06


初めての制服に袖を通して、小学校を卒業して数週間しかなっていないのに少し大人になった気持ちでいた三年前の春、国見に出会った。

新しい勉強、新しい環境、新しい友達。
北川第一は三つの小学校が上がってくるので全員の顔と名前を覚えるのは難しい。学校外ですれ違っても、あ、あの人同じ学校かも…って程度。そんな中、新入生にも名前と顔が知れ渡った人が一人いた。それは三年生の及川徹先輩。

小学校も違うし接点もない、けど、周りの友達から教えてもらって覚えれた。

「ねぇ、ゆり部活入る?」
「んー、勉強ついて行けなくなりそうだからなぁ〜」
「わたしねぇ、男子バレーボール部のマネージャーやりたいと思ってるの」
「男子、バレーボール?」
「そう!」

と満面の笑みを浮かべた友人に「どうして?」と聞くとは愚問だ。
だって、私に及川先輩の事を教えてくれたのは、今頬を赤く染めている友人だから、少しでも近づけるといいねと言う気持ちを込めて「頑張って!」といえば、彼女は目を見開いて、何言ってるの?と言う顔をした。

「…あ、及川先輩に少しでも近づけるといいねって意味もあるけど、部活と勉強の両立頑張ってね!って意味だから、!」

友人への頑張ってが少しだけ冷たかったかと思って訂正するとまだ、彼女の顔はなにを言ってるの?と言う顔をしている。すると「ゆりも、一緒にやるんだよ?」当然のように言った。

「…え、私も?」
「部活決めていないなら一緒にやろう!テスト前は部活ないからゆりなら大丈夫、だから一緒にやろう!」

ルールもよく知らないけど、友人からの誘いを断る理由がぱっと出てこなかったのでコクリっと頷いた。

そして、北川第一の男子バレーボール部には、部員はもちろんのことだけど、マネージャーも多くいた。
一人の上級生にマネージャー業を教えてもらって覚えるのにやっとで翌朝「…はよ」と隣の席の男子に言われて、驚いた。

隣の席の男子とは、小学校が違って中学生になって何度か私から挨拶しても「…ん」しか返してもらったのに、なんで?今日はそっちから?と質問したい気持ちよりも、やっとクラスメイトとして認識してもらえた方が嬉しくて「っ!おはよ!」といつもより少しだけ声を大きくなっても返答は「…ん」とだけで、隣の席に座った。

私は、また昨日教えてもらったマネージャー業についてのメモに視線を向けた。

放課後、また昨日と同じ先輩が私たち一年生に教えてくれた。
友人も及川先輩のためにしっかり覚えようとしているので、私も置いていかれないように必死になっている時「あ、危ない!」と叫ぶ声が届いた時には遅く、背中に痛みが走った。

マネージャー業を教えもらっている時に、聞こえているバレーボールの音を聞くだけで痛そうだと思っていたけど、実際に当たると想像以上に痛い。

「だ、大丈夫?」 「ゆりっ?!!!」

とマネージャー業を教えてくれる先輩と友人が声をかけてくれた。

「だ、大丈夫です!これが流れ弾なんですね」
「あ、うん、そうだけど、私も気づけなくてごめんね」
「いえ、注意不足の私がいけないので気にしないでください」
「ゆりむりしちゃだめだよ!」

それに「大丈夫、だいじょぶ」と笑って返すと、「ごめんねー!大丈夫だった?」とバレーボール部で唯一顔と名前を覚えた先輩、及川先輩が駆け寄ってきた。

心配してくれたけど、練習を中断させるのも悪いので「大丈夫です!気にしないでください」と失礼のないように手短な返答をすると、痛いの残る背中に大きく手がふんわりっと優しく摩られた。

父親以外の男性の手を知らない。

恋愛なんてまだ先の事と思って考えてもいなかった。男性への免疫のない私の背中を、北川第一の中で最も異性に人気である及川先輩の手が触られただけで熱くなった。「おい、及川早く戻ってこい」と呼ばれた及川先輩は「ほんっと、ごめんねぇ」と言ってコートの中と戻って行った。

ボールがあったのが、私じゃなくて友人だったらもう運命だよ!っと言って目を輝かせていそうだなぁと彼女をみるともう既に及川先輩の虜になっている姿を隠す気はないようだ。


翌朝、朝練もなくいつもよりゆっくり登校すると、いつも授業中、うつ伏せの隣の席の男の子が別のクラスの友達と話していたので、挨拶をしないまま自分の席に着くと「はよ」と隣の席の男子からまた挨拶をしてくれた。

「……おはよう、」

今、お話している最中じゃなかったの?と少しだけ、視線を友人に向けた。お話し中ごめんなさいって意味だったのに、親しげに会話している友人が「昨日は災難だったな、花篭」と言った。

「…ぇ?」
「ほら、及川さんのサーブ痛くなかった?まぁ、何度かバウンドした後だったけど威力やばかったよな?」
「…俺、それでも、あの人のボール取りたくない」
「お前少しは取れよ」
「嫌だ」

私を置いて、二人で会話を始めているけど、え?なんで?及川先輩は、有名人だから知っていてもまぁ、納得。でも、私の背中にボールが当たったのは、昨日の事で、え、及川先輩と関わると一日でここまで広がるの?と脳内で情報整理をしても、一人じゃ情報が足りたかったので情報を求めるため、問いかけた。


「え、男子バレーボール部なの?」

そう聞くと隣の席に座っている男の子はいつも、眠たげな顔をしてなにを考えているか分からない人だと思っていたけど、今の顔はとっても、読み取りやすい。

「「は?」」

綺麗に息ぴったりで帰ってきた言葉と表情に「…ごめんなさい」と渋々返すと隣の席の男子の友人は「部員数多いからしょうがねぇよな」と笑ってくれた。

「俺、隣のクラスの金田一、男子バレーボール!よろしくな」
「あ、名前聞いたことある!」
「……素直だね、顔も覚えてもらえると嬉しいかな」
「あ、うん!もう覚えた!私、花篭ゆり、よろしくね」

マネージャー業ってやっぱり大変?とか金田一と話しているうちに朝のチャイムが鳴った。「じゃあ、また部活でな」と手をひらひらして、金田一は自分の教室へ戻っていた瞬間、この教室の、この一角だけが、やけに寒いなぁと思った。

冷たい視線を送り続けている席の男の子に目を向けるとさっきよりも眉間のシワが増えていた。


「俺の事はわかるよね?」
「…ぅ、うん!わかるよ?」
「へぇー」

疑った目でこちら見てくる…ので、思わず目を逸らした。覚えてないです、ごめんなさい。って謝ろうと心した時に、いつの間にか教卓の前にいた担任の言葉で救われた。


「今日の日直は、国見と花篭だからよろしくな」