少女はただひたすら不運に付き纏われていた。本人に言わせれば「大丈夫。いつものことだし、そこまで恵まれていないわけでもないよ」ということだが、それでも周囲から見ればとても不幸な少女だった。
 もっとも、彼女が不幸と思う者も、哀れんで手を差し伸べる存在も、悲しいことに身近にいないのだが。

*****

「あかない……っ」

 がちゃがちゃがちゃ。何度も何度も扉を押したり引いたりする。開く気配は少しもみせず、煩わしい音が鳴り響くだけ。予想はしていたけど、本当にどうしよう。少女はぺたりとその場に腰を下ろして鼻をすする。

「わたし、なにもしてないのに」

 灰色の床に数個のシミができては消えるが繰り返される。薄暗い空間で彼女は誰もいないのに、誰にも聞かれないようにと声を押し殺す。
 それからしばらくして、真っ赤になった目を擦り立ち上がる。高い位置にある窓から日差しが射し込んでこないから正確な時間が分からないが、門限超える前に帰らなければ。落ち着いた頃にどんどん焦りが募り始める。

「他の扉、さがさなきゃ」

 傷だらけの鞄を両腕で抱えて室内を見渡し、他の扉がありそうな一階を散策し始める。埃が積もった階段の手すり。ほつれている赤い絨毯。開閉するたびに錆付いた音をたてる扉。高い天井を見上げると割れた豪勢な照明器具に薄らと膜が張られていた。あれは蜘蛛の巣だろうか。彼女は目を細めてじっと見つめる。

「……ゆーれい屋敷」

 薄気味悪い室内の空気が、自身をここに閉じ込めた彼女たちの話を強引に思い出させた。怖い話はあまり得意ではないが、だからといって恐れているわけでもない彼女はなんともいえない表情を浮かべる。そして思う。もしも噂の幽霊が本当にこの屋敷に現れるなら、会って話をしてみたい、と。

「数年前に事故死した男の子の幽霊が、町外れの森にある洋館に現れる……」

 それは中学生がいかにも好みそうな噂話だった。しかし、これは噂ではなく本当に出るかもしれないと言われる理由があった。
 数年前にこの洋館の近辺で起きたバイク事故によって亡くなった青年が1人、本当にいるのだ。もしかしたら未練を残してこの世に残っているかもしれない。そしてその青年は随分と派手な性格だったらしく、幽霊として現れるなら人を傷つけてもおかしくない。と、青年の素性にはいくらか尾ひれがついているが、もしも幽霊が実在するならここに現れてもおかしくない状況である。

「……扉あった」

 噂話を思い返しながら散策をしてどれだけ経ったか。ようやく別の扉を発見する。正面にあった扉とは異なり、簡素な扉。裏口か何かだろう。彼女はこれでようやく外に出れると安心して冷たいドアノブに触れた、その瞬間だった。

「きゃっ!?」

 大きく縦に地面が揺れた。突然の衝撃に彼女は自身を支えることができず、倒れるようにその場にしゃがむ。小学生のときからある避難訓練で教師たちが地震が起きたらまずは頭を守るようにと何度も言っていたことを思い出して、防御力が低そうな薄い鞄で頭を覆う。
 揺れている最中にどこからか重たいものが高い所から落下した音が聞こえた。がしゃんとガラス類のものが割れる音もあったので、おそらくここに来る途中で見た豪勢照明器具あたり。あんなものが落ちる程大きな地震だったことに彼女は顔を青白くして、慌てて外に飛び出す。

「……へ」

 ぽかん。そんな間抜け面を浮かべて彼女は足を止める。照明器具が落ちる程大きな地震があったにも関わらず、一本も倒れていない木々に対して驚いた、のではなく。

「ここ……?」

 自分の記憶とは異なる森の雰囲気に困惑していた。
 森に建った幽霊の出る洋館。その噂に相応しく、その洋館は鬱蒼とした森の中に建っていた。しかし裏口から飛び出た先に広がるのは木漏れ日により模様が描かれた光の絨毯が敷かれた森だった。

「え、あ……う……」

 明るい変化に怖くなった彼女は一歩二歩と後退し、そして背を向けて洋館の中へ戻ることを選んだ。地震によって危険が転がっている室内の方が、何故か安心できる気がしたから。

「え。な、なんで」

 しかし、いくらドアノブを回して、押したり引いたりしてもその扉が再び開くことがなかった。何度繰り返しても開かない扉は開かない。それは最初に理解したことなので、すぐに室内に戻ることは諦めることができた。

「……洋館の周りを歩けば、見覚えある道につくかなあ」

 頼りない鞄を抱きしめて、一歩踏み出す。しかし見慣れない道を進むのは彼女にとって恐ろしいもので二歩目をなかなか出せない。

「……でも、早く帰らなきゃ」

 きゅっと唇を噛んでもう一歩目を出そうとした、まさにその瞬間。茂みががさっと揺れた。緊張していた彼女はその音にすら過剰に反応し、情けない悲鳴が漏れた。

「ななな、なに?」

 茂みから離れようと後退する。すぐ後ろは洋館の壁で、それすら頭から抜けていた彼女は後頭部を強打することになる。痛みでしゃがみ、打った場所を両手で押さえる。その間に茂みに隠れていたその生き物が、ひょこっと軽い足取りで出てきた。

「はっ。泣いてる場合じゃなくて、に、逃げなきゃ……!」

 慌てて立ち上がる。そして混乱で絡まったのは思考だけでなく足元も、つまり彼女は盛大に転倒した。よりにもよって顔から。
 その派手な音で茂みから出てきた生き物は彼女に関心を向けた。もふりと丸みを帯びた尻尾が足を一歩前に出す度揺れる。ぴんっと伸びた細長い耳は、彼女が痛みであげる唸り声にぴくりと反応する。

「ひっ!」

 まるまるとした茶色い目に映るのは、伸びっ放しの前髪から覗く怯えた表情。何もしていないのにここまで怯えられていることにその生き物は不思議に思い、ぶい? と鳴きながら首を傾げた。


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