すれ違う二人 前編  




「もっぺん言ってみろッ!!このボケ女がァ!!!」
「その口の悪さどうにかなんねぇのかって言ってんだよッ!カス!!!」

口の悪さで言ってしまえば女であるなまえの方が酷い物があった。
その事を彼女は理解していたが、元はと言えば、コイツが悪い。と言い聞かせ、棚に上げる。
どうしてなまえとギアッチョが掴み合いの喧嘩を繰り広げているかと言うと、時を少し遡らねばならない。

時は十数時間前まで遡る。
最近では仕事が忙しくて殆ど睡眠も息抜きも出来てなかったなまえは疲れがピークに達していた。
徹夜で任務をこなし、明け方アジトへ帰宅。
ほぼほぼ引き摺るように帰った彼女を出迎えたのは、プロシュートだった。

「よォ、遅かったな。」
「プロシュート、朝早いじゃん…」

帰宅し、ラウンジに姿を現すなまえの表情は疲れ切っていた。精神的に擦り切れる寸前まで自分を酷使してきたのは自覚があったが、彼女はみんなの様に手際のいい方ではない。いつもいつもチームの足を引っ張ってしまっている。そう考えていた。
だから、遅れを取るまいと何事にも必死だ。
そんななまえをプロシュートは見て、優しくこう言った。

「お前、今日は仕事無いんだろ?オレも今日はオフだ。とりあえず、今から寝てゆっくり疲れ取ったら少し付き合えよ。」

プロシュートの意図が見えなくて頭に疑問符を浮かべるなまえに、二カッと眩しい笑顔を見せてプロシュートはこう言った。

「どっかで甘いもんでも奢ってやるよ。この間、食いてえって騒いでたジェラートでもどうだ?どうせ忙しくて行けてねぇんだろ?」

先に言っておくと、プロシュートは甘い物は得意ではない。故に彼からそんな事を言い出すと言うことは、甘いもんでも食って元気だせよ。と、そう言っている。
満身創痍の心に染み渡る優しさになまえは少し涙を滲ませた。単純に嬉しかったのだ。

「ありがとうプロシュート!」

だからなまえは彼に甘えることにした。その選択が今思うと間違いだったのかもしれない。

疲れが祟ってか、昼前には起きて出掛けようと考えていたなまえは、気付けば時刻は昼過ぎに起床した。
時計を見て顔を青ざめさせるなまえはすぐさまベッドから飛び起きて、身だしなみを整えラウンジに出る。
すると準備を終えたプロシュートが既にソファで新聞を読んでいた。

「ご、ごめんプロシュート。待ったよね…?」

そう言うなまえに彼は

「気にすんな。オレも今さっき降りて来たとこだ。」

この男が超絶男女問わずモテる理由がなまえには分かった気がする。そんな事言われたりされたりした日には、女はコロッと落ちてしまう。
また、嫌味のない感じがそうさせてしまうのだろうと、彼女は感心した。
新聞を畳んで立ち上がるプロシュート。
仕事着じゃなく私服の彼はなんだか新鮮だった。
センスのいい衣服を身に付ける彼を見て、こりゃ女にモテないはずがない。となまえは妙に納得してしまった。



久々の外出で浮き足立つなまえを、少し後ろからプロシュートは眺めていた。
彼女は本当にドルチェの類に目が無い。
今向かっているジェラテリアもオープンして間もないにも関わらず、いち早く情報を掴みいつか絶対に出向こうと決めていた店だった。
余程楽しみにしていたのか、今日の朝までクタクタだったのが嘘の様になまえの表情と歩調には生気が戻っていた。

「お前、ほんと甘いもん好きだよな。」

プロシュートは呆れ半分に微笑んでそう言った。
そんな彼になまえは、うん!大好き!っと笑顔で返す。



「はぁ〜ん。美味しかったぁ…!」

ジェラテリアのイートスペースでドルチェを目一杯頬張ったなまえは、疲れなど完全に何処かへ消し飛んでいた。それはそれは満足そうである。
そんな彼女にプロシュートは呆れるでもなく、馬鹿にするでもなく、ただただ微笑ましいといった様子だった。

「そいつは良かったな。」
「ありがとね!プロシュート!」

二人笑いあって帰路に着く。
なまえは、明日からまた頑張ろうと心に決めたのだ。
彼女にとってとても良い息抜きとなった。
少し先を歩くプロシュートに、感謝。と心の中でなまえは合掌する。



なまえとプロシュートがアパルトメントに帰り着いたのは日没前だった。
帰宅してから早々、ラウンジでドラマを見ていたイルーゾォにリーダーが呼んでいた。と、そう伝えられる。
明日からの仕事の話だろうとそのままプロシュートとラウンジで別れ、リゾットの部屋まで赴いた。

「なまえには、明日からギアッチョと並行である任務に就いてもらう。」

彼は器用にノートパソコンのキーボードを叩きながら脇に控える書類の内容をなまえに伝える。
よく整理された部屋だが、机の上は別だった。
彼の机には、相変わらずの書類の山。
山の間から覗かせるその顔は仕事に追われ、険しかった。

「ギアッチョに内容を伝えてきてくれ。オレは見ての通り書類を纏めるのに手が離せない。」

彼が言うには、ギアッチョは自分の部屋から出てこないそうだ。
まぁ、珍しい事ではない。
なまえは手渡された書類を手に、階段を登った。
三階の一番奥の角部屋が彼の部屋だ。
ギアッチョの部屋の前まで来て扉をノックする。
暫くして扉が開かれたが、彼の眉間には深い皺が刻まれていた。

「…何の用だよ。」

頗る機嫌の悪いギアッチョは、普段より三割増で声が低い。
しかし、この時のなまえには彼が不機嫌な理由など皆目見当も付かず、いつもの事だと呑気に考えていた。

「明日の任務の事伝えに来たんだけど…、今いい?」

暫く黙っていたギアッチョは部屋の扉を開けて中に入る様に促した。
立ち話も何だと考えての事だろう。
なまえは彼の部屋に足を踏み入れる。

「それで、先にギアッチョが此処に潜入して…、わたしが別行動…、ギアッチョのターゲットはこいつ。で、それから…ー」

部屋に入るなり早速、なまえはローテーブルに資料を広げながら内容をギアッチョに説明していく。
地図、構内図、ターゲットの情報…彼女の指は只管に資料をなぞっていた。
元々なまえはキャパシティの許容量は多い方ではない。その割に、仕事になるとストイックになる。
とにかくメンバーの足手纏いにならない様に必死だった。
しかしそんななまえも、プロシュートのおかげで今日はよく口が回る。

「…随分元気だなァ〜」
「え?」
「そんなに楽しかったかよ?え?」

ずっと黙りこくっていたギアッチョが漸く口を開いたと思えば、責めるようにたたみかけた。
口ぶりから、昼過ぎに出掛けていた事を言っているのだろうが、何故怒りの矛先が自分に向いているのかなまえは、理解できずにただただ狼狽えた。
ギアッチョは、そんな彼女の様子が気に食わないのか更に言葉をぶつけてくる。

「てめーは、慰めてもらえりゃあ誰だって満足出来る尻軽女だもんなァ〜?」

この一言が地雷だった。
ギアッチョがキレやすいのは周知の事実であり、今に始まった事では無かった。
しかし、もともとなまえは気の長い方ではない。故にギアッチョの一言は彼女の血管を切るには充分だった。

「なんなのアンタ!さっきからその態度!!!わたしが、一体アンタに何したってのよ!!」

理不尽な怒りをぶつけられた挙句、悪口雑言をぶつけられて、怒らない人間はいない。
ただ、問題なのはなまえのキレ方が可愛いものではないということだった。
ここからは互いに怒鳴り合いが続き、冒頭に至る。
なまえはギアッチョに馬乗りになり、ギャアギャア罵詈雑言を互いにぶつけ合う。
売り言葉に買い言葉。放った言葉に上乗せするように吐かれる暴言。
もう、ほとんどお互い引っ込みがつかなくなっていた。
ギアッチョが悪い。そう言い聞かせながらも、優しく理由を聞いてやれない己になまえは、自己嫌悪した。
そんな彼女に追い討ちがかかる。

「クソビッチが…、オレまで巻き込んでんじゃあねーぞ。」

それを聞いてなまえは、頭に上った血が今度はスーッと冷めていくのを感じるとギアッチョの胸倉を掴んでいた手を緩める。
怒りに任せて逆上していた脳は、遂に怒りより悲しみをインプットしてしまった。
言われた相手が相手なだけに、これは堪えるものがある。
今更ではあるが、なまえは密かにギアッチョに想いを寄せている。
そんな相手から、あろう事か女として一番言われたくない言葉をぶつけられてしまい、殆ど思考が停止した。
まだ何か返して来ると思っていたのだろうギアッチョは、突然静かになったなまえを怪訝に見てそしてギョッとした。
そんな事に構ってられる程もはや余裕もなく、なまえは馬乗りになったギアッチョから退く。
とにかく彼女はこれ以上みっともない姿をを彼に晒したくはないと動かない頭で考えた結果だった。

「お、おい…」
「もう、知らないから」

そのまま彼の顔を一切見ずに彼の部屋を後にした。