我に返ったのはイッテツさんが朝ご飯ができたことを教えにきてくれたときだった。それまでにどれだけ時間が経ったのかは分からない。だって時間を確認する術を持ち合わせていないから。

「……ごちそうさまでした」
「元気ないな。あまり眠れなかったか?」
「い、いえ。身体は正直なもので、ぐっすりと寝れました」
「そうか」

 こうしてイッテツさんと会話をしている間も、意識はぽてぽて足音をたててお皿を運ぶあの生き物に集中する。その様子に気付いたイッテツさんは「気になるか?」と、あまりいい顔をせずに聞いてきた。

「珍しいいきも、ポケモンだなと」
「リオルっていうんだ。シンオウで発見された珍しいポケモンだ。ホウエンで野生としてはまだ見つかっていないな」
「イッテツさんの子、ですか?」

 どういう表現をしたら良いのか分からず言葉を探りながら質問を続ける。犬や猫のようにペットという扱いでいいのかな、それなら飼っているという表現になる。でも、幻聴でなければあの生き物、リオルは確かに私と会話をした。喋れる、ということは感情もあるのだろう。そうするとペットとしての表現には違和感。いやいや、気にするべきところはそんなところじゃなくて。

「確かにこの家で一緒に暮らしているが、正確には野生だ」
「そう、なんですか」

 イッテツさんはリオルという生き物を、ポケモンという存在を当然のように受け入れている。こんな見た目をしておいて実は妖精や魔法使いだって信じちゃうメルヘンな趣向の持ち主なのだろうか。それはないだろう。そうであってくれたならどれだけよかったことか。

「ポケモンが、実在する世界」
「何をおかしなことを言ってるんだ?」
「おかしなこと、言っていますか?」
「ああ。ポケモンがいるなんて当たり前のことだろう」

 当たり前なこと。イッテツさんは確かにそう言った。そんなこと、あるはずないのに。ポケモンとはとあるゲーム会社が作ったキャラクターで。所謂二次元の存在で。本物がいるわけがないなんて小学生でも知っていることなのに。彼は間違いなく当たり前なことだと断言した。

「…………」
「どうした。顔色が悪いぞ」
「意味が、分からない」

 声が震えた。突然起こった状況に動揺を通り越して冷静な状態でいられたのに、ここにきてその動揺や不安が表面化してきた。だって、仕方がないじゃない。昨日まで不安を抱いていても、イッテツさんという人に遭遇して寝床まで提供してもらえたから命が危険に晒されることもなく。本土に出れば連絡をとることだってできると思って安心していたのだから。でも、もしもここが、あるわけないけれど、あってほしくないけれど。

「これは、夢?」

 夢だとしたらなんてリアルなんだろう。痛みも空腹も感じる。触れたものの温度も肌触りもよく分かる。一晩寝ても現実の私は起きることのない長い。現実との違いが全く分からない、そんな夢。ああ、そうならどれだけ良いことか。でもそれはあまりにも私の願望すぎて。

「イッテツ、さん」
「お前、本当に大丈夫か?」
「ここは」

 声が震えて言葉が途切れ途切れになる。1人と1匹の視線が私に集中する。この質問はしたくない。もしも回答が最悪なものなら私は夢であってほしいけれど恐らく現実であろうこの状況に絶望しなければならない。

「ここは、日本ですか?」
「にほん?」
「47都道府県に分けられる島国で。ポケモンはいないけれど、犬や猫などの動物が存在する日本ですか?」
「言っていることはよく分からないが。ここはホウエン地方で、さっきも言ったけどポケモンは存在する。いぬやねこは見たことない」

 鈍器で頭を殴られたような気分だった。ここは日本ではない。存在するはずのないポケモンがいて、存在するはずの動物がいない。それはどういうことか。口に出すのも恐ろしい。そんなことありえない、ありえるはずがないと何度頭の中で否定しようと、足元から不思議そうに私を見上げるこのリオルという存在が憎たらしいほど肯定してくる。それでも私は。

「そんなの、あるわけないじゃない!」

 そんなの認めたくなくて。受け入れられるはずもなくて。意味のないことだと分かっていながらも、イッテツさんの回答を否定して家を飛び出した。


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