▼ 無自覚の衝動
「ヘェー、これがギアッチョが拾ってきたって奴か?」
日を改め、一通りメンバーの紹介が終わって、ラウンジにある共同のソファで読書を楽しむ八重の周りを観察するようにぐるぐる回るメローネ。
彼は先程まで仕事に出ていた為八重と対面するのは初めての筈だが、何処から仕入れたのか異常に情報の廻りが早い。
八重の隣に間を開けて腰掛けるギアッチョはウザそうにメローネを見た。
ギアッチョが女を連れてきたと聞いて一体どんな奴かと飛んできたようだ。
そもそも、ギアッチョから女なんて言葉到底結びつく筈がない。日頃から数多くの女性を彼に紹介してきたメローネだったがその尽くを断り倒されてきた。どんな意図があってそんな事をしていたのかは定かでないが。
形はどうあれそんな彼が連れてきた女に、彼は興味があった。さらにこの女、
「話は聞いたぜ?死なないんだってな、君。」
メローネは動くのをやめるとギアッチョと八重の間の背もたれに中腰になり肘を突いた。
ただの女をギアッチョが連れてきただけでも興味津々なのに、八重は死なないという特殊な能力がある。ダブルでメローネの興味メーターは振り切る寸前だ。
実に楽しそうである。
「気になる事が幾つかあるんだが、いいかい?」
「答えられる範囲でなら」
八重は一切本から目線を外さず答える。
その返答を聞いて、それでいいさ。と嬉しそうに目を細めた。
「君のその能力はどのくらいまで身体の部位が残っていれば再生出来る?」
「細胞の欠片でも残っていれば再生可能」
「じゃあ、身体の部位が二箇所に別れた場合」
「近くにあればそのままくっついて再生。遠く離れたところにあるならより多く形が残っている方に再生される。その際もう片方の部位は消滅する。」
まるで値踏みするかの様な質問。
単純に、死なない≠ニいう特殊な能力に興味があるようだった。その他にも様々な質問を投げかける。
至極楽しそうなメローネに反し、八重は本から視線を外さず淡々ととんでもない質問に答えていく。
ギアッチョも意識半分に二人の会話を聞いていた。
「君は、覚えてる限り何回死んだ?」
投げかけられる数々の質問に、顔色一つ変えず返していた彼女に変化が起きた。先の質問には眉一つ動かさなかった八重だったが、この質問は違った。
質問を投げ掛けられた瞬間、目を瞠った八重はその後小さく「答えたくない。」と零した。
心なしか本を持つ手が震えている。それをギアッチョとメローネは、見逃しはしない。
「悪い。少し立ち入った事を聞いた。」
「…いえ、大丈夫。どう?少しはお役に立てそう?」
八重は、そう言って本から目を離しメローネを見る。
そう言われ、メローネはおどけた様に肩を竦めて部屋を出ていった。
八重は、ふぅ…と小さく息を吐き再び本へと視線を落とす。ギアッチョは何気なく一連の動作を見ていた。
そして、何気なく口を開く。
「おめ〜よォ、あんま自分の命軽くみんなよ。」
他人の命を軽々と奪う暗殺者である自分が、一体何を言っているんだ?
ギアッチョは、自分で放った言葉に自嘲した。それに、どうしてそんな事を口走ったのか本人にも理解できないでいた。
そんな彼の言葉を聞いて、八重は驚いた顔をギアッチョに向けていた。しかしその表情はすぐに柔らかなものへと変化する。
「ギアッチョは、優しいね。」
そう言われ、今度はギアッチョが目を見開いた。
本人は優しさなど欠片も込めたつもりは無い。余程これまで彼女は、その能力の所為で残酷な目に遭ってきたのだろう。この程度で“優しい”などと感じてしまう程に…。
ぱたん、と音を立てて八重は本を閉じた。
「ありがとう。でも、わたしは決して命を軽んじているわけではないの。」
八重は、本を膝の上に置いてその上からそっと手を添えた。
真っ直ぐ視線は少し黄ばんだ部屋の壁をぼんやり捉えている。
「わたしのスタンド、見たでしょ?気味の悪い煙。」
「あぁ…」
「わたしはあれを“死神”と呼んでるの。」
本来、死神とは命を奪うものでは?と、ギアッチョは首を傾げた。
そんなギアッチョに八重は、切なげに微笑んでみせる。
(そぉいや、昨日会った時もこんな顔で笑ったな…。)
つい先日の事を、ギアッチョは思い出していた。
月を背景に彼女は、確かに同じ表情をギアッチョに向けている。
今もその時もその瞳の奥にはくっきりと悲しい色を写していた。その色はあの時同様、ギアッチョの思考を停止させる。
「わたしはきっと、他人の命で生かされてるんだと思うんだよね。」
「ふーん…」
「死神はわたしの命を取りにくるんじゃあなくて、取ってきた命をわたしに与えにくるんだ。」
「…そーかよ」
「だから、決して粗末にするつもりはない。」
言葉こそ興味が無いように聞こえるギアッチョの相槌だが、裏腹に彼の視線は八重に釘付けになっていた。
こいつが死なないなんて嘘ではないかと疑う程、儚げであったからだ。もっとも、彼はその目で“死神”を見ている訳だが。
おそらく先日、彼女がリゾットとギアッチョの前で死んで見せたのは証明の為であり、軽はずみな事では無かったのだろう。
「ごめん。変な話しちゃった。」
忘れて。そう言ってまた切なげな笑顔を浮かべる八重にギアッチョは苛立ちを覚えた。
無意識に零した舌打ちは、最早彼の癖だ。
(どうしてオレはこんなにもイラついている…?)
それも、静かにだ。
普段の彼からは想像出来ない。
ギアッチョは自他共に認める短気である。その殆どは、激情に身を任せ周りが見えなくなる程憤慨する。収まり効かずに物を壊す事は、多々あった。その度に、メンバーは頭を抱えるのが普段の様子だ。
しかし今回はどうだ。
彼自身、人付き合いの多い方ではない。チームのメンバー以外は、自分からなるべく関わらない様にしている程だった。
それ故に、この感情は一体何なのか理解出来ず、その事にまた憤りを覚える。
ギアッチョは、自室で頭を冷やそうと立ち上がりラウンジを出た。
「珍しく優しい言葉を掛けるじゃあないか。」
ラウンジを出れば、すぐ側の壁に腕を組んで凭れるメローネがいた。
「部屋に戻ったんじゃあなかったのかよ。盗み聞きだなんて悪趣味すぎるぜェ〜?」
不機嫌な事を隠しもしないギアッチョに、メローネはやれやれと言った様子で両手を挙げてみせた。
「お前、八重の目を見たか?」
「あ?」
突拍子も無いことを聞いてくるメローネを怪訝に思うギアッチョ。
「あれはカタギの目じゃあないね。オレ達と同じ目だ。ギアッチョ、お前も気付いてたんだろ?」
「…まぁな。」
正確には、同じではないとギアッチョは思っている。あくまで“似てる”だけ。
しかし、それがどの様な事を指しているのかギアッチョとメローネは理解していた。
そして、ギアッチョが八重に対しての感情も本人よりメローネは理解している。
「オレはあの子、ベリッシモ気に入ったぜ」
そう言うと、ギアッチョは眉をピクリと動かした。
彼の醸し出す雰囲気は、不機嫌なものから剣呑なものへと変わる。
それを見てメローネは何故か嬉しそうにしてこう放った。
「冗談さ。」
お前、何時もより怖い顔してるよ。そう言って今度こそメローネは立ち去った。
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