走る。走る。
 脇腹が痛くなっても。喉が渇いても。口の中に血の味が充満しても。地面から出ている盛り上がった木の根につまづいて転んでも。目的地なんてあるわけないけれど、それでも走った。そうして気付けば海辺へと出ていた。母なる海を眺めて落ち着ける、わけもなく。その揺れる青の美しさに悲しみが増すだけ。目の奥が熱くなった。

「そ、そうだ。ここなら電波もくるかも」

 習慣としてポケットの中に入れていたスマホを取り出して電源を入れる。起動までのたった数十秒がとても長く感じられる。なかなかつかない画面に「早く、早く」と繰り返し呟く間も、その手は震えが止まらない。

「繋がって……!」

 震える指で電話帳を開いて電話をかける。母親、父親、弟、友人、学校。何人もの人に、何回もかける。それでも結果は変わらず。そうだ、電話が繋がらなくても呟きアプリを見れば誰かいるかもしれない。そう期待して開いても一番上に出るのは授業中に隠れて呟いていた友人の「眠い」や「お腹すいたー」なんて、なんでもない日常的な呟きだけで。いくら更新しても出てくるのはインターネットに接続できませんの文字だけ。

「やだ、やだ」

 家族用のグループチャットを開く。18時に帰ると連絡したのに帰らないのだから、心配しているに違いない。違いないのに、グループチャットは下校途中にしていた今日の夕飯が何だとか、父の帰りは何時だから一緒に食べようだとか、お姉ちゃんもたまには一緒にゲームしようよだとか。そういう楽しかった会話で止まっている。これも何度更新しても新しいメッセージは出てこない。

「やだ、やだよ」

 当たり前だ。圏外なのだから。こんな離島に電波が届くわけない。だったら本土に入れば使えるようになる? ううん、このスマホが圏外なのはもっと別の原因があるんじゃないの? 例えば。

「違う! そんなことあるわけない!」

 再度浮かんできた考えを必死に否定する。口にしてしまえばもう認めるしかないことで、だからこそ悪あがきだと知っていても意地でもしない。でもその行為が時間と体力を浪費するだけだと実感が増す度虚しくなってくる。

「かえりたい」

 世界を救ってほしいと聞いたとき、なんで私が? なんてこと以前に気にするべきことがあったじゃないか。こんなにも平和なのに、どこにでもいる女子高生に助けを求める程危険な状態なのかどうかということを疑問に抱くべきだった。いや、例えそう思ったところでこんなことは予想もしなかった。知っていたら即答で断っていたのに。後の祭り。結果論。

「かえらせてよ」

 私以外に適任者は絶対いる。なんで私なの。あの場所で幸せに過ごしていた私がどうしてこんなところに投げださなければならないの。分からない、どうしようもない。

「うう……っ」

 頭の中がぐちゃぐちゃになって整理がつかない。同じ言葉を繰り返すことしかできなくて、整理のつけようもない。混乱状態。時間が経てば経つほど不安は募り、大粒の涙が砂浜を濡らす。
 普通ならそんな考え方を浮かべるはずがなかった。絵本や漫画みたいに魔法使いがいるわけでもないし。そういうことに憧れて研究してみる人もいるだろうけれど。結局架空は架空でしかなく、実現は不可能だったから。でも、その不可能の存在を目にして、触れて、言葉を交わしてしまった。決定的だった。どれだけ否定しても肯定せざる得なかった。

「私の世界に、ポケモンなんていない……!」

 だったらここはどこだろう。いないものが当たり前にいるここは、どこだろう。私はどこに連れてこられたというのだろう。その答えは既に出ている。

「信じたくない」

 そんなことを受け入れられない私は、出ている答えを否定して現実から目を背けるしかできなかった。


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