影山飛雄にトスをもらう





「おい…そろそろ機嫌なおせよ」

「……やだ」

「やだってなんだよ」



勝利の天使と呼ばれていることを知ったみすずは、羞恥心からすっかりご機嫌ナナメになってしまった。

ちなみに田中が天使ちゃん、と呼んでいることに関しては清水への態度を見たため、ああそういう人なんだな、くらいにしか思っていなかったらしい。



「ところで、皆さんはどこへ…翔陽くんもいない」

「あーなんか…旭さん?て先輩が戻って無くて、守護神がキレて、そんで追っかけてった」



ジャージに着替えて来たみすずは、すっかり静かになった体育館にきょろきょろと辺りを見回した。

この雰囲気だと、まだ練習は始まらないだろう。



「ねえ飛雄くん」

「…なんだよ、まだ怒って」

「機嫌なおすからトスあげて」

「は…?」

「スパイク打ちたい」



まさかそんなことを言われると思っていなかった飛雄は驚きで目を丸くした。

選手だったことを知らない訳では無いが、3年程の付き合いの仲でトスをあげて欲しいと言われたことなど一度も無かった。みすずは中学に入学してすぐレギュラーになったウイングスパイカーだ。どんなスパイクを打つのか、飛雄も興味が湧いた。



「あ、でも翔陽くんみたいなのは無理だから、ちょっと高めで優しくお願いします」

「ったりめぇだ、任せろ」



飛雄は、いつになく緊張していた。

いつもはコートの外から熱い視線を寄越し、誰よりも楽しそうな表情で応援してくれる神崎みすずが、コートの中に立っている。

そして、俺のトスを、待っている。

そう考えただけで、沸き立つ何かを感じたが、緊張した面持ちでバレーボールを手にしたみすずが1つだけ息を吐いて飛雄に向けた瞳が、心を掴んで離さなかった。



「(ああ、やべ…何か興奮する)」

「いくよ」

「…おう」



みすずは山なりに飛雄へボールを放ると、歩幅を確かめる様に前へ走り、音もなく利き足を踏み込んで、すっと高く跳び上がった。

飛雄は言われた通り打ちやすいトスを上げたが、その綺麗なフォームに目を奪われていた。



「さすが飛雄くん!打ちやすい!」



ボールが床に落ちる音を聞いて、はっと意識が戻って来る頃にはみすずがこっちを向いて嬉しそうに笑っていた。

こいつ、こんな綺麗なスパイク打つのか。なんでバレーボール辞めたんだ、もったいない。そう思うと同時に、この姿を誰にも見せたくない、と思う自分がいた。その処理しきれない感情に、黙り込んでいるとみすずが心配そうに顔を覗き込んで来た。



「ごめんね、そんなに下手だったかな…?」

「ちげーよボケ。ビックリしてただけだ」

「これでもあの北一でレギュラーでしたから」



えっへん、と得意げに胸を張っている姿を見たら、なんか悩んでいた自分がアホらしくなって、飛雄はその頭に軽くチョップをお見舞いした。



「見てる方が楽しいのは変わらないけど、やっぱり実際やるのも楽しいよね、バレーボールはさ」

「ああ、そうだ」

「皆が来るまで、もう1本お願いしてもいい?」

「じゃあ…レシーブからな」

「はあい」



みすずのプレーに興味が湧いた飛雄は、いろいろなことを試し始め、最終的にサーブレシーブまで体験させられることになったみすずは、縁下たちが体育館にやって来る頃には飛雄に正座させて、「わたしを殺す気か!!」と怒鳴っていた。

とは言え、Aパスとはいかなかったものの、Bパスくらいには返していたので、飛雄は俯きながら嬉しそうにニヤニヤしていた。理由を知らない縁下たちは、そんな飛雄を見て本当はMなのか…?とザワついたらしい。




◇◇◇



「蛍くんコラー!最後まで走りなさい!」

「…チッ」

「ナイス判断です孝支センパイ!綺麗です!」

「ありがとみすずちゃん!」

「龍センパイ!利き足の踏み込みが遅いですよ!」

「ウッス!!!」

「今のは良いとこ返せたね!翔陽くんすごいすごい!」

「えへへ…」

「「「「(アメとムチがすごい…)」」」」



日向のおかげで西谷が部活に参加してくれることになり、さきに体育館に戻るとみすずにコーチが決まるまで代打をしたいです!とお願いされた。

確かに分析能力に長けているみすずがその立ち位置をやってくれると助かるとは思っていたけど、中1から及川の追っかけをしていると聞いてたから、ずっと応援する側なんだと決め付けていた。


でも目の前でばしばしアタックを打つ姿は、ただ台の上から打っているだけとは言え、素人のそれではない。

一人一人に掛けるアドバイスも、みすずらしくて皆がやる気に満ちていく。


なんと言うか今の勝利の天使は、天使がいるから勝てる、と言うよりら貪欲に勝ちを引きずり寄せている気がする。

俺たちも負けていられないな。



「大地センパイたまに遠慮する時あるので、取る時は主張もっと強くお願いします!」

「お、オス……っ!」



感心して見ていたら、いつの間にか自分の番だったようでみすずに声をかけられて、慌ててコートに入る。



「大地にあんな風に言えるのスゲーな」

「まあ及川さんたちとずっと居たんで、センパイに慣れてるんじゃないスか?」

「「なるほど」」

「よォーしっ!俺も天使に良いとこ見せるぜ!!」



ぐるぐると腕を回しながらコートに入った西谷を目にして、みすずはリズム良くやっていたアタックを一時停止した。



「どうした?」

「や、あの…スーパーリベロさんに私のアタックなんかでレシーブしてもらっていいのかと、」

「ス、スーパーリベロ……!!くっ、」

「ノヤっさん!生きろ…!生きるんだ…!!」

「ちょっとみすずちゃん、俺らにはあんなにアタック打ってたのに〜」

「あ!や、あの、スミマセン…」

「気にしないでバシバシやってやれ、なあ西谷」

「はい!天使のアタックご褒美っス!」

「あ、先輩…それいま禁句です」

「え?」

「っ…わたしは、天使じゃ、なァああいっ!!!」

「うおっ」



すべてのレシーブを回転レシーブで取らされる羽目になった西谷だった。
(ちなみに全部綺麗に拾われて、終わる頃には大変満足そうな顔をしていたみすずだった。)




影山飛雄にトスをもらう


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