アンナチュラル/中堂


「系さん!」

『系!』

夕希子の声が重なって聞こえたような気がした。
少し離れた距離から駆け寄ってくるまなは夕希子ではない。
そんなことは分かっているはずなのに。まなが俺の心に入り込む度に、夕希子と重なっていく。

「お、怒りました?」

少し息切れをしながら俺の前までやってきたまなは、俺の顔を見るやいなや眉を下げた。

「…は?」

「下の名前でいきなり呼んだら中堂さんのびっくりした顔見れるんじゃないかってミコトさん達と話してて…。で、でもやっぱり嫌ですよね!わ、わたしなんかに…。」

まなは叱られた子犬のように項垂れた。まなが駆けてきた方向を見やると、三澄はじめバカ三人衆がにやにやとしながらこっちを見ていた。はめられた。あいつら、俺がどう出るか楽しんでやがる。

「…いや。怒っては…いない。」
「ほ、ほんとですか?」
「あぁ…。」

まなの瞳にはすでにじんわり涙が浮かんでいた。他の女が泣こうが喚こうが一切気にならない、のに、こいつだけは駄目だ。胸の奥がざわつく。

「よかった!ミコトさんに”まななら大丈夫”って言われたんですけど…。えへ、ちょっと緊張しちゃいました。」

ついさっきまで今にも泣きそうに目をうるませていたのに、もう弾けんばかりの笑顔。眩しすぎて直視できやしない。
ったく。

「かわ…。っ!」
「かわ?」
「いや…なんでもない。」
「?」

俺は何を言おうとしてたんだ。うっかりもクソもねぇ。
…かわいいだなんて。口が裂けても言えねぇ…。一回り以上も年上のおっさんが”かわいい”とかセクハラだろ。

額にこぶしを痛いほど押しつける。痛い方がいい。痛みで煩悩を断ち切らなければ。

「っ!」
「痕、ついちゃいますよ?」

こぶしをまなの温かい手の平が包んだ。突然の接触に全ての動きが止まる。それこそ心臓の鼓動すら。
当の本人は何も感じていないらしく「ほら、赤くなってる」と今度は俺の額を撫でた。
その手を振り払うこともできずただただ呆けている内に、まなは身を返してラボに向かって歩き始めていた。

「また忙しくなるってミコトさんから聞いたんで差し入れ持ってきたんです!中で食べましょ?」
「あぁ…。」

ようやく動き出した心臓は、今までにないくらい激しく脈打っていた。
まだしばらくはこのままでいい。こいつの笑顔を見られるなら。
そう思っていたはずなのに。
もっと近くに、隣にいたいなんてクソみたいな感情が俺を支配し始めていた。


- 40 -

*前次#


ページ:



ALICE+