▼ 邂逅それは運命

月が照り輝くその日は、夜でもヤケに明るかった。

こんな日に仕事だなんて…ツイねぇ。
ギアッチョはスニーカーブーツをコンクリートに叩きつけながら歩を進める。
人通りの全くない路地にて、標的を凍らせ粉々に拳で砕いて彼の任務は終了…その予定だった。
普段は全く人通りのない路地裏に今日ばかりは人が足を運ばせたのだ。
ギアッチョは、迂闊にも目撃者を作ってしまった。
現実離れしたとんでもないシーンを目の当たりにしてしまったのは、一人の女性。
何か別のものと勘違いでもしているのだろうか、彼女は平然とした様子で佇んでいた。

「テメェ…、何を見た…」

ギアッチョの問い掛けに、女は半拍置いて周りをキョロキョロと見渡した後に首を傾げながら自分を指さした。

「オイオイオイ〜?テメーだよ!!他に誰が居るってんだァ〜?」

白々しいとも取れるその行動。
こんな所に他に人が居るはずがないのだ。
あからさまに不機嫌な態度を醸し出すギアッチョに女は観念したかのように口を開く。

「魔法みたいなものを見た、かな…」

華奢な見た目に反し、その声はしっかり通る声をしていた。
素敵だね。そう言って穏やかに微笑んでみせる女に、ギアッチョは始末するべきかだけを脳内でぐるぐると思案している。
暗殺業に於て第三者に目撃されるのは御法度だ。
どんな無害な人間だろうと巡り巡って自分たちを不利にする状況が生まれてしまうかもしれない。
やはりまずい、始末する。意を決してホワイトアルバムを発動させた。
周りの温度が急激に落ちていく中、女は徐に口を開いた。

「見ちゃまずいものだったかな?…だから、口封じの為に殺そうとしてるんだろうけど、わたしは死ぬ事が出来ないんだ。ごめんね。」

何を言っているのか。命乞いならもっとマシなもん寄越せよ。そうギアッチョは心の中で毒づいたが、彼女の瞳の奥の色が思考を停止させた。
興が削がれた。そう言ってしまえば容易いが彼自身、得も言えぬ感情に支配されていた。
パキパキと空気が凍る程だった気温は、徐々に上昇し始める。ギアッチョが、ホワイトアルバムを解除した為だった。

「…それが本当ならかなりヤバい。」
「どうする?なんなら四六時中わたしの事を見張る?」

平然と言ってのける女に、ギアッチョは心底頭を抱えた。





「わたしが覚えてるのは、自分の名前と自分の能力。…それだけ。」

驚いた事に、女は記憶を無くしていたのだ。
更にあの場所に居合わせたのには理由があり、彼女は様々なスタンド使いから追われていた。その理由すら忘れていると言うではないか。
そんな彼女の処遇に困ったギアッチョは、観念してアジトまで彼女を連れてきた。チームのリーダーであるリゾットに全ての判断を任せようと…。
リゾットは用心深く彼女を観察していた。敵意はないか。チームに害を及ぼす可能性はあるのかどうか。
やがて彼は女に名前を聞いた。

「片桐 八重。これがわたしの名前。」

アジア系だろう事はその出で立ちから判断出来る。どうやら彼女は日本人の様だった。
淡々と語る八重の傍らに控えるギアッチョは、その落ち着き払った様子からそこいらに転がる女より余程の肝の太さを見出していた。
考えてみれば殺人の現場に居合わせたとて狼狽える様子を一切見せなかった所から、既に普通ではないのだ。
歳はギアッチョとそう大差ない。ギアッチョ自身と比べてしまうのもどうかと思うが、まだまだ落ち着いてくる年齢でも無いはずだ。
この、アンバランスさが何かただならぬ物を示唆しているのではないか?と考えを巡らせるばかりだ。

「では、死なない能力というのは?」

冷静なリゾットの問い掛けに、ギアッチョは腕を組みながらあれこれ考えていた頭をストップさせた。
八重の言葉を無意識の内に息を止めて待つ。

「多分、あなた達がスタンドと呼ぶもので間違いないと思う。」

己の記憶の片鱗を彼女は独自に手繰ろうとしているうちに、何人かのスタンド使いとぶつかっていた。
そこから、自分の能力はそれと同じものではないかと自ら考え至った結果の発言だった。

「能力の発動条件はわたしの絶命。死なないと発動しないからスタンドの実体はその時じゃないと見せられない。信用出来ないなら、今この場で死んでみせた方が早いかな。」

そう言って彼女は部屋の中をキョロキョロと見回した。何か凶器になる物を探しているのだろう。
するとデスクの上にあるペン立ての中から1本の鋏を取り出した。

「切れ味の程は?」
「つい先日研いだばかりだ。」

リゾットの返答を聞いて、良かった。変に切れ味悪いとしんどいからさー。と、気の抜けた言葉を漏らす。
死なないと言っても、死なないだけで痛みも感じるものなのだ。
八重は鋏を開いた状態で固定して刃を首筋に宛てた。すると躊躇いもなくそのまま力を込めてスライドさせる。
成程。よく研がれた刃は、いとも容易く頚動脈をも切断した。
噴水の様に溢れる鮮血。
心臓の鼓動に合わせて溢れ出るそれは新鮮なトマトを潰したように鮮やかな色を顕示していた。
次第に彼女は立つこともままならなくなりそのまま崩れるように床に伏せった。暫くして失血死。

「「!」」

二人が息を呑む。八重が絶命して直ぐにそれは現れたからだった。
黒い靄の様なものが彼女を包む。靄は八重の首元に集中して集まった。
二人は背筋に何か寒いものが這い上がるのを感じた。黒い呪いが彼女を蝕む…そんなおぞましい光景。
程なくして黒い靄は消える。
すると血溜まりごと首筋の傷は消えていた。
綺麗さっぱりと無くなっている。八重は徐に瞼を開けた。

「こんな感じ。」

ケロッとした様子で立ち上がり、鋏を元の場所に戻す。
ギアッチョは、とんでもない奴を拾ってしまったのではないかと後悔した。しかし後悔先に立たず。
どの道、こんな能力を持っていられては連れて来ざるを得なかったのだから。
リゾットはふーっと深いため息を吐いてから口を開いた。

「お前にはこれからオレ達の監視の元、生活してもらう。」
「ま、そうなるよね。」
「抵抗はしないのか?」

リゾットの申し出をすんなりと受け入れる八重に、彼は持ち前の無表情にて問う。
八重はと言えばなんで?と首を傾げた。

「元々わたしは行く宛なんてないし、変な話好都合だよ。あなた達、強いんでしょう?それに、傍に居た方が何か思い出せそうだし。」

彼女は、訳もわからず追われている身。
こんな戦いに使えない能力を持っていてもずっと変わらない。死なないと言っても痛みはあるのだ、出来るなら死にたくはない。
そして、彼らと行動を共にする事で、己の記憶を取り戻す為の大きな存在にぶち当たるであろう事を潜在意識で感じていた。
彼女の記憶が、おそらく真っ当なものでないことは自分の能力自体が物語っている。
そう、この時の彼女の選択は間違いではない。

八重の肝の据わり様を見て、二人は笑が溢れた。

「自己紹介が遅れたな。オレはこのチームのリーダーを務めるリゾットだ。お前をここに連れてきたこいつは、ギアッチョ。
お前は、追われている身だと言っていたが、大概の者は我々が関与していれば手を引くだろう。オレ達はそういった類のチームだ。それに、それでも何かしてくると言うなら或いは…」
「或いは…?」
「オレ達にとっても好都合と言う事だ。」
「そう、よかった。よろしくね。」

こうして、監視の元、彼女の身の安全は実質約束された。
女っ気の全くないチームに一人の女性が加わった。
後にリゾットの読み通り、彼らにとって重要な存在となるのである。


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