思考の渦に答えが浮かぶまで

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 黒尾の告白から一夜明けた七月十一日の放課後。今日一日、私と黒尾の気まずさを除けば、何の問題もなくいつも通りだった。
 それもそうだ。部活のメンバーやクラスの皆は私が黒尾に告白されたことも、その結果も知らないのだから。
 放課後の部活も終わり、着替えの為に皆より一足早く部室へ向かうその足取りは重い。
 やっと、ひとりの時間。
「はぁ……」
 つい、溜息がでる。
――なんでこんなことになっちゃったのかなぁ……。
 昨日、黒尾に告白された。ただただ驚いた。だって、黒尾を恋愛対象として見たことがなかったから。
――確かに私は黒尾が好きだけどさ……。
 それはあくまで選手としてだ。選手としての黒尾が好き、そのプレーが好き、そうハッキリ言ってきたつもりだった。けれど、それでも勘違いさせてしまったのだとしたらやはり私にも非があるのだろう。
 告白されて嫌だった訳でも、黒尾の事が嫌いな訳でもないけれど、それでも私の“好き”は恋とは違う。あの時黒尾に言った通り「黒尾と付き合うとか考えたことなかった」のだ。私がそう言った時の黒尾の顔が蘇る。
――すごく、ショック受けた顔してた……。
 その顔はビックリというか、真っ白というか。
 あの後すぐにバスが来て、私はバスの窓からフラフラと立ち去る黒尾の後ろ姿を見送る事になった。小さくなる後ろ姿を見送りながら、最初に感じた驚きはどんどん薄れ、その代わりに罪悪感がその色を濃くしていった。
 私は、なんて事をしてしまったのだろう。私の軽率な発言が友達を傷つけたのだ。
 そう思う一方で、どうすれば良かったのだろうとも思う。選手としての黒尾が好きだったのも本当で、そのプレーが好きだったのも本当で、バレーの試合を見に行くのが楽しみだったのも本当なのだ。
 それを口にださなければ良かった? けれど、黙ってそんな行動をすればそれこそ思わせ振りなのではないか? だったらハッキリ選手として好きだから応援していると言った方が勘違いを生まないのでは? しかし、実際はこの結果だ。
 思考の渦に溺れそうになりながら最善はなんだったのかを考え、けれど考えても考えてもその答えはわからない。
――昨日まで、幸せだったのになぁ……。
 好きな選手は同じクラスで、すぐ後ろの席で、お昼も一緒に食べられて、これからはいちばん近くでプレーを見られて、全てが順風満帆のように思えていた。
 なんて幸せな環境だろう、と。しかし、その昨日までの“幸せな環境”はがらりと姿を変えてしまった。
 振った相手は気まずいのに同じクラスで、すぐ後ろの席で、お昼も一緒に食べなくてはいけない状況で、放課後も同じ部活で、とにかく一日中一緒なのだ。
 針のむしろとはこんな感じだろうか。
 せめてお昼は別々にと思いはしたが、実際にそれを切り出すのは難しく、結局今日も“いつも通り”一緒にお昼をとってしまった。この分だと明日からも“いつも通り”を貫くことになるだろう。
 引き受けたマネージャーだって今更やめられない。例え針のむしろだとしても、もう耐えるしかないのだ。
 ふと時計を見上げれば着替えに来てから十分以上経っていて慌てて身支度を整える。早くしないと部室を掃除する時間がなくなってしまう。
 落ちる思考をぎゅっと追いやり、私は頭を切り替えた。

 翌日、朝練を終えてほっとしたのも束の間、一限目も後半に差し掛かったところで思わぬ試練がやって来た。英語教師が「これから前後の席で英会話の練習をします」なんて言い出したのだ。一番前の席に座る私の後ろの席は黒尾である。このタイミングでなんて課題を出してくれるのだろう。私は英語教師の薄い頭を睨みながら、その頭に僅かに残る希望が根こそぎ枯れ果てるよう念じた。
 私の呪いに気付きもしない英語教師は英会話の練習用プリントを配っていく。できれば後ろを向きたくないが、渡されたプリントを回さなくてはならない。小さく深呼吸をしてから、意を決して後ろを向く。なるべく目を合わせないように、けれど視界の端に映った黒尾の顔は気まずそうに引き攣っていた。
 じわりと苦い罪悪感が広がる。
「……よろしくね」
「……おう」
 この英会話の時間、練習用に配られたプリントの内容以外の会話はこれだけだった。もっと楽しかった筈だ、以前なら。二日前なら。
 授業終了のチャイムが鳴ると、一目散にトイレへ逃げ込む。鏡に映った自分の顔は、まだ一限目だというのに酷く疲れていた。
――神様、私にも非があるとはいえ試練が厳しすぎませんか。
 そう神様に抗議してみたものの、もちろんそれで現状が改善されることはない。二限目、三限目と授業は進み、ついに四限目も終わって、無情にもお昼の時間はやって来た。昨日と同じ、“いつも通り”三人で机を囲む。すると夜久が思い出したように「あ」と言った。
「俺、今日は購買なんだ。買ってくるから先食べてて」
「わ、私も飲み物買いたかったんだ! 一緒に行こう」
 立ち上がった夜久に続くように、私も慌てて席を立つ。夜久が行ってしまったら黒尾と二人きりになってしまう。できればまだ、それは避けたかった。夜久は「黒尾もなんか買いに行くか?」と誘ったが、黒尾はそれを断った。きっと、私と同じ気持ちだからだろう。
 他愛無い話をしながら夜久と購買へ向かう。できるだけ明るく振舞うように意識しながら。そうしていないと暗い表情を見せてしまいそうだったから。
 しかし、ふっと夜久が黙り込み、少し考えたあと真剣な声で切り出した。
「あのさ、ミョウジと黒尾、なんかあったのか?」
 その眼は心配そうに揺れている。また、罪悪感が滲む。
「なんもないよー。どうして?」
 朗らかな口調でそう言って、にっこりと笑ってみせる。それでも夜久は心配そうな顔のままだ。
「黒尾と喧嘩したとか?」
「やっくんてば心配性―。ほんとに何もないよ」
 嘘は嫌い。けれど、これは私だけの話じゃないから。私が勝手に話して黒尾を傷付けるようなことはしたくなかった。置かれた立場を考えれば、私より黒尾の方が傷付くだろうから尚更。
――ごめん、やっくん。
 夜久はそれ以上追及してこなかった。最後に一言「何かあるなら相談しろよ」と言って。
 もし黒尾が楽になるのなら、夜久が黒尾の話を聞いてくれればいいなと思った。海でも孤爪くんでも、誰でもいいから。

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