「好きだ!」
「………え、誰が誰を好きって…?」
人気のない体育館倉庫裏にて、よく見られる光景。
正に青春を謳歌する箱根学園一年、東堂尽八の今世紀最大の告白は、ド天然満載な台詞にて幕を閉じ…
「閉じるかあああ!」
「えっ、何?」
「いや、今のは気にしないでくれ。〜っそうじゃなくて、オレ、東堂 尽八が君、間宮 千里の事が好きだと言ったんだ!」
「…嘘でしょ?冗談はそのカチューシャだけにして」
「カチューシャは関係ないだろ!カチューシャは!」
片足で地団駄を踏む東堂に顔を顰める少女。
しばし漫才のようなやり取りを繰り返すは、間宮 千里と東堂 尽八。
「きみ、自転車部で女子人気が凄いんでしょう?自転車に全く興味無いわたしでも噂を耳にするくらいよ。」
「あぁ、天は俺に二物も三物も与えたからな!」
「なら、他にもいい子沢山居るじゃない。わたし、きみの事良く知らないし…何より軽い人って嫌いなの。」
キッパリバッサリオーバーキルを悪びれる様子もなくかますは東堂と同じく一年の間宮 千里。
容姿端麗成績優秀だが如何せん、彼女は色恋どころか対人に疎い。
その上クールでドライな性格から、彼女に誰一人寄り付こうとしなかった。
だから、千里は目の前のこの男が何故自分に好意を寄せるのか全く理解出来ずにいる。
それどころか揶揄われているとまで考えていた。
「ふむ…。オレの事をよく知らないならこれから知っていけばいい。それ故に軽い気持ちで告白してると思われても仕方がないな。」
しかし、目の前の男は諦める所かどこか嬉しそうに話し出す。
「一年後。」
千里に向かって東堂は人差し指を一本立ててこう言った。
「一年後の今日、また君に同じ言葉を掛けよう。それまで返事を先延ばしにして欲しい。」
それを聞いて千里は心底バカバカしいと感じる。
人の心は常に動くものだ。
千里には、目の前の男が一年も同じ人物だけに好意を向けていられるとは到底思わなかった。
しかし、目の前の男は自信たっぷりの様子で千里の言葉を待っている。
「わかった。精々、誠心誠意その言葉を嘘にしないように頑張って。」
ま、だからと言って成し遂げたとしてOKとは限らないけど…彼女は、そう付け足す。
可愛げの欠片も無い千里のその言葉を聞いた東堂は、それはもう嬉しそうに目を細めたのだった。
そして、翌日から彼女にとって地獄の毎日が始まる。
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「あのねぇ…」
「どうかしたか?間宮 千里。」
昨日ハッキリと振った筈だよな?と頭を抱える千里を他所に東堂は違うクラスにも関わらず、態々彼女のクラスまで足を運び何なら今、千里の前の席に腰掛けてああでもないこうでもないとその口からは話が途切れる事は無かった。
「なんで、きみが此処に居るの」
「なんでって…、オレの事を知ってもらおうと思ってな!」
昨日の彼から出された条件を飲んでしまった事を早速後悔する千里だったが、そんな彼女の様子は気にするでもなく中断した話の続きを話し始める東堂。
その口から飛び出るのは己の武勇伝。
しかも、とびきり回りくどくとびきり話が長い。
生まれた所から始まる彼の話に、千里は頭痛すら覚えていた。
(もしかして…、これが毎日、続くの…?)
まだ良く知らない人物ではあるが、やりかねない…と、彼女は顔を青くした。
新手のストーカー被害に悩まされるも、確かに昨日は彼を知らないからと、軽い男は嫌だと断った。
であるならば、その問題点をクリアすればいいだけだと目の前の男は前向きに考えたようで…、口は災いの元とはよく言ったものだ。
「一限目、移動教室だからそろそろ帰って」
「む…、そうか、なら仕方ない。」
また来ると告げて教室を出ていく彼を、千里は見もしない。
(靡かない女が物珍しいだけでしょ)
であるならば、とことんまで相手に興味を示さなければいい。
その内諦めて違う女に照準を合わせるだろう。
これは、忍耐の勝負だ。
そう悟った千里は、腹を括った。
(お生憎様、忍耐には自信ある方なので)
そう心の中で独りごちた後、机の中の教科書を取り出して、一限目の教室へ向かった。
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(とは言ったものの…)
毎日休み時間の度に千里の元に現れては東堂の武勇伝を只管聞かされる苦痛は計り知れない。
現在第一章の十五話だと言うではないか、一体何章あるのだ…、途方も無い。
「どうした?間宮 千里」
「色々ツッコミたい所はあるけれど、まずその間宮 千里って呼び方どうにかして。」
「ふむ…、じゃあ、なんと呼ばれたい?」
「好きに呼んだらいいじゃない。」
彼女の受け答えに嬉しそうにする東堂を見て、何がそんなに嬉しいのかと呆れる。
「だったら、千里と呼ばせてもらおう!」
「…好きにしたらいいじゃない。」
「オレの事も名前で呼んでもらって構わないぞ!」
「遠慮しとく」
千里にとっては理解不能だった。
こんな素っ気ない上に可愛げの無い女にわざわざ構う理由と、冷たくあしらわれているにも関わらずどうしてこうも嬉しそうなのか。
怒り出すか、離れていくかしてもいいものを…、今まで彼女が関わってきた人間のどれにも当てはまらない彼に千里は僅かながら混乱していた。
彼女の中では、東堂尽八は有象無象の枠組みからは外れた所にカテゴライズされている。
それがいい事であるかは謎として。
東堂の話に適当に相槌を打っていると、予冷を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「もうそんな時間か…。少々名残惜しいが、戻るよ。」
また来ると告げて教室を出ていく東堂を、千里はやはり一瞥もしない。
東堂が教室を出ていくと入れ替わる様にクラスメートの一人が千里の席に近付いた。
「間宮さん、最近東堂くんと仲良いよね」
「仲良いというか、向こうが勝手に来るだけ」
「そ。東堂くん、みんなに優しいからあまり勘違いしない方がいいよ。」
「勘違いも何も…」
そもそも自分だけにああだとは思っていない。
そう言いかけて千里は口を閉じた。
変わりに別の言葉をクラスメートに放つ。
「わたし、そういうの、興味無いから安心して。」
千里の一言に眉間に皺を寄せるクラスメートは、そのまま女子の輪に戻って行った。
間宮さん相変わらず感じ悪いーなどと話し声がうっすら千里の耳に届くのもお構い無しに。
(言葉を選んだつもりだったのだけど…)
しかし千里は、すぐに興味無さそうに窓の外を眺めた。
(雨が降りそう…、今日は早く帰らなくちゃ)
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「早く帰りたかったのに…」
現在天候は土砂降りの雨。
千里は未だ校内に居た。
文化祭が近いこの時期は生徒会役員は何かと忙しい。
千里は、役員の仕事を押し付けられて帰れずにいた。
彼女が役員に就く時もそうだった。
誰もやりたがらない仕事だから「間宮さんがいいと思いまーす」などと勝手に立候補された挙句、自分がやると言わなければならない空気になり渋々生徒会役員になったのだ。
(ほんと、人って嫌い。)
家に帰れば腹を空かせた弟がいるというのに…。
千里の家庭は少し問題があった。
間宮家は、父子家庭。
父は子会社の社長を務める為、多忙故に家にいない事が多い。
だから、家事全般は千里が担っていた。
本来ならば、学校の行事に参加している場合ではないのだ。
(やること多すぎ…)
制服のポケットから携帯を取り出し、弟に帰りが遅くなる事をメールで知らせる。
(雨は嫌い…、あの日も…雨だった…)
誰も居ない生徒会室で、千里は物思い耽る。
手元のプリントにはクラスの出し物が纏められていた。
それをシャープペンシルでトントンとリズムを刻む。
その音と雨の音がただただ重なっていた。
「まだ弱まらないか…」
役員の仕事を片付けて帰ろうと玄関口まで足を運んだが、雨は弱まるどころか更に強くなっていた。
予報では夕方から雨の為、振る前にさっさと帰るつもりでいたので傘を持ち合わせていない。
しばし立ち往生していたが、意を決し濡れる覚悟で屋外へ飛び出そうとする。
「コラコラ、千里!」
背後から呼び止められて振り返るとそこには髪を濡らした東堂が立っていた。
「東堂まだ居たの」
「オレは、自転車部の部活だったからな」
「こんな雨でもやるんだ…」
「基本、ロードはオールウェザースポーツだからな!まぁ、こういう日は普段筋トレとかになるんだが」
今日は何だか登りたかったんでな。
そう言われ、千里は彼の髪が濡れている事に納得する。
「濡れるのとか一番に嫌がりそうなのに」
「ワハハ!否定はしないがな!」
そう笑いながら、手に持った黒い傘を千里に差し出す東堂。
千里はその傘をじっと見詰めた後、東堂の顔を見上げた。
「きみが濡れるじゃない」
「なぁに、どうせもう濡れてる。」
そう言って千里に傘を握らせると自分はそのまま鞄を雨避けにして走り去っていってしまう。
その背中を見送りながら千里は一言零した。
「ありがた迷惑ってやつよそれ。」