「ふざけんなよ。ありえないどころじゃない!」
前に座るのは全体的に茶色くてふわふわもふもふした男の子。少年と青年、どちらの表現が似合うかな。その間という感じで、同い年か1つ2つ年上か。机を叩きながらイッテツさんに怒りをぶつけていた。聞いている限り、怒りの原因は私にある。
「卯月煩い。机が揺れてマニキュアがはみ出る」
左隣には全体的に青くて自分磨きを徹底していることが一目見ただけで分かる女の子。すらりと伸びた足を組む姿はとても様になっている。あ、使っているマニキュア可愛い。しつこすぎない細かなラメが入ってる。状況が状況じゃなきゃメーカーとか聞いたりするのに。
「…………。イッテツがいいと決めたのなら、問題ないと思うが」
珈琲を淹れるイッテツさんの手伝いをするのは全体的に灰色でこの中で一番大きい男性。あちらこちらへとイッテツさんが移動する度に雛鳥の如くついて回る姿が面白い。けど、大男2人が何をしているんだろうと少し引き気味にもなる。
……増えていた。食材も無事採れて、喜緑さんが加わって戻ってきたら家の人口が増えていた。驚くことに先程窓から外へと椅子を投げたのは、この中で一番か弱そうな茶色い男の子だったらしい。
「一度に話してもコヨミちゃんが困惑するだけだから落ち着こう? 卯月もそんなに睨まない」
「なんでお前はそんなに平然と受け入れてるんだよ!」
「さっきたくさんお喋りしたからね。悪い子ではないってことは分かったし、そこまで警戒する必要はないかなあって」
「そんなんだからお前は甘いんだよ!」
私はどうすれば良いのだろう。珈琲を持って私の膝によじ登ってきたリオルの頭を撫でながら苦笑い。イッテツさんに助けを求めるために視線を向けてみたら我関せずな態度だった。ちょっと!
「……卯月。怒るにしてもまずは自己紹介からしろ」
「でも!」
「知らない奴らに囲われて、理由は知らされないけれど自分が原因で言い争いが起きているというのは怖いだろ」
「うぐっ」
そろそろお腹が空いてきたなあ。でもそんなこと言える空気じゃないし。これは腹の虫が鳴かないことを願うしかない。それにしてもリオルはすごいなあ。少量ずつだけどブラックの珈琲を飲んでるなんて。私、ミルクと砂糖を入れないと飲めないんだよね。
「おい」
「…………」
「おい!」
「うわっはい!?」
「ぶっ!!」
喜緑さんが盛大に笑いを吹き出した。それからお腹を抱えてテーブルに突っ伏し震えている。どうやら私の珍妙な声がつぼだったらしい。恥ずかしすぎて顔が熱くなってきた。今なら泣こうと思えば泣ける。
「喜緑サイテー」
「…………女性を泣かせるのは、よくないな」
「え!? あ、ごめん。コヨミちゃんごめんね! 謝るから泣かないで?」
「ないてません」
こんな人前で泣くなんて、私は今年で何歳になったんだ。18歳よ、18歳。そう、受験を目前にした高校3年生。本来ならこんなところで油を売らず、家に帰って勉強しなきゃいけないの。推薦なんて便利なものに頼れない一般入試は一分一秒が惜しいというのに。ああ、またそういう話に戻ってしまう。海で散々泣いて後に一先ずそういうことを考えるのはやめようと決めたのに。
「決めたのに、決めたのに……っ」
「えっ、えっ」
「決めたから頑張ろうとしたのに。こんな見ず知らずの女顔に遠回しに出て行けとか言われてるし」
「お、女顔!?」
「緊張して変な返事したら笑われるし。いろいろすり減らしながらそれでも頑張ろうとしてるのに……っ」
途中から何を言っているのか分からなくなってきた。ただいろいろ溜まりに溜まった不満とか不安とかをもにゃもにゃと口走っている気がする。その途中から今まで堪えていた涙もぼろぼろと溢れてきて。
「イイ、イッテツ!」
「知らん。泣かせた奴がなんとかしろ」
「本当にごめんね。悪気はなくて」
「悪気がなければ全てが許されると思わないでください……このイケメンがぁ……」
「え。ありがとう?」
「そこはお礼を言うところじゃないからね。はあ、本当に女の扱いがなってない野郎は駄目なんだから」
お母さんの作ったシチューが食べたい。お父さんにお気に入りの洋書を読みたい。弟とゲームしたい。友達とカラオケに行きたい。今なら苦手な数学の授業だって落書きとか居眠りとかせずに真面目に受けてもいい。だから家に帰りたい。海で頭を冷やし、置いてきたはずの願望が戻ってくる。周りから何か話しかけられている気がしたけど、聞こえなかった。
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