夏の夜空に浮かんだ夜明け
ガコンと重い音を立てながら取り出し口に缶が落とされる。
それを手に取り亮介は、プルタブを起こすとプシッと耳触りの良い音が鳴った。
缶を口に付け少し傾けると、部活でカラカラになった喉が潤っていく。
二人は、学校の敷地内に設置された自販機の前まで場所を変えていた。
此処はあまり人が通らない。故に話をするには打って付けの場所だった。
亮介は、缶をある程度傾け終わると、奏に向き直り話掛ける。
「話って?」
そう声を掛けられ、奏はゆっくりと息を吸って静かに口を開いた。
「わたし…、亮介さんの事が、…好きです。」
奏のその言葉は、木々のざわめきの中に溶け込んでいく。
亮介は、自販機に背を預けながらその言葉を聞いていた。
彼は、彼女が自分に好意を寄せている事を知っている。
それは、楓の態度を見れば一目瞭然だった。
「気持ちは嬉しいけど、俺、他に好きな奴居るから。」
その言葉を聞いた奏は、目を大きく瞠った後直ぐにその瞳を細めて言う。
「意外です…。てっきり断るなら、野球に集中したいとかそんな理由で断ると思っていたから…」
「それじゃ納得しないでしょ?それに…」
先ほど自販機で購入したスポーツドリンクを、親指と中指で摘まんでぷらぷら揺すりながら亮介は、不意に口を閉ざす。
奏は、自販機が放つ蛍光灯の光で僅かに逆光を浴びる彼の顔を、黙って見つめながら次の言葉を待った。
真夏なのに今日は、風が強い。
ザァッと二人の間を生温い風が、夜の夏の匂いを連れて吹き抜けていく。
「お前が好きなのは、厳密に言えば俺じゃない。」
「………春市くんにも、似たような事を言われました。」
奏が、困ったように笑いながらそう言うと亮介は、またも口を閉ざした。
想いに答えられない後ろめたさや、想いを告げてしまった後ろめたさはあれど、互いの感情は緩やかだ。
実に静かなひとときであった。ただただ自販機の光が二人を照らしている。
「亮介さん、振って下さって…、ありがとうございました。」
奏は、それ以上何も言わない亮介の気持ちを察してこの話を切り上げようと深々と頭を下げた。
亮介は、それをただ黙って見つめる。
顔を上げた時、奏はどんな顔をしているだろうか?
涙を流すだろうか、それとも困った様に眉を下げるだろうか。
しかし、顔を上げた奏の表情は亮介の考えたそれのどれとも一致していなかった。
「なんだ…、そういういい顔も出来るんじゃん。」
また、ペコリと軽く会釈をしてその場を去っていく奏の背を見つめ、亮介はボソリと一言零したのだった。
「お姉ちゃん。わたし、亮介さんに告白したの。」
「…えっ!?」
帰宅後、自室で勉強机に座り、参考書と睨めっこする楓の背中に向かって奏は投げかける。
すると、驚いた様にこちらに振り返る楓。
その様が面白かったのか、クスクスと奏は笑った。
「振られちゃった。」
「え…」
また、次に奏から飛び出た言葉に楓は、言葉を失った。
暫く視線を泳がせながら掛ける言葉を探す楓。
「あ、あんにゃろ、こんな可愛い妹振るなんて、明日とっちめて…」
「お姉ちゃん。」
明日とっちめてやる…と、そう言葉を並べようとしていたが、奏の呼びかけによりそれは最後まで放たれる事はなかった。
「わたしがこう言うのも何だけどさ。自分の気持ちに素直になりなよ。」
「…奏…?」
「わたしね、知ってたんだ…。」
「し、知ってた…て、何を…」
無意識に楓の額を汗が伝う。
彼女が今まで誰にも打ち明けずに胸の内に秘めていたもの…それが露見することを恐れた為だった。
「お姉ちゃんが、亮介さんの事好きだって事。」
「なっ…ななな…!?!?」
楓にとっては衝撃の一言に、目が零れ落ちるんじゃないかというほど見開いて顔を赤面させた。
その慌てぶりに、楓は椅子から転げ落ちそうになるのをすんでのところで踏みとどまる。
そんな姉の様子を意に介する事もなく、奏は言葉を続けた。
「ごめんね。」
少し伏し目がちにそういう妹の様子を見て、楓は少し冷静になる。
「知ってて、お姉ちゃんに相談した。知ってて、亮介さんを好きになったの。」
ごめん。
もう一度放たれた謝罪の言葉に楓は、優しく笑う。
そして、言った。
「謝る事じゃないよ。奏が誰を好きになったってそれは、自由だから。大好きな妹と大好きな人が幸せならそれでいっかなって。」
「お姉ちゃん…」
「ここまでは綺麗事。」
一度伏せた目を、奏へと向け直す楓。
「本当は、不安でしょうがなかったよ。正直言ってホッとしてる。わたしこそ、ごめん。」
「ううん。わたし…不思議とスッキリしてるんだ。振られて良かった。」
そう言って、悪戯っぽく笑う奏と楓。
二人の仲は、こうして元より強固なものになった。
「わたしね、初めて自分から行動できた。今までずっと、お姉ちゃんに頼ってきてたわたしが、初めて自分から動けたの。」
「そうだね…。奏ももう高校生だもんね。子供じゃない。でも、お姉ちゃん頼ってもらえなくなっちゃうのは寂しいなぁ〜…」
「もう…。またそんな事言う」
「へへっ、ごめんごめん。」
二人は場所をベッドに移し、二人で腰掛け談笑していた。
幼い頃の思い出話や、武勇伝。実はあの時あんな事があった…など。
今まで互いに抱えていたもの、不安な事、何もかも打ち明け合う。
「わたしもね。奏が羨ましかった。」
「…え?」
「わたし達、お互いに無いものを持ってるんだね。それって、二人揃えば最強って事だよ!」
「…お姉ちゃん。」
両の手で握り拳を作り、それを縦にブンブン振り回す楓に、奏はクスリと笑を零した。
その姉の両の手の拳を優しく握り込み、妹は言う。
「大好きだよ。」
「わたしだって、負けてない。」
額と額をくっつけ合って、笑い合う。
きっと、明日からまた二人は一緒に登下校するようになる。
「お姉ちゃん。」
「ん?」
妹の呼びかけに素直な反応を見せる楓。
「ちゃんと、亮介さんに気持ち伝えなきゃダメだよ?」
「えっ!?ほ、ほら!今は、甲子園に向けて試合三昧だし!?大事な時期に気を散らせる訳にはいかないしそれに…」
まさかその話題になるとは思っていなかったのか、顔を真っ赤にして慌てる楓。
視線を泳がせ手遊びをしながら放たれる言葉は、実に言い訳じみたものだった。
きっと、まだ楓の中で後ろめたい気持ちがあったからだろう。
それを知ってか知らずか、奏は一つトーンを落とした。
「お姉ちゃん。」
「奏…?」
「ちゃんと伝えなきゃ、ダメ。」
「わ、わかったよ〜…。時期が来たら、ね?」
絶対だよ?そう言って姉妹で絡められた小指の約束。
それが果たされるのはもう少し後の話。
それを手に取り亮介は、プルタブを起こすとプシッと耳触りの良い音が鳴った。
缶を口に付け少し傾けると、部活でカラカラになった喉が潤っていく。
二人は、学校の敷地内に設置された自販機の前まで場所を変えていた。
此処はあまり人が通らない。故に話をするには打って付けの場所だった。
亮介は、缶をある程度傾け終わると、奏に向き直り話掛ける。
「話って?」
そう声を掛けられ、奏はゆっくりと息を吸って静かに口を開いた。
「わたし…、亮介さんの事が、…好きです。」
奏のその言葉は、木々のざわめきの中に溶け込んでいく。
亮介は、自販機に背を預けながらその言葉を聞いていた。
彼は、彼女が自分に好意を寄せている事を知っている。
それは、楓の態度を見れば一目瞭然だった。
「気持ちは嬉しいけど、俺、他に好きな奴居るから。」
その言葉を聞いた奏は、目を大きく瞠った後直ぐにその瞳を細めて言う。
「意外です…。てっきり断るなら、野球に集中したいとかそんな理由で断ると思っていたから…」
「それじゃ納得しないでしょ?それに…」
先ほど自販機で購入したスポーツドリンクを、親指と中指で摘まんでぷらぷら揺すりながら亮介は、不意に口を閉ざす。
奏は、自販機が放つ蛍光灯の光で僅かに逆光を浴びる彼の顔を、黙って見つめながら次の言葉を待った。
真夏なのに今日は、風が強い。
ザァッと二人の間を生温い風が、夜の夏の匂いを連れて吹き抜けていく。
「お前が好きなのは、厳密に言えば俺じゃない。」
「………春市くんにも、似たような事を言われました。」
奏が、困ったように笑いながらそう言うと亮介は、またも口を閉ざした。
想いに答えられない後ろめたさや、想いを告げてしまった後ろめたさはあれど、互いの感情は緩やかだ。
実に静かなひとときであった。ただただ自販機の光が二人を照らしている。
「亮介さん、振って下さって…、ありがとうございました。」
奏は、それ以上何も言わない亮介の気持ちを察してこの話を切り上げようと深々と頭を下げた。
亮介は、それをただ黙って見つめる。
顔を上げた時、奏はどんな顔をしているだろうか?
涙を流すだろうか、それとも困った様に眉を下げるだろうか。
しかし、顔を上げた奏の表情は亮介の考えたそれのどれとも一致していなかった。
「なんだ…、そういういい顔も出来るんじゃん。」
また、ペコリと軽く会釈をしてその場を去っていく奏の背を見つめ、亮介はボソリと一言零したのだった。
「お姉ちゃん。わたし、亮介さんに告白したの。」
「…えっ!?」
帰宅後、自室で勉強机に座り、参考書と睨めっこする楓の背中に向かって奏は投げかける。
すると、驚いた様にこちらに振り返る楓。
その様が面白かったのか、クスクスと奏は笑った。
「振られちゃった。」
「え…」
また、次に奏から飛び出た言葉に楓は、言葉を失った。
暫く視線を泳がせながら掛ける言葉を探す楓。
「あ、あんにゃろ、こんな可愛い妹振るなんて、明日とっちめて…」
「お姉ちゃん。」
明日とっちめてやる…と、そう言葉を並べようとしていたが、奏の呼びかけによりそれは最後まで放たれる事はなかった。
「わたしがこう言うのも何だけどさ。自分の気持ちに素直になりなよ。」
「…奏…?」
「わたしね、知ってたんだ…。」
「し、知ってた…て、何を…」
無意識に楓の額を汗が伝う。
彼女が今まで誰にも打ち明けずに胸の内に秘めていたもの…それが露見することを恐れた為だった。
「お姉ちゃんが、亮介さんの事好きだって事。」
「なっ…ななな…!?!?」
楓にとっては衝撃の一言に、目が零れ落ちるんじゃないかというほど見開いて顔を赤面させた。
その慌てぶりに、楓は椅子から転げ落ちそうになるのをすんでのところで踏みとどまる。
そんな姉の様子を意に介する事もなく、奏は言葉を続けた。
「ごめんね。」
少し伏し目がちにそういう妹の様子を見て、楓は少し冷静になる。
「知ってて、お姉ちゃんに相談した。知ってて、亮介さんを好きになったの。」
ごめん。
もう一度放たれた謝罪の言葉に楓は、優しく笑う。
そして、言った。
「謝る事じゃないよ。奏が誰を好きになったってそれは、自由だから。大好きな妹と大好きな人が幸せならそれでいっかなって。」
「お姉ちゃん…」
「ここまでは綺麗事。」
一度伏せた目を、奏へと向け直す楓。
「本当は、不安でしょうがなかったよ。正直言ってホッとしてる。わたしこそ、ごめん。」
「ううん。わたし…不思議とスッキリしてるんだ。振られて良かった。」
そう言って、悪戯っぽく笑う奏と楓。
二人の仲は、こうして元より強固なものになった。
「わたしね、初めて自分から行動できた。今までずっと、お姉ちゃんに頼ってきてたわたしが、初めて自分から動けたの。」
「そうだね…。奏ももう高校生だもんね。子供じゃない。でも、お姉ちゃん頼ってもらえなくなっちゃうのは寂しいなぁ〜…」
「もう…。またそんな事言う」
「へへっ、ごめんごめん。」
二人は場所をベッドに移し、二人で腰掛け談笑していた。
幼い頃の思い出話や、武勇伝。実はあの時あんな事があった…など。
今まで互いに抱えていたもの、不安な事、何もかも打ち明け合う。
「わたしもね。奏が羨ましかった。」
「…え?」
「わたし達、お互いに無いものを持ってるんだね。それって、二人揃えば最強って事だよ!」
「…お姉ちゃん。」
両の手で握り拳を作り、それを縦にブンブン振り回す楓に、奏はクスリと笑を零した。
その姉の両の手の拳を優しく握り込み、妹は言う。
「大好きだよ。」
「わたしだって、負けてない。」
額と額をくっつけ合って、笑い合う。
きっと、明日からまた二人は一緒に登下校するようになる。
「お姉ちゃん。」
「ん?」
妹の呼びかけに素直な反応を見せる楓。
「ちゃんと、亮介さんに気持ち伝えなきゃダメだよ?」
「えっ!?ほ、ほら!今は、甲子園に向けて試合三昧だし!?大事な時期に気を散らせる訳にはいかないしそれに…」
まさかその話題になるとは思っていなかったのか、顔を真っ赤にして慌てる楓。
視線を泳がせ手遊びをしながら放たれる言葉は、実に言い訳じみたものだった。
きっと、まだ楓の中で後ろめたい気持ちがあったからだろう。
それを知ってか知らずか、奏は一つトーンを落とした。
「お姉ちゃん。」
「奏…?」
「ちゃんと伝えなきゃ、ダメ。」
「わ、わかったよ〜…。時期が来たら、ね?」
絶対だよ?そう言って姉妹で絡められた小指の約束。
それが果たされるのはもう少し後の話。