01
「はぁ〜っ?!」
推しが死んだ。それも闇堕ちして。
いや、うん、なんとなく、わかっていた、1つ前の巻から察してはいましたけれども。だけどやっぱり悲しい気持ちになって、と言うより怒りさえわいて来た。いっぱい苦しんだんだから、もう幸せにしてあげてよ。
一旦、コミックを閉じて片割れに置いてあった缶チューハイを煽る。今日は新刊発売日だったから、残業しない様に早めに仕事を終わらせて、予約しておいた本屋とスーパーに寄ってから家に帰って来たら、これですよ。推しの死。仕事の疲れが癒されるどころか、今どん底です。分かってるのよ、幸せになっちゃったら物語が終わっちゃうって…分かってるけど、涙が止まらない。
「はあ…なんでこんなに感情移入してるんだろ」
空っぽになった缶チューハイ。新しいのを開けようとしたけど、そう言えば今日買った分しかもう無かったんだった。明日も仕事だし、気持ちを切り替えるためにも外に行こう。
そう思って、近くにあるコンビニに足を向けたのが運の尽きだった。私は気付けば道路に転がっていた。気付けば全身が痛かった。気付けば意識が遠のいて、視界がブラックアウトしていた。ああ、そうか、わたし…いま車に轢かれて……。死ぬ?しぬよね、痛いもん、すごく。痛いのかもわからなくなって来た。あー…推しが幸せになる世界線見たかったなあ。ねえ、走馬灯ってもっと過去のこととか思い出したりしないわけ、なんでさっき読んだ漫画のことばっかり…。はあ、タケミっちみたいにタイムリープしたりしないかなぁ。でも、私の人生やり直したくないな…。そうだなあ、せめて、誰かを幸せにしてから、死にたかったなぁ。
◇◇◇◇
「ほら起きんか天音!」
「はひ…っ?!」
お爺さんの怒鳴り声で飛び起きると、見慣れない部屋にいた。あれ…ここどこ?私の家じゃないな。て言うか私昨日どうしたんだっけ、漫画読んでお酒買いに行って…車に……轢かれなかったっけ、わたし。夢でも見てる?これが夢?死んだのが夢?いやでも、ここどこ。顔にかかる髪が鬱陶しくて退けて、はっとする。髪の色が、違う。え゛っ…ちょっと待って…なんか胸がつるぺたになって、でもなんか、お肌がつるつる…なにごと??ふいっと右隣を向くとそこにあった全身鏡に自分の姿が写る、はずなのだが。
「……だれ?」
自分と同じポーズをした小学生くらいの女の子が映っていた。
どうなってるの…?私なに?!ち、縮んだ?!どこかしらの名探偵みたいに、なんか薬でも飲まされたの?!いや、ちがう、そもそも私の幼少期とも似ていない。てことはこれ、私じゃない。じゃあ誰?なに?どういうこと?混乱してる間にまたお爺さんの怒鳴り声が聞こえて来た。行かないといけない、と頭の中で誰かが反応している。いや、もちろん私の頭の中だから私なんだけど、私じゃないというか。未だに鏡とにらめっこしていたら、ふと部屋の扉が開いて、真っ黒い髪の男の子がひょこっと顔を出した。
「天音どうした?爺ちゃんキレてるから早く起きろ」
「おはよおにいちゃん」
「おう、おはよ」
ん、んん? お、お兄ちゃん?!
私いま、お兄ちゃんって言った!!??
「? 何びっくりした顔してんだ」
「へ、だ、わたし、だって…おにいちゃん、って」
「はは、寝ぼけてんのか?俺はお前のお兄ちゃんだろーが」
にいっと笑って頭をクシャクシャに撫でられる。その優しい表情にどこか安心してしまう。いや、待て、そんな場合じゃない。私は状況を把握する必要がある、あれ、でも名前…さっきこの人が呼んだ名前は私と同じだった。うんん…でも私にこんな記憶ない、走馬灯という名の夢でも見てるのだろうか。はて、だけど少しずつ思い返してみれば、この人は私のお兄ちゃんである。昨日の朝ごはんは、お爺さんとこの人と納豆ご飯を食べた。その後は空手道場で練習、お兄ちゃんは来なくてお爺さんが怒ってた。
"おにいちゃん"に手を引かれながら、色々な記憶らしきものが映像で頭に流れ込んで来る。そして気付いた、私は今さっき自分の前世の記憶が蘇ったんだ。だって昨日までここで、この場所で過ごしている記憶も間違いなくあった、だからたぶん、私は車に轢かれた後、生まれ変わったんだ佐野天音に。そっか…じゃあ私は本当に死んだのかぁ。前世の記憶をこんなに鮮明に思い出すことなんて、あるんだなぁ。そのうち忘れちゃうのかも知れないけど。
「爺ちゃんおはよ」
「…おはよう」
「お前は本当に朝が苦手だな」
呆れた様に笑ったおじいちゃん。
誤魔化す様にお手伝いをしようと台所に立った時、なんとなくおじいちゃんの顔が気になって、覗き込む。既視感。ていうか、待って…おにいちゃん、って。ぐるりと振り向くと急に振り向いたことに驚いたのか、目を大きくして首を傾げていた。既視感、既視感しかない。
「真一郎、今日こそはちゃんと帰って練習するんだぞ」
「ハイハイ」
「し、しん、しんいちろー…」
「んあ?なに?」
「さ、さの…さの……しんいち、ろ」
ここ、漫画の中だ。