ぶい? あまりにも怯えた様子の少女を不思議に思ったその生き物・イーブイは距離を縮める。彼女は足をもつれさせて転倒した人物とは思えない機敏な動きで立ち上がり、薄い鞄を盾に叫んだ。

「こここ、こないでください! おねがいしますあやまりますなんでもしますだからちかよらないでください、ひいっ」

 必死な様子にイーブイは一歩後退する。怯え方が尋常ではなかった。ここまで怯えられると何かあるのではないかと気にはなるが、近寄ることを嫌がるのだから放っておいた方が良さそう。身を小さくして震えている彼女を尻目に離れることを決める。

「い……っ」

 しかし、立ち上がって逃げようとする彼女から漏れた痛みの声によって、その判断をすぐに撤回することになった。ふと、どこかで嗅ぎ慣れた臭いがして鼻をひくつかせると、微かだが血の匂いがすることに気付く。目を彼女に向けると、抱えている膝小僧から血が流れていた。転倒した際に小石で切ったのだろう。
 盾にしているものを振り回されて怪我をするのは嫌だけれど、だからといって怪我をしている小さな女の子を放置できるほどそのイーブイは薄情ものにはなれなかった。 ぶいっ。 一声をあげて、たっと近寄る。

「ひ、や……っ!」

 茂みの音で過剰に反応し、自分より遥かに小さいイーブイの姿を視認するだけで怯えていた彼女にとって、近寄られるというのは恐怖の他ない。そんな事態に陥れば当然、防衛本能が働く。

「こない、で……!」

 咄嗟行動で投げられた軽い鞄。驚いたイーブイは後ろに飛んで避ける。標的に当たらなかった鞄はそのまま茂みの中へ落ちる。彼女がはっと我に返ったときには時既に遅し。そして運も悪かった。

「〜〜っ!」

 鞄が落下した茂みから甲高い鳴き声があがる。動物にあまり好かれず、むしろ嫌われる方である彼女がこの後起きることを予想することは容易なもので、顔をいっそう青白くする。
 がさがさ。荒々しい音をたてて茂みから出てきたのはこぶを作った赤い羽根の小鳥・オニスズメ。ぎらりと光る尖った嘴と鋭い睨みに委縮した彼女は身体を縮こまらせる。オニスズメは動けない彼女に ギャア! と羽を広げて威嚇をし、飛びかかる。

「や、あ……」

 ぶい! オニスズメが彼女に飛びかかる直前、イーブイが間に割って入り砂をかける。思わぬところから攻撃を受けたオニスズメは羽で目を擦る。イーブイは今のうちに逃げるんだと腰を抜かした彼女の背を一生懸命押して、立ち上がらせようとする。

「あ、えと……」

 ぶいっ! いくら訴えても押しても怯えた目で自身を見て、立ち上がる様子も見せない彼女に痺れを切らす。こうなれば力ずくと袖を噛んで引っ張る。いくら小柄な少女とはいえ、イーブイと人では体格差があるため、当然引きずることは不可能である。しかし、引っ張られたことと、ギャア! と再度甲高い声を森に響かせたことに驚いて腰をあげる。

「え、あ、ふえて」

 慣れぬでこぼこ道を走り始めてすぐに気付いた。一匹だけの荒々しい羽音が大きくなっていることに。気になって恐る恐ると後ろを確認すると、オニスズメが大群で彼女たちを追っていた。思わず身体が硬直しそうになったが、すかさずイーブイが ぶい! と無数の星型の光線をオニスズメの大群に向けて発射し、彼女が立ち止まることを阻止した。

「い、今のなに……それにあんな鳥みたことない……っ!」

 次々と初めて見るものが目の前で起きていて困惑をする。だからといって足を止めるわけにもいかず、「なにあれ」「もうやだぁ」を繰り返し涙ぐむ。涙で視界がぼやけ、足元への注意が散漫となる。

「っ、きゃ!」

 もともと運動がそこまで得意なわけではない彼女が体力の限界に達するのは早かった。足元への注意が疎かになっていたこともあり、地面から盛り上がっている木の根に躓き、転倒する。気付いたイーブイが足を止め、彼女のもとに駆け寄る。 ぶい、ぶい。 早く立って逃げるように訴えるも、転倒で痛めた足と慣れない環境で走った疲労が身体を重くし立ち上がることができない。そんな彼女の状態などおかまいなしに、オニスズメの大群は甲高い声をあげて迫ってくる。もう逃げられない。息を切らし、涙でぐしゃぐしゃになった顔を伏せて身体を強張らせた。

「でんじは」
「ストーンエッジ!」

 それから聞こえたのは近付いてくるオニスズメたちの羽音ではなく、知らない男女の声。そして次に聞こえたのは聞いたことのない音と、オニスズメたちの悲鳴。驚いて目を開けば、そこには地面に突き刺さる尖った岩。身体に傷を作り、痙攣して地に倒れるオニスズメの大群。そして。

「そこの女子。こんなところで何している」
「怖い目に遭って怯えている子供にその言い方はないどうかと思う」

 息を呑むような美しい女と見るからに真面目そうな男の姿があった。


[back]

1 28√e 980