「全てのポケモンができるというわけでもないのよ。リオルはできないし、この島でよく遭遇するリングマたちもできないはず。限られたポケモン、という言葉は不適切ね。一定の条件を満たしたポケモンだけができるものなの」
目を疑った。私が今、目の前で見ている光景はいったい何なんだろう。生まれて初めて見るその不可解な出来事に言葉を失う。この2週間、ありえないことだらけな生活だと思っていたけれど、これを上回るものはなかった。
「条件も様々。学者たちがいろいろな説をあげているけれど、ポケモンの数だけ条件があるというものなのかしら。次々と特殊な例もでてきて、説明しきれないのよ」
氷里ちゃんの説明が続くけど、それどころじゃない。目の前にいる怪物に動揺して、頭が回らないから。どうして、他の人たちはこんなに冷静なんだろう。これが、ここの日常なのだろうか。
「あ、え、な……」
灰色の細い身体。強烈な一撃を繰り出しそうな長い尾。紫がかった大きな薄い翼。鋭い牙が並ぶ大きな口。現代ではもう絶滅したと言われている、プテラノドンみたいな。そんな怪物が目の前にいた。いや、なった。柔剛さんが。
「ひっ、ぁ……」
ぎょろりと釣りあがった目が私に向いて小さな悲鳴をあげる。上手く息が吸えない。喉が震えて声も出ない。私よりも遥かに大きい怪物に、腰が抜けて後ろに転ぶ。
『コヨミ!』
「や、あ……」
震える身体を抱きしめて、じっと恐怖に堪える。慌てて駆け寄ってきてくれたリオルが『あれは柔剛だから。大丈夫だから』と、柔らかい手で頬を軽く叩いてきた。
「プテラを見るのは初めてか」
「いって、つ、さ……」
「さっき氷里が言っていた通り。柔剛は見た目こそ厳ついが中身は大人しい。危害は絶対加えないと約束する。だからそんなに怯えるな」
雑に頭を撫で回された。そうだ。目の前にいる怪物は柔剛さんがなったもの。突然光りに包まれて、人の形をしていた影がだんだん大きく変化していった。そして、光が霧散すると今の姿になっていた。その光景を確かに見ていた。間違いなく、この怪物は柔剛さん。
「……これも、ぽけもん」
「柔剛はプテラなんだ。化石から復元したポケモンで、野生にはいないから驚くのも無理ないよね。怪我してない?」
腰が抜けて立ち上がれない私に喜緑さんが手を差し伸べる。遠慮がちにその手をとると、ふんわりと柔らかな笑みを浮かべて引っ張ってくれた。動作の1つ1つが流れるように美しい。
「あの」
「ん?」
「今、人からポケモンになっていましたが」
「この姿が本来の姿なんだよ。でもご覧の通りプテラは日常生活を送るには不便だからね。柔剛は人の姿でいることの方が大半なんだ」
「そう、なんですか……」
恐る恐る目を向ければ、彼は翼を折りたたんで出来るだけ小さくあろうとしていた。私を怖がらせないようにしてくれているのかな。その様子に怪物と怯えてしまったことを申し訳なく思う。
深呼吸を数度繰り返してから「ごめんなさい」と伝えると、彼はゆっくりと首を横に振。った。リオル曰く、気にしないでいいと言っているらしい。心なしか落ち込んでいるように見えて、気にしないなんてできないんだけど。
「大丈夫、大丈夫。柔剛が怖がられるのはいつものことだから」
『お前みたいにおどろいたやつは初めて見たけど』
「……だって」
突然人が得体の知れない生き物になったところを見れば誰だって腰を抜かすと思う。それが既に絶滅していると言われている恐竜みたいなものだったら尚更。でも、そんなことを言えるわけもないので「ぽけもんに、慣れてないから」と返しておく。嘘は吐いていない。……そう、嘘ではない。
「つーか、これはどう見ても氷里の選択が悪いだろ。見せるにしてもお前がすればこいつもこんなに怯えなかったはずだよ」
「あら。卯月ったら、散々怪しいだのなんだの騒いでおいて心配はするのね」
「違う! ただこんなにも怯えられて柔剛が無駄に傷つくだろうって!」
「別に無意味に柔剛に頼んだわけじゃないのよ。言ったでしょう、ついでにミナモシティに運んでほしいって」
さっき帰ってきたばかりなのになんでまた。卯月さんはそう言って眉間に皺を寄せる。対して、喜緑さんは氷里ちゃんの考えていることを察しているらしく「またらしいやり方をするね」と笑っていた。
2人の正反対な反応に満足そうな氷里ちゃんはふふんと上機嫌になって私の手をとった。え、私の手?
「ストレス発散には買い物が一番でしょう?」
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