目を覚ませばそこに広がるのはなんであるのが普通なのだろうか。自室の天井? それならば私の中にあるこの最後の記憶は夢であったという落ちがつく。なんて陳腐な夢。保健室や病院を連想させる清潔感溢れる白い天井なら? これも夢落ちであったことが有力だと思う。では、そんな天井が映らないどころか、目覚めた場所が室内ではなかった場合は?例えばそよ風が草花を優しく撫でる、目に優しい緑広がる草原とか。

「夢じゃなかった?」

 いやいやいや。あんな非現実的で突拍子のない出来事が夢でないはずがない。目の前に突然黄色い髪をした少年が現れて、世界を救うなんて大役を担ってほしいと頼まれて、手が光ったと思いきや意識が沈んで。そんな出来事が現実で起きていたと? 受験勉強に疲れた私の現実逃避ではなかったのか。

「それとも今の状況が夢なのかな」

 混乱した頭を整理するために深く息を吐く。そしてまずは身の回りの確認をする。
 服装は高校の制服。学校帰りだったので当然の格好。近くに投げだされているのは友人とお揃いで買った赤いリボンのキーホルダーがついた黒のスクールバック。中身は今日のあった科目の参考書と筆記用具。ジャージと体操服。お気に入りのお店のポイントカードが入った所持金が悲しい財布。去年の夏に変えたスマホとリンゴ型の充電器。幸いなことに電池は半分近くあったので親に連絡をすれば良いのかと思いきや、悲しいことに圏外で使い道がなかった。いざというときに電池がなくて使い物にならなかったら困るので、省エネモードにしてから電源を切って鞄にしまい直す。

「これからどうしよう。夢なら現実の私が起きれば良い話なのだけど。もしも、仮に、万が一。これが現実だったらどうにかしないと」

 この場合は諦めて現実だと考えて動いた方が良いのかもしれない。夢だから起きれば大丈夫なんて考えをして、実は周囲に家1つない草原にいることが本当の出来事で、夜がきてしまえば……考えるだけで泣けてくる。野宿なんてしたことないし、する必要もない恵まれた環境で育ってきた私に突然のサバイバル生活なんてできるわけがない。

「まずは人を探して、ここがどこか聞かないと」

 現地さえ分かればなんとかなると思う。所持金は少ないし、自宅から遠く離れた場所だったら帰るのが大変そう。乗れるバスや電車限られてくるし。こういうときって警察を尋ねたら送ってもらえるのかな。その場合は事情聴取とかされそうだけど。

「でも近所にこんな大自然なんてなかったから、遠いんだろうなあ」

 そもそも私がこの場にどうしているか。考えられるとしたら黄色い彼が意識を手放した私をここに運んできたということ。何故かは分からない。ふと頭によぎるのは最近テレビで見た死体遺棄事件について。でも私、死んでないし。この通りぴんぴんした身体で歩き回れるし。だとすると誘拐? 拉致されてここに放置された? ますます意味が分からない。
 ただ今回の出来事で学んだのは「世界を救ってくれ」なんて言いだす異彩を放つ不審者の言葉には耳を傾けてはいけないということ。理由なんて聞いている暇があったなら迷わず逃げるべきだった。悠長に会話なんてしようとしたからこんな目に遭うんだ。

「……歩いても歩いても町どころか人っ子1人見つからず。代わりに発見されるのは森への入り口」

 入ったら熊に出会いそうな森だった。白い貝殻の小さなイヤリングを拾ってくれたり、歌を歌って済むような熊なら歓迎するのだけど。だめだ。私、そんな可愛らしいイヤリングを持っていない。これは入らない方がいいね。熊に出会って本物の死体となりましたーなんて笑えない話にはなりたくない。急いで回れ右をする。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 頭の中に流れた軽快なメロディー。スタコラッサッサッサのサー、スタコラッサッサッサのサー。お礼に歌を歌って見逃してくれる熊だといいな。見逃してくれるわけないよね。ああ、悲鳴だけでなく涙すら出てこない。ねえ、神様。私はこんな目に遭う程日頃の行い悪くしてましたっけ。

「…………おい」

 どうやら振り返ったら後ろに立っていた熊は喋るらしい。


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