けることはない。
――でも、もう話したくないって言われたらショックだなぁ……。
黒尾のことも夜久のことも海のことも、まだ日は浅いけどバレー部メンバーのことも好きなのに。この縁は切れてしまうのだろうか。
――それは、いやだなぁ……。
瞳を熱い膜が覆う。視界がゆらゆら揺れて、けれど意地でもこぼすまいと上を向く。
自分の気持ちははっきりした。厚かましくても図々しくても、私は前みたいに黒尾と笑いたいのだ。
だから私は黒尾に明確な答えを言われるまでは、いつも通りに振舞おう。
自分が黒尾にどう接するかを決めてからは何かが吹っ切れた。
翌日、朝練で黒尾に会った時も自然な笑顔で「おはよう!」と言えた。ドリンクを渡す時にも「さっきのブロックすごかったね!」なんて声をかける事ができて、黒尾は少し驚いたように目を丸くしていた。黒尾にいつ「もう話したくない」とか「関わるな」とか言われるかわからないけれど、どうすればいいか決めかねて沈んでいた時よりずっと良い。
「ミョウジ、なんか少し元気になったか?」
にかっと笑う夜久に、私も笑ってみせる。
「まぁね! 昨日よりは。色々覚悟できたし」
「そっか。でも、なんかあったら言えよ?」
「ありがと!」
きっと昨日黒尾から色々と事情を聞いただろうに、いつも通りに笑ってくれる事がありがたかった。嬉しくなって、夜久の頭をわしゃわしゃと撫でまわす。
「やっくんはいい子だねぇー!」
「ちょっ、なんだよ!」
「感謝の気持ちー!」
「やめろっつの!」
撫でまわす私から逃げた夜久の後ろで、海もほっとしたように笑っていた。
ふと、孤爪くんと目が合った。それはすぐに逸らされてしまったが、孤爪くんにも心配をかけてしまったのかもしれない。
いろんな人に心配をかけてしまった分、私は私のできる事でお返していかなくては。まずはマネージャーを全力で。
続
―――――
あとがき
前半が少々沈んだ内容になりましたが、次回からは少しずつ上向きになる予定です。
もうそろそろ合宿編にも突入しそうです。
黒尾さんが成長していくのは8月くらいなのでもう少し先ですが……。
ゆっくりな恋をお楽しみ頂けましたら幸いです。
2017.04.26
みつ
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