恋の行方は幾許か






「東堂、昨日はありがと」

今朝は、珍しく登校時間が重なった東堂と千里。
自分の下駄箱で靴を履き替える東堂を見つけ千里は、彼の元まで歩み寄り昨日借りた黒い傘を差し出した。

「濡れたりしなかったか?」
「きみこそ、風邪とか…、あぁ、馬鹿は風邪ひかないんだったわね。」

憎まれ口を叩かれるも東堂は笑って傘を受け取った。

「あと…、何かお礼をしたかったのだけど…、わたしきみが喜ぶ物とか分からなかったから…これ…」

そう言いながら鞄から取り出された物を見て東堂は固まる。

「とりあえず、わたしのお気に入りなの…予備あるからどうぞ」

彼女の手のひらにちょこんと乗るは、キャラクターが付いた根付けのストラップ。
しかし、東堂が固まったのにはこのキャラクターにある。
俗に言うゆるキャラと呼ばれるキャラクターなのだが、まぁ可愛くない。
巷で流行りのキモいゆるキャラ…、なんならちょっとグロい。

「このゆるキャラはね、知名度が低いんだけど、ここが可愛くて…」

手に乗ったストラップの細かな部分を指差しながら解説をするが、東堂には全く理解が出来ないでいた。
しかし、少し楽しそうに話す彼女を見て心穏やかになるのもまた事実。
しかし黙ったままで何も返さない東堂を見て千里は少しだけ眉を下げた。

「あ…そうよね。わたしが好きなものをきみが好きとは限らないものね。」

そう言いながらストラップを鞄に仕舞おうとする。
東堂は、そのストラップをひょいとつまみ上げて一言。

「千里がくれるというのなら有難く頂戴しよう!」
(ああ、この人は…)

そう言って笑う東堂を見て、千里は笑顔が本当に似合うと感じた。
よく喋るし、よく笑う。
人当たりも良く、何もかもが自分と正反対だと千里は東堂と照らし合わせてそう思う。

(いよいよ、わたしの何がいいのかわからない)

下駄箱で一旦別れるも、東堂は自分の荷物を教室に置いて毎度の事ながら千里の教室に足を運ぶ。
千里の前の席に腰掛けああでもないこうでもないとお喋りを続ける東堂をそっちのけに、千里はノートに文字を書いていた。
昨夜帰りが遅くなってしまった為、出された課題を片付けられなかったので本鈴がなるまでに済ませようとしているところだった。

「む…、千里は綺麗な字を書くな」

千里の手元のノートを覗き込んだ東堂が不意に口を開く。

「わたし、習字を嗜んでいた事あったから。」

千里は、手元のノートから一切視線を外さず答える。
東堂も彼女の手元をじっと見詰めていた。

「字は人を表すと聞いた事がある。美しい字を書く千里もまた、美しい人間なんだろうな」
「きみ、よくそんな恥ずかしい事平気で言えるわね。」
「恥ずかしいだろうか?オレは、今日千里自身の事を知れて嬉しいぞ?」

言われてみて初めて気付く。
確かに、自分の事を彼に話した事は今まで一度だってなかった。
頬杖を突いて嬉しそうに目を細める東堂を前に迂闊だったと千里は口を閉ざす。

(なんなんだ…まったく。)

彼と関わり出して、調子を狂わされっぱなしであることに気付く。

(はやく…諦めてくれないかな…)

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千里の日常のうちの一つ。
それは昼休み、中庭での昼食タイムだった。
彼女は、教室で昼食を摂らない。
教室では女子たちが机をくっ付け合って楽しげにランチタイムを楽しんでいる中、一人で昼食を摂る気になれないからだ。
そして何より

「ここに来れば、きみに会えるしね。」

ベンチに腰掛け弁当を膝の上に広げる千里の傍らには、箱根学園に住み着く野良猫が一匹。
この黒猫、なかなか人に懐かないのだが、何故か千里にはよく懐いている。
その黒猫の背を片手で撫ぜながらのランチタイムは、彼女の日常の一つだった。

「餌をあげてるわけでもないのに、きみも毎日飽きないわね」

そう言いながら喉元をひと撫ですれば、黒猫はごろごろと喉を鳴らした。
千里は穏やかに笑って撫でていたが人の気配を感じた猫はベンチから飛び降りるとそそくさと草陰に入っていってしまう。

「珍しいな。あの猫、真波以外には懐かんのだがな」
「またきみか…」

先程まで猫を撫でていた左手は空を掻く。
あからさまに眉を顰めた千里は、話し掛けて来た人物を睨むように見た。

「千里は動物にも好かれるんだな!」

そう笑って東堂は千里が座るベンチの端に腰掛ける。

「動物は好きよ。人と違って嘘を吐かないもの。」

そう言いながら膝の上の弁当箱を片付け始める千里を横目に、東堂は穏やかに笑う。

「人は言葉を話すから色々と複雑だ。」

穏やかな彼の声色は、さわさわと風に撫でられ音を奏でる木々の葉と調和する。
秋の空を眺める東堂は、何処か楽しげだ。

「だから、嘘も吐くし、騙したりも出来る。だが…」

不意に言葉を切られ、千里は風呂敷を結ぶ手を止めた。

「言葉を話す事が出来るからこそ、愛を囁いたり真実を述べる事もまた可能だ。」

悪いことばかりではないさ。
そう言って笑う東堂の表情が千里の脳裏に焼き付いた。
口ではなんとでも言える。そんなことは綺麗事だ。
しかし、東堂のその笑顔はとても綺麗な顔だった。
そして、千里は思う。
この人、黙ってたら美形だしイケメンなのに…と。

(残念なイケメンって東堂の事を言うのかしら)

哀れ東堂。
彼の想いが通じるのはまだまだ先である。

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「今日は掃除当番…ね。」

毎日交代で決められる掃除当番。
数人が当番になる筈が、全員千里に任せて先に帰ってしまった。
教室の後ろに寄せられた机と椅子を恨めしそうに睨む千里は、しかしきっちり任せられた仕事は熟している。
無責任を嫌う彼女は、決して自分で投げ出したりはしない。
それを知ってか知らずか、他のクラスメートはいつも面倒事を千里に押し付けていた。
静かな教室で、床を掃く音が響く。

「千里?」

換気を目的に開けられた窓から東堂が覗く。
しかし、声を聞いただけで誰かすぐに判断がついた彼女は廊下を一瞥もせず黙々と床を掃き続けていた。

「掃除当番は数人でやるものじゃないか?」
「皆先に帰ったわよ。」
「ふむ…」

それを聞いた東堂は、徐に教室に足を踏み入れ、後方に置かれたロッカーから箒を一本取り出した。

「何してるの」
「一人では大変だろう。オレも手伝おう。」
「やめて。わたし、きみに借りを作りたくない。」

冷たく言い払われるも東堂は気にせず千里と逆方向の床を掃いていく。

「オレが手伝いたいと思ったから手伝うんだ。貸しだ借りだと気にする必要はないさ。」
「…きみ、これから部活あるんでしょう?こんな事やってて遅れたらまずいでしょ。」

千里は不器用だ。
先の突っ撥ねた理由もここにある。
自分のせいで他人に迷惑を掛けるわけにはいかないと考えたからこそ東堂の申し出を断った。
それを理解していたのだろう東堂は、穏やかに笑う。

「なに、自分も掃除当番だった事にすればいい。嘘は吐いていない。」

こうなった東堂は、何を言っても引かない事を少ない時間の中ではあるが千里は知っている。
盛大に溜め息を吐いた彼女は、好きにすればいいじゃないと零した。
きっと、誰にでもこうなのだと思うと素直に喜べない自分がいる。
恩着せがましくなくて助かってはいるが、千里は複雑な気分だった。

「よし、粗方終わったな!机はオレが戻しておこう。千里はゴミを捨ててきてくれ。」
「…どうも」

言われ、ゴミ袋を手に教室を出た。
玄関口へ向かう階段の途中、彼女に掃除当番を押し付けた生徒数名と擦れ違う。

「間宮さん、ちゃあんと掃除してくれてるんだね〜」
「ご苦労様」

擦れ違いざまに言い放たれる嫌味に、ぴくりと反応を見せる千里は、進めていた歩を止めた。

「きみたち帰ったんじゃなかったの。」

ゴミ袋の結び目をキツく握る千里。
その一言にクラスメートは、はぁ?と声を漏らした。

「ミカコが忘れ物したの取りに戻ってきたのとあと、間宮さんがサボらず掃除してるか確かめに来たんじゃん」
「じゃないと私達まで先生に怒られちゃうからさ〜」

何処までも身勝手な物言いに千里は呆れて反論する気も失せてしまう。

「一応ちゃんと掃除したから。満足でしょう?」

そう言い放ち、千里は玄関口まで歩を進めた。
背中でほんと間宮さんって感じ悪いだ何だと受け止めながらも、振り返る事はない。

(さっさと帰ろう。)

これ以上他人と関わりたくないと考えた千里は足早に靴を履き替え、ゴミ捨て場まで向かった。
ぽすっと音を立てゴミ捨て場にゴミ袋を捨ててそのまま帰ろうとするがここで気付く。

「…鞄…、持ってくれば良かった。」

渋々教室に荷物を取りに行く。
東堂の事だろう、まだどうせ教室に居るだろうしそうなると先程のクラスメートと鉢合わせにもなっているだろう。

(面倒な事にならなきゃいいけど…)

重い足取りで教室まで戻る千里。
階段を上って廊下に出ると微かに話し声が聞こえてきた。
楽しそうに談笑する東堂とクラスメートの声。
その楽しげな声を聞いて千里の心はチクリと痛む。

(ほらね、誰にでもそう。)

そのまま教室の扉を開け放って千里は室内へ足を踏み入れる。

「ああ、千里遅かったな!」

話を中断させて千里へ話し掛ける東堂を一瞥もしないまま自分の席の横に引っ掛かった鞄を彼女は手に取った。

「東堂、手伝ってくれた事にはお礼は言うけど、本当に余計な事しなくて大丈夫だから。」

そう言い放ち、教室を出て行く千里。
その様をクラスメートは唖然とする中、東堂だけは感慨深くふむと唸った。


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