07


「日直よろしくね、国見くん」

と謝ろうとしていた心は一瞬で消え去り、頬が緩むのを抑えつつ隣に向かって言うと大きなため息の後に「顔、隠せてないから」と言われた。

「人の名前、覚えてなかったんだから日誌よろしく」
「部活遅れないように頑張ります」


日誌ぐらいで許してもらえるならお安い御用ですと意気込むと「そうだね、頑張って」と一限目からうつ伏せになっておやすみになられた。

元から雑多をするほど仲が良いわけでもないので、国見に向けていた視線を黒板に向けた。
授業が終わり、ノートを取っている人が居ないか確認して、板書を消していく。

小学校のと比べて中学校の黒板は大きくて上の方を消すのが大変で椅子の上に乗って消した。五分をかからない日直の仕事を終えたらいつも通りのお休み時間。お昼休みも終わり午後の授業中に、「…花篭」と小さく呼ばれたので、こちらも小さく「何?国見」と返事をした。

するとこちらに向けていた目線が下がったり上がったりしているのに気づいた。

「…体調、わるいの?」
「ちがう」
「どうしたの?なんか、変だよ」

何度も言うけど国見とは、決して親しいわけではない。だから、いつも人と目を合わせたら、逸らしてしまう人なのもしれない。
ただ、午後の授業に国見が起きている所を私はみた事がない。心配しての言葉だったのに、少し彼の気に障ってしまったようで、ムッし始めた。

「花篭のが、変だから」
「え?なんで?」
「普通、椅子まで使って板書を消さない」
「…国見のように背が高くないから」

背が低い女の子はだいたい、あぁやってる、と少しムキになって返すと「…頼めばいいじゃん」と言われてえ?と声をあげて、開いた口が塞がなくなった。

「…そんな、驚く事?」
「あ、いや、ごめん。私の小学校、日直一人だったら…次は、お願いします」

すると、「うん」と言ってやっとお昼寝の体制に入った国見が、またこちらを向いてボソッと「…ごめん」と謝った。
日直を忘れるなんてよくある事だしそれよりも、国見の名前を今日まで知らなかった方が謝るべきなのに…彼はやる気がなくても律儀で優しい一面を知った。


この日から私は、国見に話しかける回数が増えた。国見の態度は、常に素っ気ない。でも、ちゃんと答えてくれる。それが嬉しくて、他のクラスメイト(男子)と話すより国見がいいと思った。

そして、中学生の恋愛の始まりもだいたいこんな感じ。他の男子よりも国見が、かっこよく見えてきた夏頃は、すでに恋に落ちていた。
でも、告白なんてできない。振られた時、友達でできた距離が無くなってしまうのが怖くて、言えず中学二年になった頃、部が一変した。

三年生は、引退しても遊びに来てくれていて、新体制にも慣れてきた四月、マネージャーが全員退部した。私をマネージャーに誘った友人も「ゆり、ごめん。及川先輩居ないなら続けられない」と言い退部した。

分担して出来ていたものが一人なると失敗ばかりで、空回りで、何度も部員に迷惑をかけた。

その時「ドリンク、ありがとう」って国見にとっては、ただのコミュニケーションだったのに私はそれだけでまた頑張ろうと思えた。
一人でもマネージャーをやりきりたい、と必死になってやっと、部員に迷惑をかけなくなった頃、もう既に部内の雰囲気は手遅れの状態だった。

マネージャーなのに、部員のことを見る余裕がなかった。

部内の雰囲気が悪い原因はすぐに分かった。でも、私まで彼を邪険にできない。

「影山、次のテスト大丈夫?」
「…まぁ、…たぶん」
「ダメなんだね!分からないどこ?」

こんなのじゃ償い切れないのに、マネージャーなのに気づけなかった罪滅ぼしの自己満足な行為を続けていた時、「あいつと関わらない方がいい」と国見に言われた。

部内の雰囲気がゴタゴタしていても、私の中での国見が好きという気持ちは消えていなかった。好きな人に、自分の行動を否定されるとこんなにも心が痛いのか、と知った。

国見だけには言われなくなった。それから国見とは距離を取るようになった。国見から、恋から逃げた。

三年生になったら部活以外での会話が無くなり、告白以前に、もう友人でもなくなってしまった。私の初恋は、終わったかと思っていた。


「花篭は行きたい高校、いけよ」

一緒に受験をしている時に、影山が私に突然そう言った。突然すぎて、言葉が出てこなかった。「…お前、行きたい所あるんだろう?」と言われて首を縦に振った。

「ありがとうな、教えてくれて」
「…っこんな事しか、出来なくて、ごめん」
「なんで、謝るんだ?」

影山はバレーが好きで大好きで、まっすぐな人間だから裏のない、その言葉が嬉しくて目頭が熱くなった。ここで、泣くのは違う。
まだ受験終わってないし影山の合格通知きたら一緒に泣いて喜べばいい!影山、泣くのかな?なんて思考を逸らさなきゃ零れ落ちてしまいそうで必死に、思考を巡らせている時に、一瞬で思考停止した。


「国見と上手くいくといいな」
「…えっ!?」
「好きなんだろう?」
「え?あ、うん…でも、もう告白する以前に友達でもないのかも」
「何言ってんだ?友達じゃなくても、マネージャーだろ?」
「え、うん、そうだけど…」
「高校でまた、頑張ればいいんじゃねぇーの?」

影山に励まされる日が来るなんて…と驚いた。
それから、受験勉強を二人で続けてた結果、私は第一志望校へ、影山は第二志望校へ入学が決まり、後は卒業式を待つだけ、という日に影山は「…おれ、明日来ないから」と言った。

どうして、と喉まで出かかったけど、声に出す前に引き止めた。

「じゃあ、今日でお別れだ」
「…そうだな」
「三年間、ありがとう」
「おぅ」
「また、私マネージャーやるから次は別ベンチで逢おうね」
「…絶対、俺が勝つ」

負けないよ?なんて、笑って、コートを出て行く時に交わしたハイタッチをして、一日早く影山とお別れをした。



そして、翌日、卒業式当日に終わりかけていた初恋がまた突然、動き出した。