▼ 形となる脅威

微睡みの中。
薄っすらと意識は夢の中へ手繰り寄せられていく。
ふと、自分は何もない真っ暗な空間に立たされている事に気付いた。

(また、この夢か…)

明晰夢を見る事も、八重にとっては珍しい事では無い。
そして、彼女の夢には決まって黒いローブを目深に被った物体が現れる。
黒い靄を身に纏っているそれは気味の悪いものでしかなかった。
そしてそれが現れると必ず八重の身体は、闇に飲まれるのだ。
行きつく先には、顔の分からない死体の山。
今回の夢も例外ではなかった。
それが現れて
彼女の足元が崩れ
彼女は闇の底に飲まれる。

(何が言いたいの…わたしに何を伝えたいの…)

飲まれた先にも、ローブの物体は居た。
が、しかし、いつもと違う…
顔の分からない死体の山ではなくそこに居たのは…

(ッソルベ!!!ジェラート!!!)

良く知る顔だ。
ジェラートはローブの物体に抱えられ、ソルベはそれに傅く様に跪いている。
ローブの物体がこちらに視線を寄越した瞬間、八重は足の小指一本ですら動かせなくなった。
明晰夢といっても種類がある。夢だと分かっていながら自分の思うように操作出来ないパターンと、分かっている故に己の思い通りに動き回れるパターン。今、八重が見ている夢は前者だ。
夢だと分かった所で八重にはどうする事も出来ない。この夢の主導権はどうやらローブの物体にあるようだった。

(わたしに、何をさせたいの…)

八重は何度もこの夢を見る内に一つの仮定を導き出している。
このローブの物体は、自分のスタンドを具現化させたものではないかと。
この物体には必ず死が付き纏っている事から、彼女が自分のスタンドを“死神”と呼ぶ理由にもなっていた。
嫌な汗が顎を伝う。
嫌な予感がする。
喉元まで上がってくる得も言えぬ感覚。
ローブの物体がゆっくりジェラートを抱え直し、片手を空けた。
その空いた片手でこちらを指差しした時。

「ーッ!!!!」

八重は微睡みから飛び起きた。
どうやら、ラウンジで読書をしている最中に居眠りをしてしまっていたらしい。
夢見の悪さから、寝汗で衣服はぐしょぐしょになっていた。
そんな事はどうでもいいと言わんばかりに、八重はラウンジを飛び出す。
丁度ラウンジを出た廊下でギアッチョと鉢合わせ、尋常でない様子の八重に目を瞠った。

「ぎ、ギアッチョ…ッ」
「オイオイ、どうした…」
「夢を見た!嫌な予感がするの!!リーダーは、今何処に!?」
「今、リーダーはアジトを空けてる」
「じ、じゃあジェラートは!?帰ってきてる!?」

自分の服を引っ掴みながら必死に訴える。
ほぼ錯乱状態の八重の様子を見てギアッチョは、たかが夢だろとは言えずにいた。
何より、メンバーが各々調べている人物の名が彼女から飛び出た事に、彼も良くないものを予感している。

「取り敢えず、落ち着け。お前が言うなら、ジェラートの部屋見に行くぞ。」

言われ、じっとしていられなかった八重はそのままギアッチョの後を着いて、2階にあるジェラートの部屋に赴いた。
扉を開けて中に入る。
ギアッチョの神経は研ぎ澄まされていた。
リビングに続く廊下をゆっくり進んでいき、硝子をあしらったドアを開ける。
リビングにはまず、壁に添わせた大型のテレビ、それに向かい合うようにして置かれた赤いソファが目に入る。
廊下からはソファの背しか見えない状況だが、そこに見慣れた頭が突き出て見えていた。

「よかった!ジェラート!帰ってきてたんだね!!」

ギアッチョの背中越しにそれを確認し、八重は安堵するも、ギアッチョにはそれがオカシイと一目で分かった。

「ちょっとお前ここから離れるなよ。」

言われ、八重は身体を強ばらせた。
そのままギアッチョはリビングに足を踏み入れ、ジェラートであろう人物に近付く。
それは、ジェラートの形を模してはいるものの、正面から見ると変わり果てたものになっていた。
なんと、彼は喉に布を詰まらせ窒息していたのだ。
身体に“罰”と書かれた紙が貼り付けられていることから、他殺である事は間違いなかった。
仕事柄、ギアッチョは後ろ姿を見た瞬間、それが生きているのか死んでいるのか直ぐに区別が着いていただけあって覚悟はできていた。
が、八重はどうだ。この事実を知ってしまってどうなる?
不安の表情をしきりにギアッチョに向ける八重に向かって首を降る素振りだけ見せた。

「…そんな…」
「…お前はこのままアジトにいるメンバーにここに来る様声をかけてくれ。オレは外にいるメンバーに連絡を取る。お前は呼ぶだけでいい。この部屋には入るな。」

それを聞かされて、流石の彼女も事態を把握せざるを得なかった。
竦む足に何とか鞭を打ってジェラートの部屋を飛び出した。
そして、アジトの部屋を片っ端からノックしていく。
部屋にいたのは、ホルマジオとイルーゾォ、そして、メローネの三名。
事の詳細を説明して、皆をジェラートの部屋に集めた。

「オイオイ…、なんだってんだこりゃあ…」

部屋に入り、ジェラートだったものを見つめ、ホルマジオはそう言った。
イルーゾォ、メローネも思う事はあるだろう。無言ではあったが、そのもの言いたげな表情が物語っている。
その様子を言いつけ通り、リビング手前の廊下で三人を見る八重は、不安から両手を胸の前で固く結んでいた。
しばらくして、他のメンバーとの連絡を済ませたギアッチョが部屋に戻ってくる。

「直ぐにリーダーが戻ってくる。他のメンバーとも連絡ついた。」

流石は暗殺者と言うべきか、常に死とは隣り合わせの職業故死体を見ても誰一人狼狽える素振りもないし、手際がいい。
直ぐに動いたギアッチョもそうだが、イルーゾォは死体を、ホルマジオは部屋を調べている。

「オーケー、それまでにオレから聞きたいことがあるんだが」

と、ギアッチョに向けてメローネが訪ねた。
いや、正確には、ギアッチョの隣で顔を強ばらせるばかりの八重に向けて、だ。
事情聴取というやつだった。事の顛末は八重から聞かされているが故、八重は当事者という事になる。

「君、以前にもそういった夢は?」
「知ってる人が出るのは…初めて…だと、思う…」
「あぁ、なるほど。」
「ど、どんな夢だったのかは…みんなが集まったら説明する…」
「そうだな。それが賢明だ。」

一見皆、冷静に対処しているように見えるが、内々には怒りを宿している事は、目を見れば分かる事だ。
八重の瞳の奥には怒りより困惑や悲しみが濃く滲んでいる事は、メローネにも理解できていたし、それは他のメンバーもそうだった。
だからだろうか、ギアッチョは八重の側から離れようとしない。
かと言って触れるでもない。
腕を組んで考え込んだ表情のまま、付かず離れずな距離感を保っていた。


暫くして、チームのメンバーは全員揃った。
仲間の亡骸を葬った後、ラウンジに集まっていたが、皆表情が硬い。

「八重、お前が見た夢とやらを聞かせてくれ。」

沈黙を破ったのはやはりリーダーであるリゾットだった。
名前を呼ばれて跳ね上がると、八重はゆっくり口を開いた。

「…夢自体はよく見るものだったの。」

どういった夢なのか、今回の夢はいつもとどう違っていたのか…
自分の仮定も含め、自分の知り得る事、考え得る限りを全て皆に話した。
そして気になる点はもう一つ。その夢を見る頻度がここ最近多いという事だった。

「所謂、予知夢ってやつじゃあないか…?」

発言したのはイルーゾォ。
真実はどうであれ、八重の夢には現実とリンクしている点が少なくはない。
全く無関係とは考えにくいのが事実である。

「それと…、消える直前の二人とわたしは会話もしてる。」
「「「何!?」」」

八重の発言を聞いて、何名かは動揺の色を見せた。

「その話は聞いていた。お前たちにジェラート達の行方を捜す様に言ったのはそれを聞いたからだ。」
「…その時の二人の様子を詳しく聞いても?」

さして動揺を見せないメローネが、八重に先を促す。

「探し物が、見つかりそうだって…嬉しそうに話してた。」

八重のその言葉で、メンバー全員が事の経緯をすべて理解した。
探し物とは、組織の犯してはいけない領域の事を指していたのだ。
この組織のボスは正体を隠している。別にそれ自体は珍しい事では無い。
が、組織のボスの正体を知ろうとする行為は、組織の組員であろうと最大のタブー。
このチームは前々から組織に対し、不満を抱いていた。ジェラート達も例外ではない。
いや、もしかすると、このチームの誰がこうなっていてもおかしくは無かった。
ジェラートは、チーム全体への牽制の為の道具として使われたのだ。
正体を知ろうとすればこうなるぞ…と。
わざわざ、見せしめの様に見つかる場所に死体を放置したのと、衣服に貼り付けられたメモ紙からそう考えられる。
その無言の警告はチームに絶大な効果を与えた。

「…ソルベは?」
「そこだよなぁ〜、アイツらデキてんじゃねぇかってくらい一緒に行動してたのによォ」
「ホルマジオ、お前部屋調べてただろ。何かあったか?」
「いいや。ソルベの部屋も見てみたが、そっちは蛻の殻だったぜぇ?」

あの時、止めればよかった。それが出来なくても、行先くらい聞けばよかった。
せめて、探し物が何なのか確認を取れば、こんな事にはならかったのではないか?
そういった後悔の念ばかりが、八重の頭を駆け巡っていた。
その日、ソルベの行方は調べていく方向で纏った。
死んでいる可能性の方が高いのかもしれない。
が、生き延びて何処かで身を隠している可能性も捨てきれない。
半ば、そうであってほしいと願っている所も否めない。
それは、チームの全員が思っている事だろう。

「どうか…、無事であって…」

自室のベランダから星を眺める八重。
どんな事になっても、星は輝くものだから恨めしい。

そして、翌日から差出人不明の謎の荷物がアジトへ届きだす。

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