3話
わたしが食専に入学したのは言わば修行というやつで
実家の和菓子屋を少しでも支えられたらって思った。
独学じゃあ学べる事も限られてくるし、腕を上げるには食専に入るのが一番の近道だと思ったからだ。
でもわたしの前に立ち塞がったのは技術でも知識でもなく、言葉の壁だった。
こっちの人には関西弁というものはキツく聞こえるそうなのだ。よくわからないけど
英語が喋れないと外国で暮らせないように、こっちで関西弁を使うということは其れに等しかった。
その事に気付いてからかな。わたしが標準語を使うようになったのは
「ねえ、立花ー。カニ咥えた先輩知ってる?」
「雲居さんでしょ。」
教室に向かう途中であろう立花をひっ捕まえて質問攻めにする。
立花は少々うんざりした様子だ。マスクで全貌は見えないけどきっとそう。
「げげ…、立花でさえ知るレベルなのにわたし全っ然知らなかったんだけど」
「君ってニュースとか見ないタイプでしょ」
「え?全然見ないよ」
「そういうところじゃないの?」
意外も意外だ。
スパイス以外興味が無さそうなのに…
いや、そこまで有名人だと言うことなのだろう…何故わたしは1ミリも知らなかった!
「というか何でそんな事聞くの」
「饅頭をねー…食べてくれなかったの。」
「…分かるように言ってくんないかな」
「あ、饅頭は関係ないっていうか。…あの人がどんな人なのか気になるというか…」
「それ俺に聞くのが間違ってる。あの人がどういう人かなんて俺も知らないよ。」
「そっか、そうだよねぇ…。」
「守屋君に聞いてみれば?」
「…なんで守屋?」
「守屋君、寮暮らしなのは知ってるよね?その先輩と同室らしいよ。」
これはおったまげた。
そうだったのか。これはかなり有力な情報だ。
今までわたしが耳にした彼の情報はあくまで噂程度のもの。
これが同室の者から話を聞けるとなると全く別。
その人がどう思ったかが分かる。
さらに守屋は同じ学年、クラスメート。
ツキが回ってきた!
…搾り出してやる…カニの情報、全て!!フハハハハ!
「…どうでもいいけど、気合い入ってるね…」
−−−−−−−−−−−−−−−−
情報によると守屋は実習室に篭っているそうだ。
善は急げである。実習室へ行ってカニの事聞こう。そうしよう。
この間そこそこ酷い事を言われたにも関わらず、何故そこまでして彼を知ろうとするかというと…
単純に興味が湧いた。ただ、それだけだ。
実習室に来てみると其処で守屋はせっせと何かを作っている。
それにしても凄い集中力だ。
わたしが部屋に入って来たことに気付いていない。
何を作っているのだろうと覗いてみるも気付かない。
「溶き卵にフライパン…米類は見当たらないから、オムレツかな?」
「っわ!!…びっくりした…」
「守屋、一生懸命オムレツ作ってんの?」
「え、うん。課題、なんだよね」
オムレツが課題か。
確かにオムレツって材料も作り方もシンプルだけどコツがいる料理だし、課題には最適かもしれない。
「うちの家ではオムレツにすき焼きのタレで味付けした挽肉入れて和風オムレツにするよ」
「へー、面白いねそれ」
「すき焼きのタレって一から作ると難しいんだ。醤油は120cc、砂糖60cc、みりん60cc、そこに日本酒を150ccってのが甘過ぎず辛過ぎない黄金比。これがあれば大抵の日本食は美味しく作れる万能のタレなんだよねー。」
「近重さん、日本食好きなんだね」
「そりゃあわたし、日本食選考だからー、って!?ちっがーう!」
「え!?なに!?」
わたしはそんな事を話しに来たんじゃないだろうこの日本食馬鹿!
カニだよ!カニ!
本来の目的を忘れてしまうところだった。
目的を遂げる為、ずいと守屋に詰め寄った。
「守屋ってカニ…いや、雲居先輩と同室なんでしょ?
あの人ってどーゆー人なのか聞きにきた。」
予想外だったのか守屋は見事なキョトン顔。
「え?雲居先輩?なんでまた…」
「これにはふっかーい事情が御座いましてだな。」
「…凄い人だって事以外は僕も良く知らないんだ」
本当は深いもクソもないんだけどね!
しかし、守屋はオブラートに包んでるけどやっぱり雲井先輩って噂通りの人って事?
「ほぼ無理矢理なんだけど、あの人の助手やっててさ。料理の腕はプロを超えてると思う。」
「凄い人だわそれは。」
「医者、みたいなんだよね。料理で食べた人の体調整えたり出来るんだ」
‐食べた人が元気になる料理を作りたい。‐
それが小さい頃からの夢だった。
でも、わたしが言う元気ってのは心の方で身体の方ではなかったのだけど
もし、料理で体調を整えたり出来るなら料理の概念が変わる。
「ほんとにあの人、おもしろいわ。」
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